「日本の証券マンの昭和な営業」は海外でも通用する…大和証券シンガポールが証明した「預かり資産1兆円の奇跡」

2024年5月1日(水)16時15分 プレジデント社

2019年に異動してきた酒井さんは、国内の営業畑を歩んでいない異色の経歴を持つ。ホールセール(法人業務)で得た知識をもとに、他の侍とは別のやり方で顧客をサポートしている - 撮影=永見亜弓

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大和証券のシンガポール法人WCS(ウェルス・アンド・コーポレート・クライアント・ソリューションズ)は、閉鎖寸前の危機的状況から、顧客からの預かり資産が1兆円を超えるまでに急成長した。一体どんなことをやったのか。『海を渡った7人の侍 大和証券シンガポールの奇跡』(プレジデント社)を出した野地秩嘉さんが書く——。(第4回/全4回)

■7人の営業マンが海の向こうで起こした奇跡


シンガポールで、日本人移住者を顧客にしている大和証券の一部署が急成長している。それが大和証券シンガポールの富裕層向けサービスを行っているWCS(ウェルス・アンド・コーポレート・クライアント・ソリューションズ)だ。


WCSはかつて鳴かず飛ばずで一時は閉鎖寸前まで行った。それが10年間で預かり資産1兆円を達成した。快挙であり奇跡だ。


快挙の原動力は「海を渡った7人の侍」と呼ばれる営業マンたちだった。


コロナ禍前の2019年にシンガポールのWCSにやってきたのが酒井祐輝だ。彼のキャリアは他のメンバーとは違っている。彼だけは国内支店の営業を経験していない。入社以来、上場法人を相手に金融ビジネスをやってきた。それは彼が入社したのは大和証券SMBC、法人ビジネスの担当として職業人生を始めたからだ。


だが、彼は自薦してシンガポールに来た。「個人客を相手にした仕事をやりたかった」からだった。


撮影=永見亜弓
2019年に異動してきた酒井さんは、国内の営業畑を歩んでいない異色の経歴を持つ。ホールセール(法人業務)で得た知識をもとに、他の侍とは別のやり方で顧客をサポートしている - 撮影=永見亜弓

■富裕層相手に活きるホールセール営業の強み


彼は自らのキャリアについてこう言っている。


「証券会社ではホールセールとリテールが2大分野です。ホールセールは法人業務で、リテールとは個人営業。私がやってきたホールセールは、お客さまが上場会社でM&Aをしたり、IPO(Initial Public Offeringの略。最初の株式公開)をしたりするのをサポートする業務です。


ホールセールにはグローバルマーケット部門といって債券、株のスペシャリストになる道もあります。どちらも支店での個人営業で実績を上げた社員がホールセールに異動することが多いです。私は大和証券SMBCという会社に入社したため、最初からホールセールでした。ただ、実際の現場はリテールと一緒で泥臭いです」


シンガポールに赴任したのは2019年。酒井もまた営業の出発はゼロからだった。日本人移住者へテレコールをしたり、日本人の集まりに顔を出したりした。すると、すでにシンガポールに来ている法人が酒井のキャリアに興味を持ち、接触してきたのである。


酒井は言う。


「こちらの県人会に顔を出して挨拶することはやりました。それでお客さまになってくれた方もいます。ただ、僕の場合はこちらに進出している法人客から相談がありました。元々ホールセールをやっていましたから、どうしてもそうなってしまうのでしょう。また、こういうお客さまもいます。個人で一度、日本で成功して会社を売却し、もう一度、シンガポールで起業した方です。僕はそういう方には重宝されたかもしれません」


■住居の下見から、子供の学校見学にもついていく


「たとえば、『酒井さん、資金調達したいのだけれど』と頼まれたら、『わかりました。シンガポールにあるベンチャーキャピタルの知人に話をつなげます』と言える。また、『シンガポールで上場したいんだ』と言われたら、わかりましたと専門家を呼ぶ。


僕自身はWCSですから、その会社の上場を直接担当することはできません。他にもM&Aで手に入れた会社を売りたくなったら、『こういうPEファンドがあります。知り合いなので連れてきますよ』とも言える。


そして、お客さまのアドバイザーになった場合、金融会社が行うプレゼンの席に出て判断できるわけです。


『いや、あの提案はちょっと難しいです』とアドバイスができる。運用の方法もわかりますし。ホールセールをやってきたからこその体験と知識で仕事しています」


そして酒井には日本のホールセールの仲間からの紹介がある。


「酒井、こんな人がいる。僕らが仲介して会社を売却した人だけどシンガポールかマレーシアに住むらしい。そっちへ行ったら訪ねてみてくれと言ってある」


そうやって、紹介された人がシンガポールに下見にやってきた時に一緒に不動産を見に行ったり、子どもの学校へ同行する。


撮影=永見亜弓

■「相手の懐に入れるか入れないか」


酒井はかみしめるように言う。


「結局、紹介が紹介を生むわけです。お客さまは僕らの実力をちゃんと見ています。そして、信頼されたら富裕層コミュニティのなかへ入っていける。考えてみれば人間関係を作ることはホールセールでやっていたことと同じでした。PEファンド、上場会社のコミュニティへ入るのも同じ。相手の懐に入れるか入れないかだけだと思います。


今はシンガポール以外のアジアの国に住むお客さまが増えています。他の国に暮らしていて、口座をシンガポールのWCSに開いて運用する方がいるんです。シンガポールは住居費や物価が高いですし、移住するためのビザ取得が難しくなっています。以前よりも大きな額のお金を持ってこないといけない。また、資産管理会社を作ったとしても、そこが何も事業をしていなかったら、ビザが下りなくなります。


そこで、今はタイへ移住する方が増えています。タイの移住ビザはシンガポールに比べると安い。マレーシア、オーストラリア、ニュージーランドも同じようなビザの制度を作っています」


■法人にはない個人営業の良さがある


遠藤亮がWCSに来たのは2021年。コロナ禍の最中だった。遠藤は酒井と同じで国内営業からの異動ではない。国内営業の経験はあるが、3年間だけだ。


撮影=永見亜弓
コロナ禍に赴任した遠藤さん。日本時代は法人営業だったが、個人顧客であれば長期で運用ができると、シンガポール行きを決めた - 撮影=永見亜弓

遠藤がシンガポールに来たのは債券についての知識があるからだ。


「大和証券全体の債券担当は300人くらいいて、僕がやっていた法人相手のセールスには70人くらいがいました。取引先には信用されていました。債券に強い会社、ボンドハウスだと思われていました。


僕が個人富裕層のお客さまを相手にしたいと思ったのは法人だとある程度、運用に制限があるからです。法人がたとえば国内銀行だとしましょう。銀行は預金が円だから基本的に円で運用します。しかも格付けがシングルA以上と決まっている。


銀行にもよりますが、格付けがダブルBに落ちたら、例外なくロスカットしなくてはいけない……。債券の年限も10年までにしてくださいとか。そういう規則があるから、その範囲内でしか運用できません。僕はそういった制約から離れた取引を体験してみたかった。


法人だと自分が担当の間に結果が出ないから困る、短い年限の債券にしてくれと言われることがあります。個人であれば長期で運用ができます。また、魅力的な商品の組み合わせを考えることができます」


■最後にやってきた男


「自分自身で気をつけているところは金融商品を説明すること。『遠藤の話はわかりにくい。難しい』と言われます。そこで、できるだけ簡単に説明するように頑張っているのですけれど、かといってミスリードはできません。法人相手でしたら、先方もプロだから専門用語で話せばいい。


ところが個人の方を相手にするとそうはいかない。お客さまを見つけるのも難しいけれど、お客さまに対して債券の説明をすることも簡単ではないと痛感しています」


WCSの営業員のなかで2022年にやってきたのが部長の有田謙吾だ。国内支店の営業は水戸支店で2年と6カ月やっただけだ。あとはウェルスマネジメント部、営業企画部というリテール営業をサポートする部署にいた。


有田はWCSではひとりの営業員としてテレコールをやり、県人会、大学の同窓会に顔を出している。着任して間もない頃、古巣の水戸支店が顧客を紹介してくれた。水戸支店に勤務したのは20年以上も前だったのに、支店の後輩たちは先輩のために一肌脱いだのである。


■日系他社でこの仕事をしている企業はない


有田は「ありがたかったです」とうなずいた。


「水戸支店にはわずかな期間しかいなかった。しかもかなり以前のことです。知っている人間はいない。それでも紹介してくれました。ほんとうにありがたい」


撮影=永見亜弓
WCS部長の有田さん。国外に移住した日本人富裕層のサポートをすることで、大和証券の顧客エリアの拡大に寄与できているという - 撮影=永見亜弓

「水戸支店の後、僕は本社のウェルスマネジメント部にいました。全国にある支店のお客さま、富裕層のお客さまに対して、営業員と一緒に提案をする仕事。株とか債券の提案ではなく、相続税、事業承継のソリューションが多かった。その後、営業企画部です。これはスタッフ部門で3年間、ニューヨークにも駐在しました。


シンガポールに来てWCSの仕事をやって、勉強になりました。日本の大和証券にとっては顧客の富裕層が国外に移住してしまうのは本質的には困ります。ですが、アジアであればWCSが受け皿になります。


お客さまがある国内支店から他の支店に移ったみたいなものです。結果的にはWCSがあってよかったのです。


もうひとつ大事なのはシンガポールにいる日系の競合他社はこうした仕事をしていないこと。競合他社はローカル採用の営業員がローカルのお客さまを相手にしています。中国出身の営業員であれば中国人のお客さま、シンガポーリアンの営業員であればシンガポーリアンのお客さまを相手にする。


しかも、うちはそれをやっていません。他社が気づいてこれから参入してきたとしても、マーケットが大きくないからなかなか結果を出すのは難しいでしょう」


■預かり資産1兆円を達成した「おもてなし営業」


大和証券シンガポールのWCSは変わった。それまでの富裕層セクションに所属していたのは英語が上手な国際派だった。彼らが個々の努力で資産家に対してサービスを行っていた。組織とはいえせいぜい3、4人であり、ヘッドは欧米系プライベートバンクからスカウトしてきた人材だった。


ヘッドがやっていたのは欧米系のやり方を真似たサービスだった。しかも、国内支店からの応援はなかった。それぞれが孤立した営業組織だった。モチベーションは上がらず、業績もなかなか伸びていかなかった。


現在、副社長の岡裕則と会長の中田誠司はそれを変えた。ひとことで言えば「勝てる営業組織」にした。


利益を追求する、売り上げを追求する組織から、独自の理念を実現する組織に変えたのである。独自の理念とはおもてなしだ。移住してきた日本人資産家向けに、おもてなしスピリットで徹底的にサービスする。おもてなしを徹底させるために国内からモチベーションの高い営業員を呼んできた。英語力よりも顧客とのコミュニケーション力を重要視したのである。


■成功したのは「みんなが生き生きしているから」


現在、会長の中田誠司は日本経済新聞(2022年)のインタビューでこう語っている。


「『アジアでの富裕層向け業務の顧客対象や地域を広げる』と(中田は)述べた。現在は海外移住する日本人経営者や、事業拠点を設ける日本企業が顧客の大部分を占める。タイやフィリピンなど新興国の富裕層の開拓を強化し、預かり資産を増やす考えだ。


大和(証券)は2015年から、シンガポールの拠点を中心にアジアで富裕層業務を本格的に始めた。日本の大手証券の強みを生かし、資産運用や事業展開の助言のほか、移住に伴う手続きなどを支援している。人員は十数人規模と小規模ながら効率的な営業体制を持ち『預かり資産1兆円も視野に入ってきた。コンスタントに黒字を出している』」


そして、副社長の岡裕則はこう言った。


「WCSの業績が向上したのはみんなが生き生きしているからだ。彼らはこれまでうちから海外に出た連中とは少しプロフィールが違う。これまで海外に出していたのはまず英語ができる人。それから金融知識を持っている人。営業経験があるなしではなく、英語力と金融知識のある人間が海外要員だった。


だが、WCSへ出したのは営業力がある人。むろん、英語も勉強していったし、金融知識もある。だが、何よりも営業経験だった。それはお客さまは日本人だから」


撮影=永見亜弓
岡副社長は、7人の侍の特徴を英語力ではなく、優れた営業力にあると指摘する。合理的な外資系の営業ではなく「昭和なおもてなし営業」が、7人で預かり資産1兆円という実績を上げた - 撮影=永見亜弓

■叱ってくれる客がいるから仕事がある


「それまで国内支店で年に10億の成績を上げていたのが、シンガポールでは富裕層が相手だから100億の仕事にもなる。営業の連中は元々、やる気がある。そんな連中に大きな舞台を用意したものだから、さらにやる気を出したんだ。


国内の舞台で歌っていたシンガーがカーネギーホールへ行ったようなもので、みんな大舞台で仕事をする喜びを味わっている」


確かに大和証券シンガポールWCSの営業員はやる気に満ちている。誰もがテレコールをし、顧客に呼ばれたら飛んでいく。24時間、顧客のことを考えて仕事をしている。しかも、上からの管理ではない。それぞれが自分で目標を決めている。


岡は「要はお客さま重視です」と言った。



野地秩嘉『海を渡った7人の侍 大和証券シンガポールの奇跡』(プレジデント社)

「私自身、仕事はお客さまから教わった。とにかく逃げないことだと教わった。金融の商売をしていたら、投資してもらった株が下がることはある。その時、逃げるか逃げないかが分かれ目だ。お客さまは営業員を見ている。損をさせた後、電話をかけないで逃げてしまったら、もうおしまいなんだ。


まず、怒られに行く。さんざん怒られる。すると、お客さまは『ちょっと叱り過ぎたな』と反省して、それでまた仕事をくれる。この繰り返しなんです。今でもいい関係を続けているお客さまって、真剣に怒ってくれた人です。シンガポールの営業の連中も言葉には出さないから知れないが、さんざん怒られているはずですよ。


でも、狭い国だから逃げようがない。連中には叱ってくれるお客さまがいる。みんな幸せだ。だから、仕事にエンゲージしている」


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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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