ポケモンGO、本田技研の世界初のカーナビ、金融、スポーツ…「測位データ」が生み出す新たなビジネスの可能性は?
2025年5月7日(水)4時0分 JBpress
ロケットや人工衛星と聞くと、多くのビジネスパーソンは「自分の仕事や日常とは遠い世界の話」と考えるかもしれない。しかし実際には農業、漁業、鉱業、金融、災害対策、地図、通信など、現代社会ではあらゆる産業に宇宙技術が活用され、人々の暮らしを支えている。本稿では『宇宙ビジネス』(中村友弥著/クロスメディア・パブリッシング)から内容の一部を抜粋・再編集、壮大な宇宙空間が生み出すビジネスの可能性を探る。
GPS技術をきっかけに生まれ、巨大市場へと成長したカーナビを筆頭に、「測位衛星」の正確な位置・時刻情報が支えるさまざまなビジネス。測位データが秘める可能性とは?
位置情報×日本で生まれた巨大なビジネス
アメリカがGPSを開放したことによって生まれた、日本発の巨大なビジネスがあるのですが、思い当たるものはありますか?
実は、地図型のカーナビは日本が世界に先駆けて開発し、世界中に広がった自動車関連ビジネスです。さらに驚くのは、GPSがなかった時代に日本がカーナビの仕組みを考案し、開発したということです。
世界で初めて地図型のカーナビを開発したのは本田技術研究所でした。当時、ドライブする際には、地図を見て目的地までの道順と、各ポイントにある目印を覚える必要がありました。それを当たり前だと思わずに最終的なゴールは自動運転車であることを見据えて、まずは自分の位置を車が把握することを目指して作られたのが世界初のカーナビです。
具体的には、車に適したジャイロスコープ(ものの向きや角速度を検出する装置)を開発し、特注の地図をブラウン管の画面に差し込んで、専用のペンで車の現在地を最初に記録させて走らせることで、車が今どこを走っているのか把握するという手法(地図の外に車が出る場合は地図を差し替える必要があり)でした。
今考えるとかなりアナログな手法ですが、車がどこを走っているのか二次元空間で常にわかるとなったときの世間の驚きは想像に難くないでしょう。
その後、モニター上に電子地図を表示する「エレクトロマルチビジョン」をトヨタが発売し、地図を差し替えることなく自車の位置がわかるようになりました。
そして、世界初のGPSを利用したカーナビがパイオニアより販売されたのは1990年のことで、同年には、三菱電機とマツダが共同開発した純正カーナビも販売されました。1990年はGPSを利用する際に、測位精度が意図的に落とされる措置を取られていた時期でもあり、GPSのみでなく、これまでの車載センサと地図合わせによる誤差修正機能を組み合わせていました。
このように、日本を代表する数々の企業の知恵を結集して生み出された技術がカーナビです。ちなみに、2024年に公表された一般社団法人電子情報技術産業協会(
また、位置情報を活用して生まれた日本も関わるビジネスとしてもうひとつ紹介したいのは「ポケモンGO」です。ポケモンGOはアプリ調査会社Sensor Towerによると2016年7月〜2023年2月までに世界累計の収益が65億ドルを突破しています。ちなみに、売上額が多い地域は日本ではなく、アメリカとなっていることも驚きです。
「なんだ、ゲームか」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、ゲーム産業は2021年の市場規模が2016億ドル、今後年平均成長率(CAGR)18.27%で成長し、2030年には9537億ドルに達するとの予測もあります。この規模は宇宙産業全体の市場規模にも匹敵するほどです。
ポケモンGOは、位置情報とゲームのアイディア、そしてコンテンツIPがかけ合わさったことで新しい巨大ビジネスが生まれた好事例と言えるでしょう。そして、日本にはポケモンやスーパーマリオ、ドラゴンクエスト、ドラゴンボールといったゲーム・漫画から生まれた世界的に親しまれるコンテンツIP(Intellectual Property)が多く存在します。
すでにドラゴンクエストには位置情報ゲームが存在しているように、今後、日本のコンテンツIPと宇宙技術が合わさった新たなビジネスが誕生することもとても楽しみです。
証券取引やラグビーでも使われる測位衛星データ
今回、測位衛星の活用事例を本書で紹介するにあたって、内閣府で準天頂衛星システム戦略室の室長を務められている内閣府宇宙開発戦略推進事務局の三上建治参事官にお話をうかがうことができました。
本章で紹介したような、今後ますます利用が期待される様々な事例を教えていただいたなかで、強く印象に残ったのは、測位衛星は位置情報だけではなく、正確な時刻情報を持っているからこそ社会経済に大きなインパクトを生み出している事例が数多く存在しており、今後も活用事例が増えていくということです。
衛星を用いた測位システムの仕組みを説明した際に、人工衛星には30万年に1秒以下の誤差しかない超精密な時計が搭載されていると紹介しました。実は、宇宙空間に配備され、超精密な時計と通信機能を搭載する人工衛星は、地上のあらゆる仕組みを動かすうえでとても重要な役割を担っています。
では、30万年に1秒以下の誤差が求められるほど正確な時間が重要な社会の仕組みと言われて思い浮かぶものはありますか? ヒントは、たった0.1秒の誤差が数億円、もしくはそれ以上の損失を生んでしまう可能性があるというものです。
答えは、証券市場における証券取引の仕組み。誰が、いつ、何の商品を、いくらで購入したのかという取引の履歴は、順番が少しでもずれることは許されません。2020年時点で東京証券取引所の1日の取引は1.5億回を超えているそうなので、0.1秒たりともずれが許されない世界です。
また、日本人であればほぼすべての人が利用している、とあるインフラにも測位衛星の時刻情報は使われており、今後も活用が期待されているものがあります。それが、電力の供給と需要のバランスをとるための時刻情報の活用です。私たちは照明や空調、冷蔵庫、スマートフォンやパソコンの充電…など、ありとあらゆる便利な生活を電気に支えられて生きています。
しかし、普段特に意識することなく電気を利用できている裏側で、電力会社は発電する電力(供給側)と利用される電力(需要側)のバランスを常に調整する必要があり、それができなくなると、最悪の場合、大規模な停電が発生してしまいます。
そこで、電力会社はいつ、どの程度の電力が必要かを常に予測しながら発電量を調整しているのですが、そこでも時刻情報が非常に重要であり、測位衛星の活用が今後も拡大すると予測されています。
人工衛星は宇宙に配備されているため、地上で自然災害があったとしても壊れることはありません。また、もし衛星がなかったとしたら、精密な時計を必要な施設にそれぞれ配置する必要があります。
これはコストもかかるほか、持ち運びも難しいため、あまりにも非現実的です。宇宙に衛星があるからこそ、現在の私たちの生活は成り立っているといっても過言ではないでしょう。
また、「実はここにも測位衛星」という事例でぜひ紹介したいのがスポーツのトレーニングと試合結果の振り返りにおける活用です。現在、受信機が小型化しており、ラグビーやサッカーといったチームスポーツの選手一人ひとりの運動量や動きを把握することができるようになりました。運動量がわかれば交代のタイミングもわかりますし、選手一人ひとりの動きと特性が明確になり、戦略検討にも非常に有効なデータとなります。
実際にラグビー日本代表は2009年から高精度な測位情報を用いたトレーニングを開始しており、2019年にはラグビーワールドカップで史上初のベスト8入りという快挙を実現しました。
宙畑ではそのトレーニングの裏側について、慶應義塾大学大学院の神武直彦教授とRWC2019ラグビー日本代表S&Cコーチを務めた太田千尋さんにもインタビューを行い、最先端の技術を活用して、スポーツが強くなるという実例が日本から生まれていることに非常に感動したことを覚えています。
さらに、スポーツにおける高精度な測位情報の利用はチームスポーツに限りません。トライアスロンやヨットといった海で行うスポーツでも非常に面白い事例が生まれ始めています。これまで、海を活用したスポーツはスタート地点でこそ選手の姿が見えますが、スタートしてからゴール地点に帰ってくるまで、選手同士でどこでどのような競争が起きているかを正確に知ることはできません。
そこで、位置情報がわかるデバイスを選手一人ひとりにつけて、選手の位置を1秒毎に送信することで、会場で応援する観覧者に、海上の状況を臨場感たっぷりに伝えることができるサービスも存在します。今後、スポーツ観戦の在り方も変える可能性があるという意味でも非常に面白い事例です。
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筆者:中村 友弥