だからトランプ大統領は「ぼったくり関税」を世界に発動した…「モノづくり大国日本」を弱らせる"黒幕"の正体
2025年4月28日(月)9時15分 プレジデント社
2025年3月7日、ホワイトハウスで開催された暗号資産サミットで発言するトランプ大統領。左はスコット・ベッセント財務長官、右はAI・暗号資産責任者デービッド・サックス氏 - 写真=Pool/ABACA/共同通信イメージズ
■トランプ氏私邸で話し合われたシナリオ
ここへきて、世界の経済や金融市場は、トランプ大統領の政策に振り回されて一段と不安定化している。そのトランプ氏の政策の筋書き=シナリオが“マール・ア・ラーゴ合意”と言われている。
写真=Pool/ABACA/共同通信イメージズ
2025年3月7日、ホワイトハウスで開催された暗号資産サミットで発言するトランプ大統領。左はスコット・ベッセント財務長官、右はAI・暗号資産責任者デービッド・サックス氏 - 写真=Pool/ABACA/共同通信イメージズ
昨年11月、トランプ氏は別荘であるマール・ア・ラーゴで、スコット・ベッセント現財務長官と、現在の大統領経済諮問委員会(CEA)の委員長のスティーブン・ミラン氏と会談した。その会談で、ミラン氏はレポート『世界の貿易システム再構築の手引書』を紹介した。
そのレポートの内容は、米国はさまざまな点で損をしてきたというものだ。米ドルは基軸国家であるため、割高に評価されてきた。通貨が割高であるがゆえに、米国の製品の輸出競争力は低下し製造業は衰退するという損失が発生した。また、米国は主要先進国の安全保障体制のため多くの犠牲を払ったが、その対価を十分に受け取っていない。
■「貿易戦争に勝つのは簡単だ」
そうした損失を回復するため、関税引き上げで貿易戦争を仕掛け相手国に譲歩を迫る。そうすることで、米国は損失を回復し、さらに富を蓄積し雇用機会も増えると考える。4月16日の日米関税協議は、トランプ政策を確認する一つの機会になった。「貿易戦争に勝つのは簡単だ」とトランプ氏は考えたのだろう。
しかし、多くの経済専門家からは痛烈な批判が出ている。海外から輸入する製品は、すべて米国の消費者が必要とするからだ。必要な製品を輸入できないと、結局、困るのは米国の一般庶民だ。しかも、通商と防衛を一緒にして、主要国に圧力をかけるトランプ氏の政策は多くの主要国から強い反発を買っている。それに伴い、米国は最も重要な信用を失いつつある。トランプ氏の考えるように、政策が上手くワークするとは限らない。
■「世界貿易の再構築」という野望
昨年11月、米ハドソン・ベイ・キャピタルのシニア・ストラテジスト職にあったミラン氏は、“A User’s Guide to Restructuring the Global Trading System(世界の貿易システム再構築の手引書=筆者訳)”を公表した。そのレポートの要点を一言で表現すると、関税を主な手段として現在の国際秩序を壊し、米国にとって有利な格好で再構成することだ。
冒頭で、世界の通商、金融、防衛体制は、世紀に一度の転換点にあると提示している。ここでいう転換とは、米国はこれまで世界に搾取されてきた状況を変革して、米国が有利になるように体制を変えるということだ。ミラン氏は、米国の貿易赤字の拡大や製造業の衰退は、世界の中で米国が損失を被っている証拠と論じた。
その要因として、同氏はドルの過大評価を批判した。基軸通貨であるドルは、主要な外貨準備として保有され、貿易や有価証券投資でも需要が増えた。そのため、ドルは円やユーロ、人民元に対して割高に推移したと分析している。
■中でも製造業を奪った中国を敵視
ミラン氏は、主要国の中でも特に中国に批判の矛先を向けた。中国は人民元安を活用して輸出競争力を高めた。手厚い産業補助金も世界シェアの拡大につながった。それにより、かつて米国の雇用の約40%を占めていた製造業は競争力を失った。足許、米国の雇用に占める製造業の割合は10%を下回っている。
世界の安全保障面でも、米国は十分に対価を得ていないと指摘している。ミラン氏によると、米国を基軸国家としたグローバルな通商体制は防衛問題と不可分だ。その背景には、米国の軍事力に頼ることで、防衛面に多くのエネルギーを割かなくて済んだ。そのため、主要先進国はヒト、モノ、カネの経営資源を効率的に再配分し、高い成長率を実現することができたとしている。
今回の日米関税協議では、安全保障面での米国の負担は不公平に大きいと主張したようだ。ミラン氏は、米ドルの信認と米国の軍事力は、主要先進国の信用力も支えたと主張している。特に、わが国やカナダは、米国よりも金利を低く抑えられたと述べている。
■危険な「マール・ア・ラーゴ合意」の実態
一方、当該レポートでは、グローバル化による米国のメリットの評価はあまり見当たらない。ミラン氏はそうしたメリット部分は捨象して、米国の損失の回復や製造業再興、一方的な防衛負担の是正を目指すとしている。そのためには、関税は強力かつ重要な手段であると考えている。
ミラン氏の考えは、トランプ氏、ベッセント氏の納得を受け、マール・ア・ラーゴ合意の恰好で政策運営の筋書きとなったようだ。ただ、ミラン氏は、高率の関税をかけるとグローバル経済、金融市場の変動性(ボラティリティー)は上昇するとの認識は持っていたようだ。その場合、経済と金融市場の不確実性を上昇させるとの見方をしている。
米国の関税政策で、世界各国で貿易量の減少など経済環境の悪化懸念は急速に高まっている。安全保障面では、米国に頼れないとの不安心理も高まるだろう。それは、最悪の場合、世界的な景気後退のリスクを着実に高めている。それだけ、マール・ア・ラーゴ合意の内容には重大なリスクが潜んでいるといえる。
写真=iStock.com/cinoby
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/cinoby
■読みにくいトランプ流の手法
トランプ氏の発言を見ると、対中追加関税を手始めに、品目別、国別、相互関税の発動をすると同時に、その発行の時期を遅らせるなどしている。同氏の手法は読みにくく、それ自体が大きなリスク要因になっている。
ベッセント財務長官の発言も、依然として強引さがにじむ。ベッセント氏は、「報復しなかった同盟国や貿易国と協力する意思がある」と発言した。相手国を過小評価するようなスタンスに大きな変化はないようだ。特に、中国に対してトランプ政権は、貿易戦争に勝利できると考えているようだ。
4月上旬、ベッセント氏は、米国の対中輸出が、中国の対米の輸出量の5分の1であることを取り上げ、「貿易戦争で中国は不利」と述べた。確かに、中国のほうが対米輸出は多い。それに関税をかければ、中国サイドの負担で米国の歳入は増え、それを再配分して製造業の再興も実現可能との考えもあるのだろう。
■関税幻想が生む危うい構想
ミラン氏のレポートで記載されたように、関税を負担するのは米国へ輸出するほうとの考えがあるようだ。そのため、関税をかければ自動的に貿易赤字は減り、国内の製造業は再興して技術競争力は高まり、輸出競争力も向上するとの一種の幻想を持っているのだろう。
ピーターソン国際経済研究所のアダム・ポーゼン所長は、マール・ア・ラーゴ合意をシナリオとするトランプ氏の政策は不確実性が高いと批判した。
4月に発表した論文“Trade Wars Are Easy to Lose”(貿易戦争に負けるのは簡単)でポーゼン氏は、対中輸入の大きさを理由に、米国は交渉を有利に進められるとの主張は間違いであると指摘している。
ポーゼン氏は、米国の対中輸入が多いということは、それだけ米国の消費者が中国製のモノを必要としているということだと主張する。米国内で、中国製品を上回る満足感を与えるモノを作ることは困難だ。そのため、中国製品の輸入を制限すると、結局、米国の消費者が困ることなる。米国は需要を満たすことが難しくなり、実質ベースでの所得は徐々に減少する可能性がある。
■世界の安定よりも「歴史に残す」ことを優先?
今後、トランプ政権は輸出をより重視し、ドルの切り下げに加え、財政支出を増やしてインフラや生産能力の増強に取り組むはずだ。ドルの減価は、米国の輸入物価を押し上げる要因になる。
一方、熟練の労働者が減少した米国が基礎資材や半導体、自動車の生産能力を短期間につけることは難しい。中長期的に、米国の生産性は低下し、物価上昇と景気後退が同時進行することも想定される。その結果、スタグフレーションの厳しい経済環境に陥るリスクもある。多くの経済専門家は、関税重視のトランプ政権に懸念を強めている。サマーズ元財務長官もトランプ政策の危険性を指摘している。
トランプ政権は米国の信認を低下させるだけでなく、世界を混乱に陥れるリスクの理解度が低いように見える。マール・ア・ラーゴ合意は1971年のニクソン・ショック、1985年のプラザ合意のように、世界経済の変曲点として歴史に名を刻むことになるだろうが、その政策は首尾よくワークするかに大きな疑問符がつく。
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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)