なぜ「真っ黒なウンチ」を手渡そうとするのか…認知症の男性が"ナゾの行動"を繰り返していた理由

2024年4月8日(月)15時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kazuma seki

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認知症の人は、驚くような行動をとることがある。そうした行動の背景にはなにがあるのか。介護福祉士のたっつんさんの著書『認知症の人、その本当の気持ち』(KADOKAWA)より一部を紹介する——。
写真=iStock.com/kazuma seki
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■黒い物体を「っん!」と差し出してくる…


認知症の男性Yさんは、夜中にウンチを手渡そうとしてきます。やられる側にとってはショッキングで、精神的ダメージが大きなことです。


ウンチを差し出された職員が手袋をして受け取ろうとすると怒りだし、ウンチを持っていたYさんの手を洗おうとすると激しく抵抗されます。


みんな途方に暮れていたので、実態をつかもうと夜勤に入ってみました。その2日目のことでした。


明け方も近い4時頃、廊下の向こうから歩いてくる人がいました。右半身に麻痺があるため、右足を引きずって歩いているので、すぐにYさんだとわかりました。


近づいてきたYさんの左手には黒い物体が載っていました。まぎれもなくウンチです。それ、受け取れ、とばかりに「っん! っん!」と差し出してきます。


ほんまやったんか!


話には聞いていても、実際にこんなことをされたら誰でも驚きます。どういう意味があることなのかと聞きたくても、Yさんは失語症で言葉を話せません。


手袋をして受け取ろうとすると、やっぱり怒って取らせてくれません。いったいどういうことなのか?


何か意味があるのかなと考えながら、Yさんを部屋へ誘導しました。


■仏壇を見てわかった、ウンチの驚きの意味


部屋の電気を点けて見回してみると、仏壇が乱れているのに気がつきました。少し前に巡回したときは普通の状態だった気がしたので、Yさんの顔を見ながら、「仏壇ですか?」と聞くと、うんうんと頷(うなず)きます。


「お供えってことですか?」という問いにも、やはり、うんうんでした。


「わっかりました!」と、ウンチを受け取ろうとすると、ぼくが手袋をしているのを見て、やはり怒ります。マジか……。


どうしても素手じゃなければならないのかと覚悟を決めて、手袋を外しました。左手を差し出すと、手の上にウンチを載せてきました。


ふだんから入居者の方々の下のお世話をしていても、あらためて素手にウンチを載せられてしまえば複雑な気持ちになるのは当然のことです。


そのウンチを、いいのかなと思いながら仏壇に供えると、Yさんはとても嬉しそうな笑みを浮かべました。


夜勤が明けて、朝出勤してきた職員たちにYさんの部屋の仏壇に関して気づいたことはなかったかを確認しました。


すると「そういえば仏壇が乱れてることがありました」との声を聞きました。


■突拍子のない行動にも、ちゃんと理由がある


Yさんのご家族はほとんど面会に来られず、入居時以来、お供え物をしたことはなかったようです。Yさんは失語症でコミュニケーションを取りにくく、ちょっとしたことでも怒りやすい性格でした。そのため、大切にしている仏壇にはあまり触ってはいけないのだろうとみんなが思い込んでいたようです。仏具などが乱れていれば、そっと直しておく程度にとどめていたのですが、そこを改めました。


いつも仏壇をきれいにしておき、施設のおやつの余りなどをお供えするようにしたのです。


そうするとYさんは、ウンチを持ち歩いて職員に渡そうとしてくることをやめました。


認知症の方は突拍子もない行動を取ることがあります。


行動のひとつひとつにどんな意味があるのかを常に解き明かすことができるのかといえばなかなか難しい。でも、その人の微妙な表情の変化を見逃さないように気をつけながら部屋の様子などをよく観察してみれば、ヒントを掴めることはあります。


Yさんの件では、名探偵が事件を解決したように思ってくれた職員もいたようで、「部長、やるやんけ」というムードになりました。


いつもいつもこうしてうまくいくわけではありませんが、介護という仕事のおもしろさを実感できたエピソードです。


写真=iStock.com/Hanafujikan
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■何度片付けても1時間後には荒らしてしまう女性


とにかく部屋を荒らしまくる女性Sさんがいました。


タンスから服などを引っ張りだしては投げ散らかしてしまうので、足の踏み場もないくらいになっていました。歩行器を押しながら歩いていた人なので、こけたりしないかと心配されて、目が離せない状態でした。


片づけのため、職員が掃除に入ると、「あれがなくなった、これがなくなった」と言われることが多いので、本人と一緒に片付けをします。部屋がきれいになると「ありがとう」と言ってくれるのに、1時間くらい経つと、また荒らしはじめます。


エンドレス状態でした。


部屋にある水洗トイレの便器の中でタオルを洗って手すりに干していることもありました。そんなときには、こっそり回収して、洗濯してから戻すのですが、タオルがないと怒られることもありました。


記憶障害が出ていた人なのに、タオルの枚数などは数えて覚えていたのです。モノへの執着は強かったんだと思います。


そのため、タオルを持ち出すようなときには、わからないようにやるか、ちゃんと説明するか、どちらかにする必要がありました。


気をまぎらわせる方法を探るため、趣味などはないかと家族に聞いてみると、「ショッピングが大好き」とのことでした。職員が1日がかりの外出に同行するのは難しいのですが、いちど試してみることにしました。


■ぐちゃぐちゃにしていたのがピタッとなくなった


ショッピングモールへ行ってみると、たしかに楽しんでくれているようでした。ただし、店内をぐるぐると見て回るだけで、自分のモノを買おうとはしません。服などはかなり持っている人だったので気に入ったものがなかったのかもしれません。


フードコートでお昼を食べましょうかとなったら、ぼくたちの分まで払おうとして聞かないので、とりあえずその場では出してもらいました。


ぼくやSさんの娘さんが食べているところをニコニコ笑いながら機嫌よく見ていたので、1日の過ごし方としては悪くなかったのだと思います。


驚いたことに、その日以降、Sさんが部屋をぐちゃぐちゃにすることはなくなりました。


娘さんによれば、昔から人にご馳走したり、何かを買ってあげたりするのがすごく好きだったといいます。ショッピングに行った効果がばっちり出たかと思いましたが……、理由はそれではなかったんです。


ショッピングに行く際、娘さんが「これを着ていくのがいいんじゃない」と家から持ってきてくれた服がありました。実は、Sさんはまさにその服をずっと探していたようでした。ショッピングから帰ったあとも、その服を部屋の中にかけておくようにすると、タンスをあさることはなくなりました。


■何で困っているのか、本人も伝えるのが難しい


娘さんによれば、上下揃いの外出着なので、施設で着ることはないだろうと持たせていなかったのだといいます。その服は、Sさんにとって思い入れのある大切な一着でした。Sさんがその後、施設でその服を着ることはなかったのですが、見えるところにあることで安心できたのだと思います。


便器でタオルを洗うといったこともなくなり、その後はいつも清潔にしながら過ごされました。


タンスの中のものをなんでもかんでも引っ張りだしていた頃、「何か探しものでもあるんですか?」と聞いても「あんたらに言ってもわからん」と返されていました。



たっつん『認知症の人、その本当の気持ち』(KADOKAWA)

Sさん自身、お気に入りの服を探すという意識があったのかどうかはわかりません。服とは関係ないものについても「なくなった」ということが多かったため、Sさん自身、タンスを探っている目的を明確化できていなかった可能性もあります。それでいながら、お気に入りの服を手元に置いておけるようになると、嘘のように問題が解決したわけです。


認知症の人の場合、自分が何で困っているのか、どうしたいのかを認識し、伝えることが難しい場合があります。問題解決の糸口をみつけるのは簡単ではありませんが、いろいろな働きかけをしている中で、偶然その糸口がみつかることもあるのですから、あきらめずにかかわっていくことが大切だと感じます。


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たっつん
介護福祉士
介護の仕事を18年以上続けている現役の介護福祉士。主に、在宅での生活が困難とされる方が入居する特別養護老人ホームでの入居者の方々との印象深いエピソードをSNSにて発信し、多くの共感を得て人気となった。介護の仕事の面白さを伝えるために日々発信を続けている。
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(介護福祉士 たっつん)

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