なぜ株式会社は変われないのか?「総会限定主義」の分厚い壁と株主提案の切り札になり得る「勧告決議」とは
2025年4月21日(月)4時0分 JBpress
今日の株式会社の原型とされる「英国東インド会社」が設立されて400年あまり。地球レベルでの気候変動や人権問題、続発する紛争など、世界が大きく揺れ動く現代において、株式会社は社会とどう向き合っていくべきなのか。本連載では『会社と株主の世界史 ビジネス判断力を磨く「超・会社法」講義』(中島茂著/日経BP 日本経済新聞出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。「株式」を巡る歴史をひもときながら、これからの株式会社の在り方や課題を考える。
今回は、株式会社変革の壁とも言える「総会限定主義」に注目。世論を背景にした株主の声を経営に生かすため、株主総会の場から変えていけることとは?
株式会社が変わるための多くの課題
(1)総会限定主義
① 限定主義の「限界」
「これからの株式会社」を考えるとき、最も大きな障害は総会限定主義です(第7章)。株主総会が決議できる範囲は「定款に定められている事項」と「会社法に定められている事項」に限られているのです(295条2項)。
以上みてきたように、いま株式会社は「人を大切にする社会」に向けた変革を求められています。実現するためには、世論、そして世論を背景にした株主の声が経営に活かされていくことが必要です。
その際に立ちはだかるのが総会限定主義です。「女性管理職の比率を高める経営を行う」「パリ協定を尊重した経営を進める」「人権尊重の経営をする」「取締役の過半数を社外取締役とする」といった事項は、定款事項ではなく、また法定事項でもありません。すべて経営事項であり、株主総会では決議できない事柄です。決議できないということは、審議もできません。そこに限定主義の限界があります。
いま、「ガバナンスの充実」「気候変動対策の実施」「人権の尊重」などについて株主提案が増えています。ほとんど定款変更の形で行われています。定款変更の形にしてしまうと「特別決議」となり、可決へのハードルはものすごく上がります。それでも、株主提案を行う理由は、総会の議題とすることで審議の対象となることを期待しているからです。株主は多様な事項について「経営陣との対話」を望んでいるのです。
② 勧告決議の導入
そこで、「勧告決議」(advisoryvoting)の導入を提案したいと思います。たとえ経営事項であっても株主が提案することができ、定款変更の形をとらずに、普通決議で可決されるようにするのです。
たとえば、株主は会社に対して「取締役の過半数が社外取締役となるように取締役会を構成する」と提案することができ、審議することもできるようにするのです。勧告決議の対象として取り上げるかは、ガバナンス、人権など経営指針としての重要性の観点から会社側が合理的に判断することになります。
ただし、可決されたとしても、「限定主義」の壁は破れないので「法的効力」はありません。第7章で紹介した、会社唯一の財産である工場を売却するので株主総会にかけたところ、裁判所から「無効な決議だ」とされた「Kゴム会社事件」のケースを思い出してください。けれども、株主総会で過半数の賛成があったとすれば、その事実はとても重いものです。
経営者には善管注意義務の一要素として、「総会決議を尊重して実現すべく努力する義務」が生じると考えられます。
勧告決議は、米国では行われています。「決議しても守られていない」と指摘されています。が、日本では少なくとも善管注意義務の一要素となるのですから、「総会限定主義」からは大きな前進です。
現に、いまでも「有事型買収防衛策」の導入時に、「防衛策の導入」は定款事項でも法定事項でもないのに「株主意思確認決議」という総会決議がなされています。そうであるなら、ガバナンス強化、人権やダイバーシティの尊重、気候変動対策などについて提案されたときも同様に審議、決議すべきです。
(2)縮小されている株主総会の権限
① 剰余金の配当も取締役会で決議
現在の会社法では、監査役会と会計監査人が設置されている会社で、取締役の任期を1年としている会社では、剰余金の配当の決定を取締役会で行うことができることを定款で定めてよいとされています(459条2項)。総会限定主義が原則とされているうえに、さらに剰余金配当の決議権限まで株主総会から取締役会に移してよいとする規定です。
株式会社とは、人々が資金を持ち寄ってこれをもとにビジネスを展開し、収益を上げ、利益を配分するためのシステムです。剰余金の配当は、株主にとって最も大切な場面です。その配当決定権限まで取締役会に委ねてしまうのは、株式会社のオーナーである株主としては、本当は残念なことではないでしょうか。
②「剰余金の配当も総会で決議したい!」——株主提案への反応に表れた株主の意識
2024年3月、「剰余金の配当は取締役会で決議する」と定款に定めている製菓会社に対して、「株主総会でも定められるようにする」という定款変更の株主提案がなされました。定款変更ですから、特別決議で3分の2(67%)以上の賛成が必要なのです。
結局は否決されたのですが、驚くべきことに、この株主提案は42.9%の賛成票を集めました。「剰余金の配当も、自分たちが総会で決議したい!」。株主が剰余金配当の決定についてみせた本心です。
経営者は、たとえ会社法で認められている制度であろうとも、株主総会の権限を縮小する方向での運用には慎重であるべきです。
(3)株主の実態
① 個人株主は、人数比率は多いが、持株比率は少ない
本章では「株主と経営者は会社を変えられるのか」を研究しています。その株主の実態はどのようなものかをみておきたいと思います。
全国4証券取引所の調査によれば、上場会社3984社の株主の人数は合計で7609万人です。そのうち7445万人が個人株主です(2023年度株式分布状況調査結果)。
個人株主は「人数割合」では株主総数の97.8%を占めています。しかし、「持株比率」でみると16.9%と、ぐっと低くなります。こうした低い持株比率で、個人株主は本当に会社を変えていけるだけの存在感を発揮できるのでしょうか。
② 機関投資家の存在感
では、残りの株は誰が持っているかというと、外国法人が31.8%で一番多く、次いで金融機関が28.9%、事業法人が19.3%となっています。事業法人とは、事業(ビジネス)を行っている一般の会社のことです。
金融機関のなかでも生命保険会社、損害保険会社、信託銀行などは、機関投資家として大量の資金を使って証券マーケットで投資・運用を行っています。機関投資家の投資額は個人投資家に比べてけた違いに規模が大きいので、その投資姿勢は証券マーケットに多大な影響を与えます。
(4)経営指標の過度な重視で危惧されること
① 重視される経営指標
皆さんは最近の会社に関係するニュースで、「低ROE、トップ再任の壁」「**社、ROIC重視経営に移行」「PBR、1倍割れ企業の課題」といった記事の見出しをご覧になったことがあると思います。
これらは経営状態を示す指標で「経営指標」と呼ばれます。機関投資家はこうした経営指標をきわめて重視して投資行動を決めています。
機関投資家が運用する資金は、自分のお金である場合もありますが、大半は顧客から預かったお金なので、できるだけ減らすことなく、できるだけ膨らませるように、慎重に投資先の収益力を見極めなければならないのです。機関投資家が重視するため、経営者側もこうした指標を重視せざるを得なくなっています。
② 経営指標の代表例
ROE:収益力を判断する指標の代表的なものが、ROE(Return on Equity:自己資本利益率)です。株主が出資してくれたお金は資本金に組み込まれ、会社は返さなくてもよいので(第5章)、「自己資本」と呼ばれます。
そのリターンがどれだけあるかという指標です。この指標は、株主の立場からみると、株主が出資した「株主資本」に対してどれだけの「利益」が上がるのかを確認する数字です。機関投資家の間で最も重要視されています。本書で設定した佐高山株式会社は3人が出資した資本金1000万円で活動しています。その自己資本1000万円に対してどれだけの利益が出るかということです。
ROIC:これに対してROIC(Return on Invested Capital:投下資本利益率。 「ロイック」と呼びます)は、投下資本(株主資本+有利子負債)に対してどれだけの利益が出るかを示す指標です。有利子負債とは銀行などから借り入れる資金で、銀行などに利息を支払うので「有利子」というのです。
佐高山株式会社でも業績好調で「工場増設!」となると、銀行借入をする必要性が出てくるでしょう。それが有利子負債です。ROICは、経営者の立場からみて、株主資本や有利子負債を使ってどれだけ利益を上げたのか、経営の腕前を示す指標だといえます。「**社、ROIC重視経営に移行」という記事の見出しは、そうした経営者の意気込みを示しています。
PBR:PBR(Price Book-valueRatio:株価純資産倍率)という指標もあります。株価が1株あたりの純資産額(Book-value PerShare:BPS)の何倍になっているかを示す指標です。純資産とは、「もう事業を止めた!」と仮定して、その会社のすべての資産を売却して負債(借入れ)を返した後に残る資産です。その純資産を株式数で割ると1株あたり純資産額(BPS)が算定されます。
たとえば、総資産10億円の会社が、負債5億円を弁済すると5億円の資産が残ります。株式数が50万株だとすると、BPSは1000円になります。そのとき、証券マーケットでその会社の株価が1000円だとすれば、PBRは「1」になります。
そうだとすると、理屈のうえでは資本金を持ち寄って株式会社を設立してがんばってきたが、企業価値は資本金額のままであり、仕事をしている意味がないという残酷な結論になりそうです。先ほどの「PBR、1倍割れ企業の課題」という記事見出しはそのことをいっています。
『会社と株主の世界史 ビジネス判断力を磨く「超・会社法」講義』
<目次>
第1章「会社は法人である」って、どんな意味?
第2章「定款の壁」を超えて——怪物ウルトラ・ヴィーレスとの戦い
第3章 法人制度の欠陥——法人は人に危害を加えても責任を負わない?
第4章 株主有限責任はなぜ認められたのか——有限責任と引き換えに求められる公共性
第5章 株式の譲渡は自由で、証券マーケットは独立したもの——株式を「売る権利」
第6章「所有と経営の分離」、だから「コーポレート・ガバナンス」——そして、ガバナンスの核心は株主総会
第7章 変化し続ける「株主総会」——「万能主義」から「限定主義」、そして新たなステージへ
第8章 株主と経営者は「株式会社」を変えていけるだろうか
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筆者:中島 茂