《恐ろしいのは強制的な物価統制》トランプ大統領の「高関税政策」が世界経済にもたらす“落とし穴”とは?
2025年5月18日(日)7時0分 文春オンライン
トランプ政権の高関税政策はなぜ生まれたのか。そして、日本はどのように対応をしていくべきなのか—ー。経済学者・小林慶一郎氏の寄稿「 日本は米国に何を提案すべきか 」(文藝春秋6月号)の冒頭を紹介します。
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トランプ政権はなぜ「高関税政策」を導入したのか
アメリカのトランプ政権の攻撃的な高関税政策には世界中が驚愕した。あきらかに自由貿易体制を傷つけるこのような政策をとる目的は、製造業に従事する米国の低中所得の白人中間層(いわゆる「忘れられた人々」)に仕事を取り戻し、彼らの生活を再興することだろう。中間層の再興は、常識的に考えれば、国内の富裕層からカネを取って低中所得層に分配する再分配政策(社会保障政策)で対応するべき内政問題である。ところが、国内の分断を激化させたくないトランプ政権は富裕層から低中所得層にカネを分配する所得再分配政策はやりたくない。富裕層の反発は必至で、国内の政治的な分断を激しくするからだ。そもそも自主独立を重んじるアメリカの世論は再分配政策は好まない。

トランプ政権は、国内を団結させ、かつ、中間層も再興する一石二鳥の策として高関税政策を選択したのだ。外国が米国を搾取しているという世界観で、国内で分断した富裕層と低中所得層の団結を図り、関税引き下げ交渉で外国から経済資源を奪い取れば国内の低中所得層の仕事が増えるという一石二鳥である。外国から経済資源を奪取するとは、たとえば、外国がアメリカの製品に掛けている関税を引き下げさせてアメリカからの輸出をしやすくすることである。日本のコメがその一例だ。また、外国の企業が高関税を払うのを嫌気してアメリカ国内に工場や事業の拠点を立地すれば米国内に雇用が生まれ、低中所得層が潤うことになる。さらに、外国通貨の為替レートを切り上げさせて、ドル安に誘導することも米国の製造業の利得になる。ドルが安くなればアメリカから外国への輸出がしやすくなるので、米国内の労働者の仕事が増えるからだ。
この理屈では、関税の第一の意味は交渉のカードだと言える。海外から投資や雇用などを呼び込むために、極端に高い関税を掲げて外国に譲歩を迫り、多くの経済資源を外国から奪取すれば米国経済は損しないという算段なのだろう。そのために世界経済が全体としてどれほど縮小しても構わないと考えているとすれば、トランプ政権はアメリカ・ファーストの観点からは合理的といえるかもしれない。しかし、外国から十分な譲歩を引き出せるか分からないし、関税の影響で米国の中間層の生活が最初に痛めつけられることになるはずなので、決して目論見通りに「外国から貢物を出させて米国が肥える」とはならない可能性が高いだろう。
恐ろしいのは、物価統制
高関税政策の発表直後から金融市場は大きく動揺し、米国債の急落によって、相互関税の実施は90日間の停止に追い込まれた。もし90日間の猶予期間に関税交渉が不調だった場合には、高率の相互関税が実際に課されることになる(どうなるか予断を許さないが)。そうなると、外国からの輸入品について関税を支払うのはまずアメリカの輸入業者だから、アメリカ国内での販売価格が上昇する。つまりアメリカの消費者から見れば関税は、外国製品に課される消費税のようなものなので、その分、アメリカの景気は悪化する。不景気になって失業が増えれば、まっさきに解雇され生活困難に陥るのは、トランプ支持者である「忘れられた人々」なのである。
経済悪化に反応してトランプ政権が高関税政策を止めるという方針転換をすればベストシナリオだが、そうならないかもしれない。恐ろしいのは、関税によって米国内の物価が上昇するのを強制的に抑えようとして、物価統制のような計画経済的手法に手を染めることである。いまのところそのようなことは考えにくいが、ラストベルトの「忘れられた人々」の生活をよくするためには市場経済の原則を踏み越えることに躊躇しないトランプ大統領は何をするか分からない。関税を理由に値上げをしないようトランプ大統領が大手自動車メーカーに警告したという報道もある。
この先、相互関税によって海外からの輸入が減って物価が上昇しても、関税を撤廃することはメンツがつぶれるのでできないだろう。物価上昇を抑えるためにFRB(連邦準備制度理事会)が金利を上げようとしたら、トランプ政権は反対するだろう。金利が上がれば借金をしにくくなるので、打撃を受けるのは消費者ローンなどに依存する「忘れられた人々」の生活だからだ。そうすると、関税政策によって悪化する国民生活を取り繕う方法としては、強制的な物価統制しか選択肢はなくなるかもしれない。もし物価統制が広範に始まれば、いよいよ自由経済の危機である。
※本記事の全文(約7000字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(小林慶一郎「 日本は米国に何を提案すべきか 」)。
(小林 慶一郎/文藝春秋 2025年6月号)