「日本人は自己肯定感が低すぎる」はウソだった…成果を出して喜ぶ欧米人と「まだまだです」と言う日本人の違い

2025年4月10日(木)10時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kasayizgi

日本の若者の自己肯定感の低さが問題視されている。内閣府によれば「自分自身に満足している」と回答した若者の比率は、欧米諸国が8割を超えているのに対し、日本は45.8%と極めて低い。心理学博士の榎本博明さんは「この数字を根拠に、日本の若者の自己肯定感が低いと結論付けるのは間違っている。文化的背景を踏まえれば、この結果はごく自然のことだ」という——。

※本稿は、榎本博明『自己肯定感は高くないとダメなのか』(筑摩書房)の一部を抜粋・再編集したものです。


■日本人は「自己肯定感が低い」のか


自己肯定感を高めようという動きが大々的に始まったのは、国際比較調査のデータを見て、日本の若者の自己肯定感が欧米の若者と比べて極端に低いとされたことがきっかけになっている。まずはその種のデータをみてみよう。


国立青少年教育振興機構が2015年に実施した「高校生の生活と意識に関する調査」の報告書をみると、「自分はダメな人間だと思うことがある」という項目に「とてもそう思う」もしくは「まあそう思う」と答えた高校生の比率は、アメリカでは45.1%なのに対して日本では72.5%というように、著しく高くなっている。自分はダメな人間だと思うことがあるという高校生は、アメリカでは2人に1人もいないのに、日本では4人のうち3人近くもいるのだ。


写真=iStock.com/kasayizgi
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内閣府は、2013年に、各国の13歳〜29歳の青少年男女を対象に「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」を実施している。そのデータをみると、「私は自分自身に満足している」という若者の比率は、アメリカ86%、イギリス83.1%、ドイツ80.9%、フランス81.7%というように、欧米諸国は8割を超えている。それに対して、日本は45.8%と極めて低く、欧米諸国の半分に近い比率になっている。


この二つの調査結果を盛り込んだ「日本の子供たちの自己肯定感が低い現状について」という参考資料が、2016年の秋に開かれた第38回教育再生実行会議に提出された。そして日本の子どもや若者の自己肯定感が低いことが問題視され、自己肯定感を高めるための施策が真剣に検討されることとなった。


■内閣府が行った調査でも…


こうした調査結果を日本の若者の自己肯定感の極端な低さの証拠とみなしたこと自体が、僕からすれば見当違いなことだったのだが、それについては後ほど解説することにして、もう少しデータをみていくことにしよう。


内閣府は、2013年と同様の「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」を2018年にも実施している。そのデータをみると、「私は自分自身に満足している」という若者の比率は、アメリカ87%、イギリス80.1%、ドイツ81.8%、フランス85%というように欧米諸国は前回同様8割を超えているのに対して、日本は45.1%と相変わらず極めて低く、やはり欧米諸国の半分に近い比率になっている。


欧米の若者と比べて日本の若者の自己肯定感が低いのは問題だとして、自己肯定感を高めるためにほめるなどさまざまな試みが行われているにもかかわらず、欧米との歴然とした差は一向に縮まる気配がない。


内閣府は「子供・若者の意識に関する調査」というものも行っている。それは13歳〜29歳の男女を対象としたものだが、そのデータを見ても、「今の自分が好きだ」という若者の比率は、2016年の調査では44.8%、2019年の調査でも46.5%となっており、自分を肯定する者はいずれも4割台に止まっている。


「今の自分に満足している」という項目は、2016年の調査にはなかったが、2019年の調査では、これを肯定する若者は40.8%にすぎない。


■文化の違いに目を向ければ謎が解ける


日本の若者の自己肯定感得点が欧米の若者と比べて著しく低いのはなぜなのか。


そこを突き詰めて考えていくと、「自己肯定感が低いのは問題だ」「何とかして自己肯定感を高める必要がある」といった論調がいかに的外れであるかがわかるはずだ。


どの国際比較データでも、「自分に満足」という比率は、欧米の若者では非常に高く日本の若者では著しく低い。そうしたデータが意味するものは、自己肯定感そのものの違いではなく、自分を大きく見せるために過大評価する心理傾向があるか、謙虚さゆえに自分を厳しい目で見つめる心理傾向があるか、といった文化的背景の違いである。


子ども時代にアメリカで暮らした社会学者の恒吉僚子は、アメリカ人の権威的な物言いのきつさに違和感を覚えた経験の一例として、つぎのようなエピソードをあげている。


ある春の日、六歳の私は、母とシンディーという女性に連れられてドライブに出かけた。母が運転し、隣にシンディーが座り、私は後部座席で窓ごしに外の新緑を眺めていた。突然、新緑の薫りを胸一杯吸いたくなった私は、窓を降ろしはじめた。その時、顔を半分私のほうに向けながら、いかにも権威を持った口調でシンディーが、「いたずらは止めなさい」と怒鳴ったのである。そこには、自分の命令を聞かないなどとは言わせない、という威嚇的な雰囲気があった
(恒吉僚子『人間形成の日米比較 かくれたカリキュラム』中公新書 以下同書)

■日本人母なら何と言って聞かせるか


外気を入れようとしただけなのに、いたずらと決めつけられ怒鳴られた恒吉は、自分の親からこんな理不尽な叱られ方をしたことがないので、反論しようとした。


その言葉を遮って、シンディーはさらに厳しく、「言う通りにしなさい!」と有無を言わせない口調で申しわたしただけであった

これが、もしわが家の出来事であったならば、どうなったか。おそらくは、「他の人が寒いでしょ……」などと言われ、〈自分のせいで誰かに風邪でもひかせたら大変だ〉などと慌てて窓を閉めたに違いない

この事例でもわかるのは、アメリカの大人は「自分の権威」を振りかざして人を思うように動かそうとする傾向があるということである。


心理学者の東洋たちが行った日米母子比較研究の結果をみても、子どもが言うことをきかないときの親の対応の仕方における日米の対照性がよくあらわれている。


たとえば、食事をちゃんと食べないとき、アメリカの場合、親としての権威に訴えて、「食べないとダメでしょ」「言うことを聞きなさい」などと、理由はわからなくてもとにかく親の言うとおりにさせようとする母親が50%と圧倒的に多かった。そのように親としての権威に訴えて、有無を言わさず子どもを従わせるという母親は、日本では18%しかいなかった。


■日本人精神科医が驚いた“アメリカ人医師の態度”


日本で37%と最も多かったのは、「ちゃんと食べないと大きくなれないよ」「野菜を食べないと病気になって遊べなくなるよ」などと、言うことを聞かないとどういう望ましくないことがあるかを理解させようとする母親だった。このような母親は、アメリカでは23%と権威に訴える母親の半分以下だった。


日本ではその他に、「せっかくつくったのにお母さん、悲しいな」などと、相手の気持ちに目を向けさせようとする母親も22%いたが、アメリカではそのような母親はわずか7%しかいなかった。


さらに、精神医学者であり、「甘え」概念の提唱者でもある土居は、アメリカに研修に行った際に、アメリカの精神科医の共感性の鈍さに驚いた経験について、つぎのように述べている。


私はその間アメリカの精神科医が実際にどのように患者に接しているかをあらためて観察する機会を与えられた。(中略)その結果アメリカの精神科医は概して、患者がどうにもならずもがいている状態に対して恐しく鈍感であると思うようになった。いいかえれば、彼らは患者の隠れた甘えを容易に感知しないのである

普通人ならともかく、精神や感情の専門医を標榜する精神科医でも、しかも精神分析的教育を受けたものでさえも、患者の最も深いところにある受身的愛情希求である甘えを容易には感知しないということは、私にとってちょっとした驚きであった。文化的条件づけがいかに強固なものであるかということを私はあらためて思い知らされたのである
(土居健郎『「甘え」の構造』弘文堂)

■何がアメリカ人をそうさせるのか


このような文化的伝統の違いが、自己肯定感をはじめ、あらゆる心理的特徴の文化差につながっている。


アメリカに限らず欧米に留学した学生たちの多くは、向こうの学生たちが、よく言えば堂々としている、悪く言えば偉そうにしており、自分の意見をあくまでも通そうとするのに圧倒されたという。また、向こうの人たちの共感性の鈍さに呆れたという。


それが、たとえば自己愛的な人格障害の典型例の日米の違いをもたらしている。


アメリカ精神医学会の診断基準によれば、誇大性、賞賛されたい欲求、共感性の欠如の三つが自己愛性人格障害にみられがちな特徴とされる。


誇大性というのは、実際以上に自分は優れていると思い込んだり、自分は特別な存在だと思い込んだり、威張り散らしたり、人を見下したりすることを指す。


賞賛されたい欲求というのは、成功者として注目されたい、みんなから賞賛されたいといった思いが強いことを指す。


共感性の欠如というのは、人の気持ちに鈍感だったり、人の気持ちに無関心だったり、人を平気で利用したりすることを指す。


写真=iStock.com/skynesher
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とくに誇大性や共感性の欠如は、先にみたように、多くのアメリカ人にみられがちな性質と言える。それが極端になると自己愛性人格障害とみなされるわけだが、ごくふつうの人であっても、日本人からみればきわめて誇大的だし、共感性が欠けているということになる。


アメリカでは、人格形成において、自信をもつことが重視され、自己主張ができるようにと訓練されるため、誇大的で無神経なタイプの自己愛過剰が多いのだろう。


■データは当然の帰結である


そのような自己愛過剰は日本では多くない。



榎本博明『自己肯定感は高くないとダメなのか』(筑摩書房)

日本の場合は、同じく自分のことばかり気になる病的に自己愛が過剰なタイプといっても、傲慢で自分を強く押し出すような誇大的で無神経なタイプではなく、引っ込み思案で神経過敏なタイプが多くなる。


日本人に多い引っ込み思案で神経過敏なタイプの自己愛過剰には、人からどう思われるかばかりを気にし、人の顔色を窺うあまり自己主張ができず、人から拒否されたり批判されたりすることを極度に恐れるため率直に自分を出せないタイプが多い。


人から賞賛されたい気持ちは強いのに、それを表に出せずにうじうじしがちで、自分を抑えすぎる者も少なくない。


写真=iStock.com/kitzcorner
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こうした文化的背景に目を向ければ、「自分に満足している」という若者の比率が、なぜ欧米では8割を超え、日本では4割強にしかならないのかがわかるだろう。比率に大きな差があることは、べつに深刻な問題なのではなく、ごく当然のことなのだ。


欧米人は自信たっぷりに振る舞わないといけないから、「今の自分に満足している」とほとんどの若者が答える。日本では謙虚に振る舞わないといけないから、「今の自分に満足している」と答える若者が半分もいない。


それぞれの回答傾向は、属する文化に適応的な心のあらわれとみなすべきだろう。


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榎本 博明(えのもと・ ひろあき)
心理学博士
1955年東京生まれ。東京大学教育学部教育心理学科卒業。東芝市場調査課勤務の後、東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学大学院助教授などを経て、現在、MP人間科学研究所代表、産業能率大学兼任講師。おもな著書に『〈ほんとうの自分〉のつくり方』(講談社現代新書)、『「やりたい仕事」病』(日経プレミアシリーズ)、『「おもてなし」という残酷社会』『自己実現という罠』『教育現場は困ってる』『思考停止という病理』(以上、平凡社新書)など著書多数。
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(心理学博士 榎本 博明)

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