少子化対応にしくじった大学の末路か、学部再編失敗で教員の大量リストラも

2023年5月8日(月)6時0分 JBpress

大学に入学する年齢である18歳人口は、少子化の影響で減少が続く。大学進学率が上昇したとはいえ、私立大学はこの50年間で倍増した。淘汰の時代を迎える中、生き残りのため再編や統合を決断する大学も増えるだろう。だが、その再編の失敗によって理不尽ともいえる大量リストラが発生した大学がある。ここ10年ほど、日本全国の大学で、耳を疑うような事件が頻発している。その一端をレポートする。

(*)本稿は『ルポ 大学崩壊』(田中圭太郎、ちくま新書)の一部を抜粋・再編集したものです。

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 大学が再編や統合を迫られたとき、大学で働く教職員はどうなるのか。実際に大学再編をめぐり、教員の大量リストラに踏み切った大学がある。奈良県の学校法人奈良学園が運営する、奈良学園大学だ。

 奈良学園は2013年11月、約40人の教員に対して、2017年3月までに転退職するように迫った。

 理由として説明されたのは教員の「過員」だった。リストラの対象になった約40人に非はない。それどころか、正確に言えば、奈良学園による「学部再編の失敗」が直接的な原因だったのだ。

「私たちは大学による学部の再編失敗のしわ寄せによって解雇されました。こんな解雇が許されたら、大学改革や再編の名の下で理不尽な解雇が可能になります。絶対に許すわけにはいきません」

 こう憤るのは、当時奈良学園大学の教授だった川本正知氏。川本氏は京都大学大学院文学研究科博士後期課程を単位取得退学し、複数の大学や短大で非常勤講師を務めたあと、1989年に奈良学園大学の前身、奈良産業大学に講師として着任した。1999年から教授の立場にあった。

 リストラを迫られた40人のうち、多くの教員は他の大学に移るなどして、若干の優遇措置と引き換えに大学を去った。その他の教員は雇い止めされた。川本氏ら8人は教職員組合を結成して最後まで交渉を試みたが、2017年3月末に解雇されたのだ。


学部再編を申請も文科省から「警告」

 奈良学園大学は1984年、奈良県生駒郡三郷町に奈良産業大学として開学した。硬式野球部は多くのプロ野球選手を輩出している。

 名称が奈良学園大学になったのは2014年4月で、学部再編の失敗はこの直前に起きた。

 名称が変わる前、奈良産業大学はビジネス学部と情報学部を有していたが、学校法人奈良学園は名称変更に合わせて2つの学部を現代社会学部に改編し、人間教育学部と保健医療学部を新設することを2013年に文科省に申請した。

 この申請の際、再編が成立しない場合はビジネス学部と情報学部に戻して学生の募集を継続することを、ビジネス学部と情報学部の二つの教授会で決議し、理事会、経営評議会で確認していた。

 申請の結果、新設の2学部は設置が許可された。ところが、現代社会学部は要件を満たしていないとして、2013年8月に文科省から「警告」を受ける。すると、奈良学園は申請をやり直すのではなく、申請を取り下げた。

 3カ月後の11月、教員向けの説明会が突然開催された。学園側は、ビジネス学部と情報学部を廃止することを明らかにし、2つの学部に所属する教員約40人に転退職を迫ったのだ。

 このとき、川本氏は唖然とした。学部を廃止することも、自分たちがリストラされることも、想像していなかったからだ。

 さらに、解雇の理由である「過員」についても、到底納得できるものではなかった。新設した人間教育学部と保健医療学部のためにすでに約40人の教員を新規に採用していたので、教員が多すぎるというのだ。

 川本氏はこの説明会で言い放たれた言葉を「今でも覚えている」と憤る。

「法人側は私たちに、警備員なら雇用継続が可能だと言いました。この発言には耳を疑いました。再編が成立しない場合は既存の学部を残す決定があったにもかかわらず、リストラをするのは道義的にも許されることではありません。警備員なら雇うという発言も含めて、とても教育機関とは思えません」

 奈良学園は学部再編に失敗したとはいえ、経営難だったわけではない。幼稚園から大学まで10の学校を運営し、約200億円の流動資産を保有しているほか、この年までの10年間で300億円以上の設備投資もしていた。経営難を理由としないばかりか、経営陣自らの失敗を責任転嫁した大量リストラは異常だろう。

 このリストラを止めようと、川本氏らは教職員組合を結成して、奈良県労働委員会にあっせんを申請した。労働委員会は2016年7月、「互いの主張を真摯に受け止め、早期に問題解決が図られるように努力する」ことと、「労使双方は組合員の雇用継続・転退職等の具体的な処遇について、誠実に協議する」ことなどを求めるあっせん案を示した。

 労使双方はこのあっせんに合意した。あっせんに沿って団体交渉を進めるはずだったが、奈良学園は翌月にはこの合意に反して、「事務職員への配置転換の募集のお知らせ」を一方的に配布する。事務職員になるなら引き続き雇用するという主旨だった。

 さらに11月には、組合員については退職勧奨をすることを理事会で決定してしまった。労働委員会にあっせんを申し立てたことに対する、報復とも言える行為だ。

 組合は奈良県労働委員会に不当労働行為の救済を申し立てたが、奈良学園は2017年2月に解雇予告通知書を出して、3月末に解雇を強行してしまった。

 川本氏ら組合員8人に残された道は、法廷闘争しかなかった。解雇された直後の2017年4月、奈良学園を相手取り、地位の確認などを求めて奈良地方裁判所に提訴した。


大学や学部新設で2度にわたる虚偽申請

 奈良学園から文科省への申請をめぐる不手際は、現代社会学部の改編申請が初めてではなかった。

 2006年には奈良文化女子短期大学を改組して「関西科学大学」を設立する申請をしたが、申請書類に虚偽の記載があったことが文科省から指摘され、文科省は大学設置申請を却下した。すでに亡くなっていた初代理事長を、理事会の構成員として申請していたのだ。虚偽記載による設置申請の却下は、日本で初めてのことだった。

 申請を却下されたが、そのときにはすでに200人以上に入学の内定を出していたことが大きな問題となった。結局、1人あたり30万円の補償金を支払ったほか、文科省からは新たな学部の申請を3年間禁じられる処分を受けた。この理事会の虚偽申請によって学校法人奈良学園は莫大な損失を被った。

 さらに2007年にも、ビジネス学部への改組を申請した際、書類に虚偽記載があったほか、虚偽の教員名簿を出していたことが判明した。

 過去にこれだけ問題を起こしていながら、奈良学園理事会や大学の幹部が責任を取ってこなかったことが、2013年の現代社会学部申請の失敗につながっていると川本氏は指摘する。

「自分たちは失敗の責任を取らずに、教員にリストラを押し付けたのが今回の問題の構図です。こんなことが許されたら、大学の経営陣が赤字になった学部の教員を一方的に解雇することが可能になってしまいます。大学教員の労働者としての権利が蹂躙されているのは明らかです」

 また、度重なる問題を起こしても、幹部が責任を取らずにその職を続けることができるのは、学校法人の仕組みに欠陥があるのではないかと川本氏は考えている。

「経営者には経営の自由があると思います。その一方で、問題が起きたときには、株式会社であれば株主総会で経営陣の責任が追及されます。しかし、学校法人の理事会は、問題を起こしても責任を取る仕組みがありません。学校法人が公的資金を得て、税制上も優遇されているのは、営利企業とは設立の趣旨がまったく異なるからで、社会的な役割から高い倫理観が要求されるはずです。それなのに、責任を取ることがない経営の自由が認められることに疑問を感じます」

 理事会に不当とも言える理由で一方的に解雇されても、教職員の側は裁判闘争をするしかないのが現実なのだ。「私たちが泣き寝入りすれば悪しき前例になり、日本の私立大学全体に影響してしまいます。大学教育を守るためにも、最後まで諦めずに闘います」


一審で解雇無効と1億円超の支払い命じる

 川本氏ら教員が訴えた裁判は、提訴から3年後の2020年7月に一審の奈良地裁で判決を迎えた。原告は元専任教員6人と、再雇用の元教員2人を合わせた8人だったが、元専任教員の1人は他大学に職を得て訴訟を取り下げていた。

 判決では、再雇用の元教員2人の訴えは却下したものの、奈良学園に対し5人の元専任教員の解雇無効と、未払いの賃金など合計1億2000万円以上の支払いを命じた。

 3年にわたる審理では、奈良学園による解雇が人員削減の必要性や解雇回避の努力、人選の合理性、手続の相当性など、労働契約法16条で定める整理解雇の4要素を満たしているのかどうかが検討された。

 その結果、5人の元専任教員の解雇は、客観的に合理的な理由がなく、通念上相当ではないと結論づけた。さらに、大学教員は高度の専門性を有する者であるから、教育基本法9条2項の規定に照らしても、基本的に大学教員としての地位の保障を受けることができると判断した。

 つまり、無期労働契約を締結した大学教員を、一方的に解雇できないことを示したのだ。川本氏らは判決を次のように評価した。

「奈良地裁の判決は、私たちの解雇が労働契約法で定められている解雇の条件を欠いていると認定しました。さらに、大学教員は高度の専門性を有するので、地位の保障を受け取ることができると示してくれました。この判決に感激しています」

 しかし、この判決を奈良学園は不服として控訴した。原告側は解雇の無効や復職について話し合いでの解決を求めたが、やはり奈良学園は拒否していた。

 問題が解決したのは2021年5月だった。大阪高裁は、奈良地裁の判決を前提にした和解での解決を奈良学園側に説得して、最終的に合意に至った。和解の内容については口外禁止条項が付されているため詳しい内容は明らかにされていないが、原告側の弁護団によると「定年前の2人の大学教員が職場復帰されるなど、原告の長い闘いが報われる内容」だったという。

 大量リストラが通告されてから高裁での和解で解決するまでに約8年、提訴からは約4年の月日が流れた。川本氏は勝利に等しい和解を喜びながらも、複雑な思いで闘争を振り返った。

「私たちは大学の研究者であり、教育者です。大学における研究・教育において失われた4年間という時間は取り返しがつきません。裁判に勝ったとはいえ、学問的な面においても、精神的な面においても、リハビリテーションが必要な状況に置かれています」

 不当な解雇に対して裁判を起こした場合、結論が出るまでには長い時間がかかる。闘い続けるのは容易ではなく、全国には泣き寝入りを余儀なくされた教員もいるだろう。

 それでも諦めなかった奈良学園大学の元教員たちの闘いは、私立大学の経営側による身勝手な大量解雇を許さない大きな前例となった。

筆者:田中 圭太郎

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