LVMHはなぜ危機に強く、「業界リーダー」であり続けられるのか?

2024年4月15日(月)4時0分 JBpress

 コロナ禍で深刻なダメージを受けたのはラグジュアリー業界も例外ではない。しかし、伝統とイノベーションを結束することで復活し、LVMHをはじめとする大手ラグジュアリーグループは、コロナ前の2019年を上回る回復力を発揮した。本連載では、『世界のラグジュアリーブランドはいま何をしているのか?』(イヴ・アナニア、イザベル・ミュスニク、フィリップ・ゲヨシェ著/鈴木智子監訳/名取祥子訳/東洋経済新報社)から、内容の一部を抜粋・再編集。ラグジュアリーブランドのキーパーソン35人の証言やマネジメントに関する優良な経験値を通じ、先が見えない時代の予測と危機への対応のヒントを探る。

 第4回目は、M&Aを繰り返し巨大なブランドコングロマリットとなったLVMHが、ラグジュアリーブランド業界のリーダーであり続ける理由の一端を紹介する。

<連載ラインアップ>
■第1回 コロナ禍が、米・欧・中のラグジュアリー業界にもたらした変化とは?
■第2回 1000万人がヴィトンの動画を視聴、ラグジュアリー業界で進むデジタル化とは?
■第3回 エルメスがキノコを使ったバッグを発表、ラグジュアリー業界の新たな生産モデルとは?
■第4回 LVMHはなぜ危機に強く、「業界リーダー」であり続けられるのか?(本稿)
■第5回 ターゲットはデジタルネイティブ世代、DNVBのビジネスモデルとは?
■第6回 グッチ、ラルフ・ローレンが参入、ラグジュアリー業界は、なぜメタバースに注目するのか(5月13日公開)

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LVMHの他の追随を許さない成功

 LVMHグループは世界のラグジュアリー産業のリーダーであるだけでなく、M&Aなどの外部成長戦略と輸出の両方においても輝かしい実績をあげている。

「モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン」の頭文字をとったLVMHは、アラン・シュヴァリエ率いるモエ ヘネシーと、アンリ・ラカミエ率いるルイ・ヴィトンの合併によって1987年に誕生した。合併のねらいは、ルイ・ヴィトンに代表されるレザーグッズの部門と、ワイン&スピリッツの部門(その中でもシャンパンのモエ・エ・シャンドンとコニャックのヘネシーが有名)を組み合わせることで、それぞれの市場の停滞リスクに備えることだった。

 その後、クリスチャン・ディオールとセリーヌをすでに保有していたベルナール・アルノーが会長職について実権を握ると、グループは次々と独立系ラグジュアリーブランドを買収し、現在は75の「メゾン」と呼ばれるラグジュアリーブランドを傘下に収める巨大ブランドコングロマリットへと成長した。

 これまでに買収した主なメゾンを部門別に見てみよう。「ファッション&レザーグッズ」では、ケンゾー、ジバンシィ、ロエベ、セリーヌ、エミリオ・プッチ、フェンディ、ロロ・ピアーナ、ヴァージル・アブロー、ジャン・パトゥなど。「パフューム&コスメティクス」では、ゲランとアクア ディ パルマがよく知られている。「ウォッチ&ジュエリー」の代表例は、タグ・ホイヤー、ゼニス、ウブロ、ショーメ、ブルガリ、ティファニー。「ワイン&スピリッツ」においてはクリュッグ、シャトー・ディケム、グレンモーレンジィ、ベルヴェデール、シャトー・シュヴァル・ブラン。そして「セレクティブ・リテーリング」の部門にはDFS、セフォラ、ル・ボン・マルシェ、サマリテーヌなどが名を連ねる。

 こうして数多くの有名メゾンを傘下に持ったことで得た潤沢な資金によって、同グループはさらなる成長を遂げた。それを主に支えていたのが、イタリアのメゾンの豊かなクリエイティビティである。さらに同グループは、コングロマリットの強みでもある豊富な経営資源を駆使して、数多くのメゾンをグローバルシーンへと送り込んだ。

 2016年から19年にかけてLVMHの売上高は、年平均成長率(CAGR)にして16.5%の割合で伸び続けた。2019年には536億7000万ユーロという売上高を記録したが、そのうちフランス市場が占めるシェアはわずか9%で、1位は中国で30%を占めた。次いで24%のアメリカ、19%のヨーロッパ(フランス以外)、7%の日本という結果になった。

 2020年のコロナショックを受け、LVMHの同年の売上高は前年比17%減の446億5000万ユーロまで低下した。その際に緩衝材としての力を発揮したのが、売上減少率3%に踏みとどまった「ファッション&レザーグッズ」部門である。「ワイン&スピリッツ」も同様で、減少率は14%にとどまった。その一方で、直営店や免税店の休業によって「ウォッチ&ジュエリー」の売上高は23%減少し、「セレクティブ・リテーリング」に至っては30%も減少した。

 しかし、2020年の終わりから21年にかけて中国の経済活動が再開され、それに次いでアメリカとヨーロッパが徐々に日常を取り戻していったことで、グループ全体の業績も上向き始めた。2021年の1月から9月にかけては再スタートを切った事業活動も軌道に乗り、売上高は2019年の同時期を11%上回った。

「ファッション&レザーグッズ」は、業績変動の緩衝材としてのみならず、成長を加速させるアクセラレーターとしての役割も果たし、2021年の売上高は2019年の1〜9月と比べて38%増となった。それに次いで「ワイン&スピリッツ」の売上高も10%増加したが、「セレクティブ・リテーリング」は23%減とコロナ禍の影響を受け続けた。

 コロナ禍に新たに傘下に収めたティファニーの貢献によって「ウォッチ&ジュエリー」も回復を見せ、2021年1〜9月の売上高は前年同期比10%増と推定された。またティファニーの売上高は、2020年を通して40億ドル以上と微減にとどまった。

■高級コニャックを定義したパイオニア「ヘネシー」

 フランス国王ルイ15世に仕えていたアイルランド人将校のリチャード・ヘネシーが1765年に創業したコニャックメゾンのヘネシーは、良質なオー・ド・ヴィー(原酒)の造り手として瞬く間に世界的な知名度を獲得した。コニャック造りに対する妥協を許さない姿勢は、環境保全という新たな側面を加えて現代に受け継がれている。そんなヘネシーはコロナ禍を耐え抜き、2021年にいち早く復活したメゾンでもある。

 ヘネシーは「VSOP」[1]として知られる特別なブレンドのコニャックを1817年に発売した。1870年には、世界で初めて新たな格付け「エクストラ・オールド」とともにコニャック「ヘネシーX・O」を発売。ヘネシーX・Oは、1947年からは特別なデキャンタに収められて販売されている。

[1]コニャックの成熟度合いによる等級で、ベリー、スペリオール、オールド、ペイルの頭文字からなる。

 そんなヘネシーには、前作の品質を超える新商品を造るというポリシーがある。ヘネシーのコニャックはすべて数量限定のため、ボトルやデキャンタ、パッケージなどの見せ方においても、さまざまなイノベーションに挑戦できる。アーティストのジュリアン・コロンビエや建築家のフランク・ゲーリーがデザインしたボトルや、コンテンポラリーアーティストの「フェイス・フォーティーセブン(FAITH XLVII)」と「ヘネシーV・S」のコラボレーションは、メゾンのイノベーションへの取り組みを体現している。

 ヘネシーは1600軒のブドウ生産農家と提携しながらコニャック造りに取り組んでおり、ブドウ畑の総面積は約3万2000ヘクタールにも及ぶ。コニャック造りの最終工程であるブレンディングを任されているのは、200年以上にわたってヘネシーのマスターブレンダーを輩出してきたフィリュー家出身のマスターブレンダーである。ヘネシーにはブレンディングの専門家を集めた「テイスティング コミッティ」と呼ばれる委員会もあり、そこで毎日コニャックが試飲・選別される。こうして味わいと品質が保たれているのだ。

 ヘネシーは創業当時から世界各地で事業を展開してきた。1794年にはすでにアメリカ進出を果たし、1818年にロシア、1869年には中国にまで市場を広げた。グローバルな流通ネットワークのおかげで、今では160以上の国と地域でヘネシーの商品が販売されている。

 そして、環境保全のパイオニアとしての顔も持つ。所有する11の拠点と12の施設は環境マネジメントシステムに関する国際規格「ISO 14001」、食品安全マネジメントシステムに関する国際規格「ISO 22000」、労働安全衛生マネジメントシステムに関する国際規格「ISO 45001」を取得しており、環境安全規制(ICPE)の対象施設にもなっている。自社ブドウ畑については、環境に配慮した害虫駆除技術や生物多様性の保全への取り組みが評価され、フランス農水省より「高い環境価値」の認証と「コニャック環境認証」を与えられた。CEOのローラン・ボワロは、「私の目標は、ヘネシーというメゾンが高い名声を誇るだけでなく、社会的責任も果たす企業として、その価値をさらに高めることだ」と語っている。

 2019年の売上高は7%増という有機的成長を記録し、出荷量も前年比で6%増加した。長年トップの座(年間の輸出数は約1億本)を守り続けてきたコニャックに加えて、プレミアムスピリッツでもトップブランドへと成長した。2020年のコロナ禍でも最高級品質を軸とした戦略を変えることはなかった。

 2019年下半期には、アメリカと中国の感染拡大が落ち着いたことで業績も改善した。回復が顕著だったのは最高級ランクのヘネシーX・Oで、普段はレストランやバー、ナイトクラブなどでコニャックを楽しんでいた顧客が、自宅での消費に大きくシフトしたことで小売とEコマースの両方が伸びた。

 さらにヘネシーは、「HNWI」と呼ばれる、100万ドル以上の金融資産を持つ2000万人の個人富裕層をターゲットにした限定コレクションを開発した。その一つが中国人アーティストの張恩利(ザン・エンリ)を起用したコラボコレクションだ。中国の旧正月を祝うにあたってフランス・リモージュ発祥の老舗テーブルウェアブランドのベルナルドとタッグを組み、張がデザインした550本限定のデキャンタを発売したのである。このデキャンタは、なんと約8000ユーロで販売された。

 2021年の1月から9月にかけてのコニャックの売上高は2019年の同時期と比べて4%増加した。「2020年のコロナショックと2021年の回復は、大手ラグジュアリーブランドがいかに危機に強いかを私たちに教えてくれた。ラグジュアリーブランドが強いのは、顧客が品質のベンチマークを必要としているからだ」と、CEOのボワロはメゾンの功績を自ら称えた。ヘネシーの戦略が今の時代にふさわしいものであったことが、またしても証明されたのである。

<連載ラインアップ>
■第1回 コロナ禍が、米・欧・中のラグジュアリー業界にもたらした変化とは?
■第2回 1000万人がヴィトンの動画を視聴、ラグジュアリー業界で進むデジタル化とは?
■第3回 エルメスがキノコを使ったバッグを発表、ラグジュアリー業界の新たな生産モデルとは?
■第4回 LVMHはなぜ危機に強く、「業界リーダー」であり続けられるのか?(本稿)
■第5回 ターゲットはデジタルネイティブ世代、DNVBのビジネスモデルとは?
■第6回 グッチ、ラルフ・ローレンが参入、ラグジュアリー業界は、なぜメタバースに注目するのか(5月13日公開)

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筆者:イヴ・アナニア,イザベル・ミュスニク,フィリップ・ゲヨシェ

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