夜間清掃員が社用車を無断使用した“真っ当な理由”とは?

2024年4月16日(火)4時0分 JBpress

「自由と秩序」の両立によって機能不全から蘇り、飛躍の途へ——。そんな理想を体現した企業が世界には存在する。ルールによる抑圧的な管理を放棄し、人と組織を解き放った革新的なリーダーたちは、何を憂い、何を断行したのか? 本連載では、組織変革に成功したイノベーターたちの試行錯誤と経営哲学に迫った『フリーダム・インク——「自由な組織」成功と失敗の本質』(アイザーク・ゲッツ、ブライアン・M・カーニー著/英治出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。

 第3回は、第2回に続き金属部品メーカーFAVIに焦点を当て、「解放企業=Why企業」へと生まれ変わった同社のエピソードを取り上げる。

<連載ラインアップ>
■第1回 松下幸之助が40年前に喝破していた「科学的管理法」の弊害とは?
■第2回 金属部品メーカーFAVIの新しいCEOが目指した「WHY企業」とは?
■第3回 夜間清掃員が社用車を無断使用した“真っ当な理由”とは?(本稿)
■第4回 13年連続赤字の米エイビス、新社長はなぜ経営陣を現場業務に就かせたのか?(4月23日公開)
■第5回 利益率9%を誇る清掃会社SOLには、なぜ「清掃員」が存在しないのか?(4月30日公開)
■第6回 なぜ経営トップは、5年以上職にとどまってはならないのか?(5月7日公開)

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■清掃員がもたらした感動

 1985年、ゾブリストがCEOに就任して2年後のこと。午後8時30分、社員全員が帰宅した後の職場で夜間清掃員のクリスティーヌが仕事をしていると、工場の電話が鳴った。クリスティーヌはそのことを知らなかったのだが、電話をかけてきたのは、FAVIにとっては新規の重要顧客であるイタリアの自動車メーカー、フィアットの監査人だった。彼はパリの空港に到着したばかりで、FAVIから誰かが迎えに来てパリ郊外のピカルディまで車で送ってくれると思っていた(空港からピカルディまでは90分かかる)。翌日の朝一番でFAVIとミーティングをする予定で、FAVIの工場がフィアットの品質基準に合っているかを確認することになっているという。

 クリスティーヌは、電話の相手が空港で出迎えを待っている訪問者であることを知ると、待ち合わせ場所を決めて電話を切った。ゾブリストがこのいきさつを振り返る。

「私はその日、監査人の方が到着する予定だった午後七時まで待っていたのですが、多分何か不都合が生じたのだろうと考え、帰宅していたのです。翌日の朝8時30分に、私の事務所で会った時にはびっくりしましたよ。彼はこう言いました。『昨晩は、とっても不思議なことが起きましてね9』」

9. 本人へのインタビュー(2005 年4月8日)

 フィアットの監査人によると、前日はあまりに急いでいたので、遅刻の連絡ができなかったという(当時、携帯電話はなかった)。空港に着いてFAVIからの迎えが誰もいないことがわかって会社に電話した。すると驚いたことに、電話に出たのは控え目な女性の声だった。彼は、確かに約束の時間には遅れたけれども、FAVIは自分を迎えに来てくれるという約束だったと説明した。すると、電話に出た女性が来てくれて、空港で彼を救い出し、ホテルまで自動車で送って「ごゆっくりお休みください」と言って別れた。

 フィアットの監査人はゾブリストに言った。

「彼女はとっても親切で、丁寧だったのですが、奇妙なことに、どうも私がどこの会社から来た誰なのかをまったくご存じなかったようなのです」 

 しかし、もっと奇妙だったのは、この重要な訪問者を乗せてくれた謎の運転者の正体がまったくわからないことだった。

 ゾブリストはミーティングを終えると何人かに電話して、ようやくクリスティーヌにたどり着いた。そこで明らかになった顚末は以下の通りである。クリスティーヌは訪問者の電話を切ると、とっさに社有車の鍵の一つを取った(その鍵は常に工場の入口の近くにぶら下げてあり、車を必要とする従業員なら誰でも利用できるようになっていた)。そして空港まで車を走らせ、訪問者をホテルに送り届けると会社に戻り、3時間前に中断した清掃を終わらせたのだという。

 さらに、彼女はそのことを誰にも話す必要を感じなかった。自分がなすべき仕事を持っていたにもかかわらず、3時間をかけて空港まで往復した。社有車を使う往復200マイル(約320キロ)の「出張」をするのに誰の承認も得なかったのは、ただ、その送り迎えが「正しい」と思えたからだ。会社は空港への出迎えを監査人に申し出ており、その義務を果たす人がほかにいなかったので、まったくためらうことなく、さらに自分がしたと認めてほしいと訴えることもなくそれを実行した、というわけだった。

 これがHOW企業とWHY企業の違いだ。夜間の清掃員であるクリスティーヌは、恐らくそれまで一度も、会社の車を仕事に使ったことなどなかったはずだが、監査人から電話があった時、これは会社に貢献できるチャンスだと捉えて実行した。ゾブリストはこう解説する。

「会社の問題に直面する時の彼女は、もはや『清掃員』ではなく、FAVIなのです」

 こうした姿勢が従業員の間に定着してほしい、とかなわぬ望みを抱く会社は多い。実際、万が一HOW企業で従業員が会社のためにそんなに長時間持ち場を離れていたとしたら、その後には恐らく次のうちのどちらかが起きたはずだ。

 最悪のケースでは、クリスティーヌは「持ち場を離れたこと」だけでなく、「会社の資産である車を無断使用したこと」を理由に罰せられたかもしれない。あるいは、(こちらの方が少しはましだが)会社は、清掃員が持ち場を離れた長さに驚きつつも、彼女を英雄扱いする可能性もある。

 ゾブリストはどちらもしなかった。

「人々の行為を褒めたり罰したりすると、そうした行為が善悪の基準になってしまいます。クリスティーヌは自分が何か特別なことをしているとは考えませんでした。当社では、問題に直面して解決策を見つけると、誰もがただ実行に移します。事前に誰かに伝える必要も、許可を求める必要もないですし、事後にお礼を言う必要もありません」

 そして、満足そうな笑みを浮かべると、ゾブリストはこう付け加えた。「ところで、クリスティーヌの自発的行動のおかげで、この監査人は当社の品質基準を10%引き上げてくれたんですよ!」

 ゾブリストがアルフレッドと工具収納室の前で会ってから、クリスティーヌがとっさの判断で空港までの送り迎えをするまでの期間はわずか二年だった。しかしこの間に、ゾブリストはFAVIで働く多くの従業員の習慣に目覚ましい変化を実現させていた。

 FAVIの解放された従業員たちが日常業務の中で示した素晴らしい行為の事例は無数にある。手配していたトラックが間に合わず受注した製品が納期に間に合わないかもしれない事態が発生した時、担当者はゾブリストの協力も得て、ヘリコプターをチャーターして約束の時間に顧客の元に届けた。作業現場で働く労働者からは次のような話を聞いた。ある顧客企業向けの製品に欠陥が見つかった時、彼はただちに同僚と一緒にドイツまで出向いて問題に対処したのだが、事前に上司の許可は一切取らなかったという。「なぜですか?」という私たちの質問に対して、彼はただ肩をすぼめただけだった。それは正しいこと、いや、まったく当たり前のことのように思われたからだ。

 空いた時間に革新的で利益率の高い製品を開発できる人々や、顧客を満足させる創造的な方法をとことん見つけ出そうとする人々を喉から手が出るほど欲しいという企業は多い。しかし本当は、こういう人々はまさに今、どこの会社にもいるのだ。製品の品質に興味なさそうに見える技術者や、顧客の革新的な提案に興味なさそうな営業担当者、そして、そう、どんなことにも関心を示したことのなかったように見える、いやそもそもいることすら意識されない清掃員・・・。彼らはただ、自分たちを尻込みさせている束縛から解き放たれる必要があるだけなのだ。本書で取り上げる「解放企業」は、それを実現するための秘密を発見した。

 従業員一人ひとりの独創力と才能を引き出すことで、解放企業は競合他社が失敗するなかで成功してきた。自社よりも規模が何倍も大きな、古い考えにとらわれた既存企業に立ち向かい、創業者たちが夢にも思わなかったほどの成長を成し遂げたのだ。

<連載ラインアップ>
■第1回 松下幸之助が40年前に喝破していた「科学的管理法」の弊害とは?
■第2回 金属部品メーカーFAVIの新しいCEOが目指した「WHY企業」とは?
■第3回 夜間清掃員が社用車を無断使用した“真っ当な理由”とは?(本稿)
■第4回 13年連続赤字の米エイビス、新社長はなぜ経営陣を現場業務に就かせたのか?(4月23日公開)
■第5回 利益率9%を誇る清掃会社SOLには、なぜ「清掃員」が存在しないのか?(4月30日公開)
■第6回 なぜ経営トップは、5年以上職にとどまってはならないのか?(5月7日公開)

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筆者:アイザーク・ゲッツ,ブライアン・M・カーニー,鈴木 立哉

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