令和にこそ強く響く松下幸之助の名言「企業は社会の公器」株主と経営者が会社に対して果たすべき「2つの約束」とは
2025年4月14日(月)4時0分 JBpress
今日の株式会社の原型とされる「英国東インド会社」が設立されて400年あまり。地球レベルでの気候変動や人権問題、続発する紛争など、世界が大きく揺れ動く現代において、株式会社は社会とどう向き合っていくべきなのか。本連載では『会社と株主の世界史 ビジネス判断力を磨く「超・会社法」講義』(中島茂著/日経BP 日本経済新聞出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。「株式」を巡る歴史をひもときながら、これからの株式会社の在り方や課題を考える。
今回は、株主と経営者が会社に対して果たすべき「2つの約束」に注目し、「株式会社」というシステムを運用するために必要な前提条件について考える。
株主も経営者も、「社会的責任」を背負っている
(1)株主有限責任制が公共性の根拠
① 株式会社は公共性を背負っている
株式会社が「人々の役に立つこと」を目的として設立され、かつ運営されるべきものであることは、右にみたように歴史的事実に裏付けられています。そればかりではなく、株式会社が「世のため、人のために役立つこと」は「株主有限責任制」が認められるための「条件」であり、「株主」「経営者」たちの「約束」でもありました。それは今日でも変わりません。株式会社は、設立された瞬間から「人々の役に立つこと」を義務付けられている、「公共性」を背負っているのです。
② 株主有限責任制は公共性を守ることを条件に承認された
英国で1856年株式会社法によって「株主有限責任制」が確立されたいきさつを思い出してください(第4章)。1830年にリヴァプール・アンド・マンチェスター鉄道が開通してからというもの、英国政府は「人々の役に立つ」鉄道事業を拡大し、全国的に進める必要性に迫られていました。
しかし「名士」たちで構成されている政府も議会も、株主有限責任制を前提とする株式会社はどうしても認めたくなかったのです。「有限責任などと宣言したらどんな人間が株主として会社経営に加わってくるか分かったものではない。やはり大事業は政府管理下で行うべきだ」という信念です。
にもかかわらず、政府管理では多数の巨大事業をどうにもこなし切れなくなったため、やむなく、最後には一般市民に「有限責任」という「特典」を与えて株式会社方式をとることを認めます。鉄道事業が必要とする巨額資金を、多くの人々の出資で集めるためです。「政府管理以外には株式会社しか選択肢はない」という、ジョン・ステュアート・ミルの苦渋に満ちた言葉が思い出されます。
③ 2つの条件
こうして政府が悩みに悩んだあげく、市民に株主有限責任制という「特典」を認めたのです。が、その代わりに、「政府管理に劣らないような、きちんとした方法で株式会社を運営すべきだ」という「条件」を、当然の前提としてつけていました。
株式会社の運営者は、①鉄道事業のように、事業目的の正当性を保つこと、②政府管理のように、管理運営の適正性を保つこと——という2つの条件です。有限責任の特典で成り立つ「株式会社システム」を利用する株主も経営者も、この2つの条件を守ることを当然の前提として約束していました。「2つの約束」です。
事業目的については、そもそも定款でガッチリと規制していますし、目的の範囲を絶対に超えさせないと目を光らせている怪物「ウルトラ・ヴィーレス」(第2章)がまだまだ健在だったので、政府も議会もまあ、安心でした。
怖いのは、②の管理運営でした。そこで政府は、株式会社に適正運営を守らせるために「情報開示」を徹底させる方向をとります。鉄道会社に対しては、設立申請の際に詳細な地図、計画、財務計算を提出させたのです(ロン・ハリス、180頁)。徹底した情報開示(ディスクロージャー)で会社の公正さを保つ政策は、その後の英国政府の一貫した方法になっていきます。
株主有限責任制という特典の見返りに「2つの条件」がつけられたことで、株式会社は、設立された瞬間から公共性を背負って運営することが、社会的に義務付けられたといえます。
現代では、株主有限責任制という特典が与えられた経緯が忘れ去られてしまい、多くの人々が「2つの条件」「2つの約束」をほとんど意識することなく、ただただ有限責任制のありがたさを享受するだけという風潮になっています。しかし、いかなる時代、いかなる地域においても、有限責任制という特典は「2つの条件」を守る「2つの約束」が前提であることを、株主も経営者も忘れてはなりません。
(2)株主の「約束」と「社会的責任」
① 株主は「約束」を果たす社会的責任を負っている
以上のいきさつがあるので、人は株式会社に出資して株主となるときは、2つの条件、すなわち①事業目的の正当性、②管理の適正性——を受け入れ、この2つを守ることを約束したうえで、有限責任という特典にあずかることにしたのです。それが株主からみた「2つの約束」です。したがって、株式会社の株主は、自分が投資した会社の経営者が「人々の役に立つ」という正しい目的に向けて、日々、誠実に管理・運営しているかを見守る責任があります。「株主の社会的責任」といってよいでしょう。
株を買って株主となった皆さんのなかには、「配当と株価だけが関心事項なので、見守るなんて面倒だ」という方も多いと思います。けれども、株主は「会社の所有者」です。その株式会社は「公共性」を持ったシステムです。そうである以上は、株主は会社が公共性を失わないように見守るのは社会的な責務です。
まして、いまの株式会社は、これからみるように、「人を大切にする社会」に向けて変革できるかどうかの瀬戸際にあります。株主1人ひとりが経営者と会社を見守ることの大切さは、かつてないほど高まっています。1人ひとりの株主の力は小さくても、集まれば大きな力となります。その力は経営者を、そして会社全体を動かしていく力になります。「社会的な価値ある責任」です。プライドを持って、この価値ある責任を果たしていただきたいと思います。
② 株主の使命は崇高なもの
株主の使命については、松下幸之助(松下電器、現パナソニックの創業者)は次のように情熱的に語っています(松下幸之助「株式の大衆化で新たな繁栄を」『PHP』1967年11月号。『Voice』2016年8月号再録)
「株主というものは、株式会社に出資することによって、国家の産業に参画するという一つの大きな使命があると思う。出資した会社から配当を受ける一方で、会社の経営を見守り、時に応じては叱咤激励し、その業容の進展を楽しみにするのが株主のあり方である」
株主の使命は、社会に奉仕するための崇高なものなのです。
(3)経営者の約束と社会的責任
① 経営者の約束
同じことが経営者についてもいえます。株式会社は、①公共事業のように正当な目的を持つ事業を行うこと、②政府管理に劣らない、適正な管理をもって運営すること——という2つの条件のもとで、やっと株主有限責任制という特典を与えられた制度です。その特典があるからこそ、多くの出資者から資金を集めることができるのです。
経営者がこうした公共性を背負っている株式会社の運営を引き受けたときは、この2つの条件を受け入れ、守ることを約束しているのです。それが経営者からみた「2つの約束」です。
② 会社は「社会の公器」である
この点について松下幸之助は、以下のように語っています(松下幸之助『企業の社会的責任とは何か?』PHP研究所、14頁)。
「基本として、企業は社会の公器であるということです。いかなる企業であっても、その活動が人々の役に立ち、それが社会生活を維持し潤いを持たせ、文化を発展させるものであって、はじめて企業は存在できるのです」
株式会社が本来的に持つ公共性と社会的責任について、核心を突いた素晴らしい言葉です。経営者としての豊富な経験に基づく言葉であるだけに、心に沁みます。
③ 経営者の社会的責任
経営者は経営を進めていくときは、自分が確信する「正当な事業目的」を経営理念として、株主、社会に高々と示し、実際にその理念に忠実に従って管理運営していくことが求められます。ただし、社会の要請や顧客が望むことは時代とともに変化します。そうした変化を敏感に感じ取り、必要があれば直ちに経営理念に取り入れ、時代に合わせてさらに事業を進めていく責任があります。それが「経営者の社会的責任」です。
東インド会社の時代は、目的は国王の権威と宗教的な権威でガチガチに固められている定款により「お仕着せ」で拘束されていました。怪物「ウルトラ・ヴィーレス」の呪縛です(第2章)。
しかし、いまは違います。定款の事業目的は起業者たちがみずから創り出すものであり、社会、人々の求めるものに変化があれば、みずから定款を世の中の動きに合わせて修正し、株主の合意を得て先に進まなければなりません。
『会社と株主の世界史 ビジネス判断力を磨く「超・会社法」講義』
<目次>
第1章「会社は法人である」って、どんな意味?
第2章「定款の壁」を超えて——怪物ウルトラ・ヴィーレスとの戦い
第3章 法人制度の欠陥——法人は人に危害を加えても責任を負わない?
第4章 株主有限責任はなぜ認められたのか——有限責任と引き換えに求められる公共性
第5章 株式の譲渡は自由で、証券マーケットは独立したもの——株式を「売る権利」
第6章「所有と経営の分離」、だから「コーポレート・ガバナンス」——そして、ガバナンスの核心は株主総会
第7章 変化し続ける「株主総会」——「万能主義」から「限定主義」、そして新たなステージへ
第8章 株主と経営者は「株式会社」を変えていけるだろうか
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筆者:中島 茂