こじれた夫婦は歩み寄れるのか…「泥沼の離婚調停」で"子どもを守る"家庭裁判所の揺るぎないルール
2025年4月15日(火)9時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu
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■裁判官でも、弁護士でも、検察官でもない立場
——そもそも家裁調査官とは、どのような職業なのでしょう。裁判官や弁護士とはどう違うのでしょうか。
家裁調査官とは、家庭裁判所に勤務する国家公務員であり、そうした括りで言えば裁判官に近いところにいます。ただ、決定的に異なるのは、家裁調査官は法曹(法律を扱う専門家。裁判官、検察官、弁護士)ではないことです。
高島聡子『家裁調査官、こころの森を歩く』(日本評論社)
裁判所と言われると、裁判官が壇上で判決を言い渡す場面や、弁護士が「勝訴」の紙を掲げている光景が思い浮かぶと思いますが、家裁調査官は法律がベースにありながら、正確に言えば、“法律では白黒つけられない領域”を担当しているのです。
具体的に説明すると、我々が勤務する家裁では、「家事事件」と「少年事件」を扱っています。前者は離婚や面会交流など夫婦や親子といった家族に関わる問題を、後者は20歳未満の少年が起こした犯罪に関する処分を決める手続を扱います。
この両者に共通するのは、単純に理屈や法律で割り切ることができない問題が重要になってくるところです。親権や面会交流が問題となる調停では、両親や子どもの生活状況や心情の把握が不可欠ですし、少年事件であれば少年自身の未熟さから、自分の心情や動機を言語化できない場合も多い。
これらの事案に対して、行動科学の知見を持って向き合うのが家裁調査官です。心理学や社会学、教育学などを中心とした知見を参考にしながら、家族の紛争や少年の問題行動の背景にある心理的要因を探り、最善の解決を導き出す。裁判官よりも現場近くで動くポジションと言えます。
■「当事者」と「裁判官」の橋渡し役
——より当事者と深く関わる立場であると。
そうですね。あくまでも判断を下すのは裁判官ですが、その判断材料となる調査報告書を提出するのも家裁調査官の職務です。
家裁調査官は、当事者や少年と裁判官の間を、橋渡しする立場であるとも言えます。調査で見えてきた当事者や少年の状況や心情は、法律の枠組みに当てはめるとどんな主張となり得るのか。あるいは逆に、今行われている手続や、裁判所が考える判断の枠組みを、当事者や少年に分かる表現でどう伝えるか。双方の言葉を翻訳していく仕事とも言えますね。
——離婚や親権、面会交流が問題となる家事事件では、当事者にどのような立場からアプローチをしているのでしょうか。
大前提として、離婚は人生の中で極めて高ストレスなライフイベント(節目となる出来事)です。しかも、転居や転職、子どもの転校といった、同様に高ストレスな出来事も合わせて起きることが多い。加えて、生活の変化に伴って金銭的問題が生じることもありますし、親族や職場の人間関係にも気を遣うなか、関係がこじれた配偶者と一定期間向き合うのはかなり疲弊するだろうと思います。
こうした状況下で、男女ともに取りがちな行動が、相手を非難して自分を正当化することです。特に子どもの親権や、監護権を争う場面ではよく見られる傾向です。妻側であれば、夫の育児への無関心やモラハラ的な言動を非難する。夫側であれば、妻の不貞や家事育児の至らなさを主張して、子どもを任せられないと言い張る。
■“介入”で新事実が見えてくるケースも
双方ともに興奮している状態では、当事者も視野が狭くなり、語られるエピソードも自分にとって都合の良いものになりがちです。そこで調査官は、当事者やその周囲の関係者に聞き取りを行う中で、客観的な事実と、当事者の感情が入った主観的な事実とを切り分けながら整理し、当事者と共有していく。こうした行程を繰り返して、妥当な結論を導いていくのです。
——実際に、こじれた夫婦関係に変化の兆しは見えるのでしょうか。
もちろん上手く運ばないケースも多くありますが、家庭裁判所が介入することで、コミュニケーションのすれ違いや、新しい事実が浮かび上がることもあります。
例えば、「妻が子どもを置いて実家に帰った」と主張する夫がいるとします。この時、妻が自発的に家を出たのか、それとも意に反したものだったのかによって、行動の評価は異なってきます。
詳しく事実関係を聞いていくと、妻は「夫に育児の大変さを思い知らせようと思って、2〜3日だけ家を空けたら鍵を付け替えられていた」と主張する。その後、夫に妻の反論をぶつけると、「いつ帰るとも言わずに出て行ったなら追い出されても当然だろう」と異論を唱える。こうして双方の主張を並べると、同じ出来事でも微妙に見え方が変わってくることが分かります。
写真=iStock.com/takasuu
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■“食い違い”の背景が見えてくる
あるいは、母が「子どもが別居している父親との面会交流を泣いて拒否している」と主張しているケースを考えてみましょう。別居当初は、面会が実施できていた経緯もあり、裁判所で試行的に面会の場を設けてみると、子どもはけろっとして父と遊び始める。つまり、子どもが父との面会を拒否しているという母の言い分と、全然違う態度が見えたわけです。
改めて母に、子どもが面会を拒否していた時の状況を聞いてみると、母は面会に送り出す際、毎回子どもに「パパに嫌なことをされたら言うのよ」と言い聞かせていたそうです。そして子どもが帰ってくると、「パパとどこに行ったの? 何したの? どんな話をしたの?」と根掘り葉掘り聞いていたことが分かりました。子どもからしたら父と会いたい気持ちはある一方で、毎回母の思い詰めたような態度を感じ取って泣いていたという側面もあったわけです。
このように、調査で見えてきた事実を、報告書にして共有することで、主張の食い違いの背景が見えてきたり、子どもの将来を考えてもらう契機にもなることがあります。
特に、裁判所内で親子の交流場面を実施した際の報告書には、別居親が入室した時の子どもの表情、親の問いかけに対する反応や言葉遣い、体の向きがどう変わったかまで、詳細に記載する場合もあります。完成した報告書を読んだ両親は、普段気づかなかった子どもの一面を知り、それまでの主張に変化が生じるケースも珍しくありません。
■“大量の証拠=有利”とは限らない
——逆に、「上手く運ばないケースもある」と仰っていましたが、どういうことでしょうか。
先ほどの繰り返しになりますが、双方ともに相手の非難合戦になっている場合は難航します。
裁判所を「どちらが悪いのかを判断してもらえる場所」と誤認されて、相手の落ち度を証明する証拠ばかりを提出するケースなどですね。相手に子どもの監護能力がないことを示すゴミ屋敷の写真、不貞を思わせるLINEのやり取り……。当事者の多くはあたかもそれらが自分にとって有利な証拠になるだろうと持ち込んできます。
しかし、我々からすれば、相手の落ち度を主張すれば、自分の主張が自動的に認められるというわけではありません。特に、面会交流を実施していく上では、父母の間に最低限の信頼関係があることが重要になってきます。ただ当然、相手を攻撃すればするほど、信頼関係を構築するのは難しくなります。
相手を責めたり、監視したりするのは、家族の将来を考えていくうえでは悪手になる。そう気付いてもらうよう働きかけています。
■「両親の不仲」を子どもに見せない
——家族関係がこれ以上、悪化しないよう、子どもにかかる負担が重くならないよう、心がけるべきポイントがあれば教えてください。
端的に言えば、子どもがいる夫婦が離婚する場合は、「どこまで夫婦として争うのか」「今後は父母として協力関係を築くのか」の二択を迫られている状態です。当然、子どもの心理的負担が軽減されるのは後者であり、夫婦間でビジネスライクな信頼関係を築いていくことが望ましいとされています。(裁判所「子どもにとって望ましい話し合いとなるために」)
調査官の調査では、試行的に裁判所内の児童室で親子が面会交流を行う機会を設けることがありますが、その際にはこのガイダンスに沿って「子の前で相手を無視したり攻撃しない」「子を質問攻めにしない」「感情的な態度を見せない」などのルールをお伝えしています。
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当然、夫婦間に負の感情はあるかと思いますが、裁判所内という場面設定や、調査官の立会いがあるからか、そこを頑張ってくださるご両親も多い。父母が穏やかな態度で接すると、子どもはこちらが驚くほど安心した笑顔を見せてくれます。その瞬間、両親は、親の不仲な状態を見せ続けることが、子どもからすればいかに負担の大きいことであるかに気付いてくれるように思います。
■心身ともに大きな負担がかかる
私個人としては、離婚そのものを否定するつもりはありません。当事者お一人お一人が悩み、考え抜いて出した結論だろうと思うからです。
ただ、離婚や子どもをめぐる紛争は、心身ともに大きな負荷がかかるものです。特にDVやモラハラに悩んでいたり、膠着(こうちゃく)期間が長かったりすると、その負担は尚更だろうと思います。
離婚は誰にとっても大変だということも踏まえて、ご自身の心身の健康を損なわないよう、お子さんと向き合う余裕をなくさないようにしていただけたらと思います。それに我々のような家裁調査官という存在がいて、サポートをしていることが知られてほしいですね。
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高島 聡子(たかしま・さとこ)
京都家庭裁判所次席家庭裁判所調査官
1969年生まれ。大阪大学法学部法学科卒業。名古屋家裁、福岡家裁小倉支部、大阪家裁、東京家裁、神戸家裁伊丹支部、広島家裁、神戸家庭裁判所姫路支部などの勤務を経て2025年から現職。現在は少年事件を担当。訳書に『だいじょうぶ! 親の離婚』(共訳、日本評論社、2015年)がある。
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(京都家庭裁判所次席家庭裁判所調査官 高島 聡子 構成=佐藤 隼秀)