松下幸之助が40年前に喝破していた「科学的管理法」の弊害とは?

2024年4月2日(火)4時0分 JBpress

「自由と秩序」の両立によって機能不全から蘇り、飛躍の途へ——。そんな理想を体現した企業が世界には存在する。ルールによる抑圧的な管理を放棄し、人と組織を解き放った革新的なリーダーたちは、何を憂い、何を断行したのか? 本連載では、組織変革に成功したイノベーターたちの試行錯誤と経営哲学に迫った『フリーダム・インク——「自由な組織」成功と失敗の本質』(アイザーク・ゲッツ、ブライアン・M・カーニー著/英治出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。

 第1回は、いまだ多くの経営者がコストとして容認する「テイラー主義」(科学的管理法)と「フリーダム・インク」(人々が解放された企業)の関係を解き明かす。

<連載ラインアップ>
■第1回 松下幸之助が40年前に喝破していた「科学的管理法」の弊害とは?(本稿)
■第2回 How企業とWhy企業、いずれつぶれるのはどちらか?
■第3回 夜間清掃員が社用車を無断使用した“真っ当な理由”とは?(4月16日公開)
■第4回 13年連続赤字の米エイビス、新社長はなぜ経営陣を現場業務に就かせたのか?(4月23日公開)
■第5回 利益率9%を誇る清掃会社SOLには、なぜ「清掃員」が存在しないのか?(4月30日公開)
■第6回 なぜ経営トップは、5年以上職にとどまってはならないのか?(5月7日公開)

※公開予定日は変更になる可能性がございます。この機会にフォロー機能をご利用ください。
<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
●会員登録(無料)はこちらから

■はじめに

 自由(フリーダム)は効く。

 政治でも経済でも、娯楽でも家庭生活でも、私たちは生活のあらゆる側面で、誰にも何にも縛られることなく自分で何でも決めたいと思っている。だが、こと仕事になると、官僚的な仕組みやルールがはびこって多くの人がそれらに縛り付けられ、制約され、抑圧され、束縛されてしまっている。職場のルールなど、仕事でベストを尽くせるかどうかとは何の関係もないのだが。こうした制約のおかげで、誰もが職場では自分の思い通りにならないと感じ、ストレスや疲労感によってやる気をなくしてしまう。

 驚くべきことに、このような問題はすでに、いや数十年前から十分に理解されていた。1924年に、3M(スリーエム)の伝説的なCEOのウィリアム・L・マックナイトはこの問題を簡潔に要約している。「自分の周囲に柵が置かれると、人はただ従順な羊になってしまう。人にはそれぞれが必要としている場所を与えたほうがいい」

 マックナイトはこの信念を胸に、3Mで働く人々が創造性と主体性を発揮できる環境づくりに取りかかった。しかし、マックナイトが3Mに築いた文化(カルチャー)は称賛されはしたものの、こぞって真似されることはなかった。それから60年後に、日本の実業家の松下幸之助は太平洋の向こう側を眺めて、競争相手であるアメリカの実業界がいまだにフレデリック・W・テイラーの「科学的管理法」にとらわれていることを喝破した。科学的管理法とは、作業員全員に狭い範囲内での反復作業と詳細な手順を指定して業務を体系化し、作業員がその手順に完璧に従うことを要求する経営手法だ。

 私たちは勝利し、欧米の工業諸国は敗れ去ることになるでしょう。

 なぜなら、皆さんのアメリカの会社は今もなおテイラー主義に従っているからです。もっと悪いのは皆さんの頭の中です。上司が考える仕事をしている間、労働者は工具を使って作業していればよい、ということなのですから。

(しかし)よい経営の本質とは、上司の頭からアイデアを取り出して、労働者の手に生かすことにあるのです。私たちはテイラー主義を超えています。ビジネスは、いまやかなり複雑で難しく、企業が生き残るためには大きな危機を乗り越えなくてはなりません。したがってその存続は、日々知力を振り絞れるかどうかにかかっているのです1

1. Richard Florida and Martin Kenney, The Breakthrough Illusion: Corporate America’s Failure to Move from Innovation to Mass Production(New York: Basic Books, 1990), p. 157. からの引用。

 注意してほしいのは、松下は、従業員を解放することが素晴らしいとか、そうすれば従業員が幸せになるとか、そのほうがマネジャーたちが真人間に近づくとか主張していたわけではないことだ。「企業の存続は、日々知力を振り絞れるかどうかにかかっているのです」と言ったのだ。毎日出勤してくる社員一人ひとりが持つありったけの知力に加えて、自社のビジネスに関するありったけの知識を使ってできることをすべてやらなければ、金を失うだけでなく会社の存続さえ危うくなる、ということだ。

 今この文章を執筆している2009年初頭、アメリカ合衆国と世界の経済は悲惨な状況にある。国内経済は急速に縮小を続け、企業利益は激減している—中にはもはや消えてしまった会社も多い—そして、毎月50万人のアメリカ人が職を失っている。誰もが何かを恐れている。マネジャーは、利益を維持するか回復しないと、仕事がなくなるとおびえている。現場の従業員は、自分が上司の責任を押しつけられて首を切られるのではないかという不安にさいなまれている。

 保証しよう。損益計算書のどこにも現れてこない無駄を省き、顧客をつなぎとめ、新たな顧客を獲得するための重要な機会はすぐそこにある。そう、あなたが雇っている人々の頭の中にあるのだ。

 しかしちょっと待ってほしい。自社を救う方法を従業員に尋ねるのはまだ早い。まずは本書を読んでみていただきたい。社員に答えを促してすぐに答えてもらえるほど簡単なことであれば、読者はすでに実践しているだろう。人は自分が置かれた環境に順応するものだ。マックナイトが「自分の周囲に柵が置かれると、人はただ従順な羊になってしまう」と言ったのはそういうことだ。柵を見ているうちに、いつの間にか、しかもほとんど気がつかないうちに羊になってしまうのだ。

 さて、先ほど取り上げた松下幸之助の発言には、いささか不公平なところがある。マックナイトの観察が示す通り、従業員を工場の歯車にするという「テイラー主義」の問題は、実はかなり前から認識されていたからだ。カリスマ経営者のなかには、この自主性の不足を何とか解決しようとほとんど強迫観念に囚われているような人もいる。だが「従業員に権限を与える」という名の下にどれほど多くの文献が執筆され、どれほどのエネルギーが費やされようとも、「ディルバート」の世界は、ほとんどの企業でうんざりするほど一般化している。

* ディルバート:アメリカのコマ割り漫画。作者はスコット・アダムス。 ディルバートという技術者を主人公にした、事務系で、管理的な職場を皮肉ったユーモアで知られている。

 こうしたことから読者は、官僚主義、トップダウンによるコントロール、そしておそらくはジョージ・オーウェル風の社風は、現代でビジネスを回すための仕方ないコストなのだと結論づけるかもしれない。それを嫌うのは結構だが、果たしてそれなしで生き残ることは可能なのだろうか。

 本書で紹介する、人々が解放された企業(「解放企業」と呼ぶことにする)は「イエス」と言っている。それどころか、自らそれを実証している。企業の業種はハイテクから製造業、サービス業から金融、重工業まで多岐にわたる。しかも、現在、世の中であまりに主流派となっているコントロールの仕組みを一切手放しているにもかかわらず、どの会社も業績を伸ばしているのだ。

<連載ラインアップ>
■第1回 松下幸之助が40年前に喝破していた「科学的管理法」の弊害とは?(本稿)
■第2回 How企業とWhy企業、いずれつぶれるのはどちらか?
■第3回 夜間清掃員が社用車を無断使用した“真っ当な理由”とは?(4月16日公開)
■第4回 13年連続赤字の米エイビス、新社長はなぜ経営陣を現場業務に就かせたのか?(4月23日公開)
■第5回 利益率9%を誇る清掃会社SOLには、なぜ「清掃員」が存在しないのか?(4月30日公開)
■第6回 なぜ経営トップは、5年以上職にとどまってはならないのか?(5月7日公開)

※公開予定日は変更になる可能性がございます。この機会にフォロー機能をご利用ください。
<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
●会員登録(無料)はこちらから

筆者:アイザーク・ゲッツ,ブライアン・M・カーニー,鈴木 立哉

JBpress

「松下幸之助」をもっと詳しく

「松下幸之助」のニュース

「松下幸之助」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ