なぜ「普通の2倍も高いシャンプー」が大ヒットしたのか…「アジエンスの失速」から学んだ花王がCMをやめたワケ
2025年4月16日(水)16時15分 プレジデント社
花王 ヘルス&ビューティケア事業部門 ヘアケア事業部で、「ジアンサー」のブランドマネージャーを務める野原聡氏 - 撮影=プレジデントオンライン編集部
撮影=プレジデントオンライン編集部
花王 ヘルス&ビューティケア事業部門 ヘアケア事業部で、「ジアンサー」のブランドマネージャーを務める野原聡氏 - 撮影=プレジデントオンライン編集部
■美容商品とは思えない謎のパッケージ
「メリット」や「エッセンシャル」といった中価格帯のヘアケアには強いが、“ハイプレミアム”の商品(シャンプー価格が1400円以上)には弱かった花王。
その会社が出した「ジアンサー(THE ANSWER)」という商品が売れている。
「2024年11月2日の発売以来、4カ月半でシャンプーとトリートメントの累計出荷本数50万本(※)を突破し、当初計画の2倍の売り上げとなっています。ちなみに購買層は90%が女性です」(同社)
※2024年11月2日〜2025年3月21日までに出荷された本体と詰め替えの総数量(花王調べ)
シャンプーのメーカー希望小売価格は400mlで1760円(税込、以下同)で、「エッセンシャル」ベーシックシリーズ(450mlで770円)の2倍以上。大手ドラッグストア「ウエルシア」など一部の小売店や同社の公式サイトで先行販売し、4月末から取扱店を約2倍にする予定。現在の状況での取扱店拡大で販売本数100万本を視野に入れている。
筆者が取材前の4月上旬に都内のウエルシアを視察した際には、1回分のシャンプー+トリートメントのトライアル商品(ピロー=小袋タイプ)も143円で販売されていた。
シャンプー以外に髪の悩みに合わせたトリートメント、オイルやウォーターセラムもあるが、いずれのパッケージも白×シルバーで表(おもて)面は英語中心。レーザーチャートという五角形の分析図もつく、ヘアケアらしからぬ不思議なデザインだ。
なぜ、このような商品を開発したのか。同社に取材した。
■ゴシゴシ洗うのではなく、「塗る」シャンプー
「『ジアンサー』は、花王のヘアケア事業変革の新ブランド第2弾として開発した商品です。第1弾として2024年春に発売した『メルト(melt)』も好調ですが、『ジアンサー』も加わり、ハイプレミアム市場における花王の存在感を高めていきます」
ブランドマネージャー(花王 ヘルス&ビューティケア事業部門 ヘアケア事業部)の野原聡氏はこう話す(以下、発言は同氏)。ブランド名は「花王100年のヘアケア研究からたどりついた答え“アンサー”からつけた」そうだ。
少し専門的な話になるが、髪は約80〜90%がタンパク質、約1〜8%が脂質、残りは水分やメラニン色素などで構成されているという。
「当社では、美しい髪に必要な条件を『うるおい・まとまり・ツヤ・なめらかさ・しなやか』と定義。それらに必要不可欠なタンパク質と脂質にアプローチする視点で、美髪5大必須成分(補修)を配合しました。中身に正直でありたいと、パッケージのレーザーチャートにはそれを示しました。
またシャンプーは美容液のようなとろりとしたテクスチャーで、ケア成分を含んだ泡を髪全体に行き渡らせる“塗り洗い”をおすすめしています」
写真提供=花王
およそシャンプーとは思えない見た目の「ジアンサー(THE ANSWER)」。髪をゴシゴシせず、リンスのように全体に塗ってから洗うのがオススメだ - 写真提供=花王
今回のプロジェクトメンバーは、事業部以外に商品開発、ヘアケア研究所、容器包装の研究所、パッケージ作成部、広告作成部、PR部、販売など。これに社外関係者も加わった。
食品に含まれる5大栄養素のように、美髪を定義づけたことで商品開発の軸足が定まったが、ヘアケアの答え“アンサー”を成分で実現するのはハードルが高かったという。
■王道の「テレビCM」をやめたワケ
消費財メーカーとして知られる花王は、毎年広告宣伝費に700億〜800億円台も投入する企業だ。テレビCMで同社のさまざまなブランドが宣伝されるのはご存じだろう。
だが今回は、まったく違う手法をとった。
「テレビCMはやっていません。今回のターゲットである若年層のタッチポイント(接点)を考えると、SNSに投稿される本音の声に対して共感・共振していきます。
そこで開発段階から美容系インフルエンサーに協力を仰ぎ、試作品も使っていただき正直な感想も聞きました。CMがないため発売直後の売れ行きは小さかったのですが、商品を手に取ったインフルエンサーたちがオーガニックのクチコミを行い、自ら順位を決める年間コスメ大賞にも選定。その投稿を目にした消費者の方に商品が売れていきました」
この手法をとったのは野原氏の海外駐在経験も大きかった。
撮影=プレジデントオンライン編集部
野原氏は2020〜22年に中国・上海の現地法人に赴任。中国ではインフルエンサーを起用した動画広告が主流で、その手法をジアンサーにも取り入れた。 - 撮影=プレジデントオンライン編集部
■中国でSNSマーケティングを学ぶ
「自ら志願して2020〜22年に中国・上海にある現地法人に赴任し、マーケティングとDX(デジタルトランスフォーメーション)推進に携わったのです。広大な国土の中国は日本よりもDXが圧倒的に進んでいます。そこで現地では商品の認知や興味を高める取り組みとしてテレビCMは使わず、動画広告はすべてデジタル上で流すようにしました」
日本と違い、中国はネット→テレビの順で流れるような視聴環境だという。さらに本社と比べて規模が小さい現地法人では、いい意味で中小企業的な機動力も駆使できた。
「研究も生産も少数ワンチームで、スタート段階のさまざまなエラーにも早めに対応できました。小さく生んで大きく育てる手法を『ジアンサー』にも応用していったのです」
■「アジエンス」の失速から学んだこと
花王には「アジエンス」(2003〜2024)というヘアケアブランドがあった。
今回のように「若い女性に支持されるプレミアム価格帯の商品」として誕生し、約800日に及ぶプロジェクト活動で、のべ100人以上が関わった。
筆者はかつて舞台裏を密着取材して「アジエンスが越えた花王の壁」という記事にしたこともある。“アジアンビューティ”を掲げ、“東洋美容エッセンス”を配合、髪の内側から浸透して美しくする技術(美髪技術)も反映した商品だった。
発売直後は好調でトリートメント部門で1位、シャンプー・リンス市場で2位になったが、やがて失速。約20年でブランドの歴史を閉じた。なぜうまくいかなかったのか?
「当時は目新しいブランディングでしたが、ブランドを維持するには『個性と一貫性』が必要です。それが次第に薄れていった。担当者が変わるとブランド概念の引き継ぎが難しいという教訓を学び、ジアンサーはそうならない仕組みを構築しています」
撮影=プレジデントオンライン編集部
現在はシャンプー、トリートメント、洗い流さないトリートメントをラインアップ。今後は海外展開にも力を入れていきたいという。 - 撮影=プレジデントオンライン編集部
国内で販売されるシャンプーブランドの盛衰と向き合うと、花王も競合も“三女”が育たない。花王の場合は長女「メリット」(1970年発売)、次女「エッセンシャル」(1976年発売)というアラフィフ商品は今でも人気だが、それに続くブランドが夭折してしまう。
滑り出し好調の「メルト」や「ジアンサー」は、長年にわたり定着できるのか。
■“空位”の高価格帯市場を制するのは?
近年のヘアケア業界は、前述のハイプレミアム市場が拡大傾向にある。同市場では、「ボタニスト(BOTANIST)」(シャンプーは460mlで1540円)や「ヨル(YOLU)」(475ml、同)を持つI-ne(アイエヌイー)が支持を集めたが、その勢いも一段落してきた。
また、かつて中価格帯で人気ブランド「ツバキ(TSUBAKI)」を持っていた資生堂は2021年に同ブランドを投資ファンドに売却。現在は「サブリミック アデノバイタルシャンプー」(250mlでは3520円)などを販売している。
ハイプレミアム市場の勢力図に変化が生まれてきたが、花王は勝算があるのか。さまざまなブランドを取材すると中価格帯では「これでいい」という選択肢だが、高価格帯は「これがいい」という選ばれ方だと感じる。
「小売店の店頭にはヘアケアブランドが150以上あります。そのすべてを吟味している方はおられません。林立するブランドの中で選ばれるには、やはり際立った個性が大切。その個性がお客さまの購買欲を動かせるからです」
花王の強みは、自社で研究開発部門を持つことだろう。同社の研究所には国内外合わせて3000人を超える研究員がいて基礎研究や応用研究に従事している。
業績に目を向けると4期連続で減益だった営業利益も2024年12月期の連結業績では前期比144.3%となり、久しぶりに増収増益を記録した。復調傾向にある勢いに乗って、長年苦戦した(ヘアケアの)ハイプレミアム市場でも存在感を発揮することができるか。
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高井 尚之(たかい・なおゆき)
経済ジャーナリスト/経営コンサルタント
学生時代から在京スポーツ紙に連載を始める。卒業後、日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「人気ブランド」をテーマにした企画・執筆・講演多数。近著に『なぜ、人はスガキヤに行くとホッとするのか?』(プレジデント社)がある。
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(経済ジャーナリスト/経営コンサルタント 高井 尚之)