川勝知事が辞めた途端「リニア調査OK」に方針転換…「非科学的な議論」がバレた静岡県のお粗末会議の中身

2024年5月21日(火)6時15分 プレジデント社

県の見解を示した森副知事 - 筆者撮影

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川勝平太前知事が頑なに認めてこなかった「山梨—静岡県境のボーリング調査」について、県の専門部会が一転して認める方針を示した。ジャーナリストの小林一哉さんは「川勝知事がいなくなった途端、理由も説明せずに方針を180度変えるような専門部会は即刻解体すべきだ」という——。

■「川勝色」を消しにかかる静岡県


あまりにも不思議なリニア会議だった。13日の会議で、静岡県がそれまでJR東海に対しつけていた言い掛かりをすべて反故にする姿勢を見せたのだ。


静岡県の対応が180度変わった理由は、川勝平太氏が5月9日に静岡県知事を辞めたこと以外ほかにはない。川勝氏の辞職によって、静岡県の姿勢が一変してしまった。


静岡県では26日の投開票に向けて県知事選が行われている。県リニア問題責任者を務める森貴志副知事はじめリニア担当職員は、“川勝色”をすべて一掃した上で、新たな知事を迎えたいのだろう。


筆者撮影
県の見解を示した森副知事 - 筆者撮影

ただ、それならば、組織そのものを一新しなければならない。


これまでの組織のまま結論を大幅に変えるのであれば、その主張は矛盾だらけとなり、あまりにみっともない。それに気づいていないふりをしているのか、あるいは複雑怪奇となったリニア問題を理解できない新聞、テレビの記者たちをごまかせると判断したのかのいずれかである。


いったい、何があったのか?


■川勝前知事は「ボーリングをやめろ」と唱え続けてきた


26日投開票となる県知事選を前に、県地質構造・水資源専門部会が13日に開かれた。


筆者撮影
5月13日開催の県地質構造・水資源専門部会 - 筆者撮影

JR東海の丹羽俊介社長が5月20日からの山梨県の調査ボーリング再開を明言したことを受け、それに「待った」を掛けていた静岡県としても何らかの結論を示しておく必要があった。


だから、新知事誕生の前にもかかわらず、「リニア南アルプストンネル山梨工区 山梨・静岡県境付近の調査及び工事の計画について」をテーマとする地質構造・水資源専門部会を開催したのだ。


川勝氏は2022年冬から「山梨県内の調査ボーリングをやめろ」を唱え続けた。


「山梨県内の調査ボーリングは調査に名を借りた水抜き工事であり、JR東海が約束した工事中の湧水の全量戻しは実質破綻する」などと主張していた。


■なぜ「ボーリング調査」はここまでこじれたのか


この結果、森副知事は2023年5月11日、「静岡県が合意するまでは、リスク管理の観点から県境側へ300メートルまでの区間を調査ボーリングによる削孔(さっこう)をしないこと」とする意見書をJR東海に送った。


つまり、静岡県は、県境手前約300メートルの断層帯付近で、「山梨県の調査ボーリングをやめろ」と正式に求めていた。


もともとは、その前年の2022年10月13日、リニア工事に関する新たな協議を求めるとした意見書をJR東海に送ったことが、この問題の始まりだった。


山梨県内のトンネル掘削で、距離的に離れていても、高圧の力が掛かり、静岡県内にある地下水を引っ張る懸念がある。静岡県内の湧水への影響を回避するために、「静岡県境へ向けた山梨県内の工事をどの場所で止めるのか」を決定する必要があるという主張だった。


■静岡県の「言い掛かり」を完全には否定できなかった


この意見書を受け取ったJR東海は静岡県の要請に困惑してしまう。


理論上、トンネル掘削することで高圧の力が掛かり、トンネルに向けて地下水を引っ張ることはありうる。だから、JR東海も静岡県の要請を頭から否定できなかった。


ただ、断層帯がない限り湧水量は極めて微量であり、さらに締め固まった地質では引っ張り現象が起こらない可能性のほうが高い。


しかし、静岡県境に向けて約300メートルを越えれば、山梨県内の断層帯にぶつかる。そこでは、湧水の可能性は十分にある。ただ実際には、調査ボーリングをやってみなければ、湧水があるのかどうかさえわからないのだ。


驚くべきことに、当初は、先進坑というトンネル掘削に対する懸念だったものが、静岡県はいつの間にか、「調査ボーリングそのものをやめろ」と主張するようになってしまった。


その象徴的なシーンが、2022年12月11日に開かれた大井川流域10市町長と県地質構造・水資源専門部会委員との初めての意見交換会だった。


■流域市町長を仲間にするための意見交換会


意見交換会の進行役を務めたのは森下祐一・部会長である。


筆者撮影
県地質構造・水資源専門の森下部会長 - 筆者撮影

会議の冒頭から森下部会長は、川勝知事の唱えた「山梨県内の高速長尺先進ボーリングをやめろ」だけを問題にした。


森下部会長の主張は以下の通りである。


「JR東海は『調査ボーリング』と言っているが、目的は全く異なる。現在の不確実性を確実にする科学的データは得られない。このボーリングを行う必要はないと判断した」


「この調査ボーリングにより静岡県の地下水はどんどん抜けてしまう」


「山梨県側からのボーリングは、これまで県でも国でも議論していない新しい問題だ。山梨工区の先進坑が現在の位置で停止したとしても、静岡工区の工事を始めてから再開すれば十分に間に合う」


「静岡県の地下水が県外に流出するリスクを冒してまで県境付近で工事を進める意義はない」


「もし、それでも調査ボーリングをしたいということであれば、工事前の水抜きを目的としている」


森下部会長は静岡県の主張に従うよう、流域首長たちを説得する役割を仰せつかったことが丸わかりだった。


それだけでなく、「トンネル掘削のためにどうしてもボーリングをしたければ失われる水をリアルタイムで戻す方策とセットにして提案すべきだ」「その(セットとする)切り札は田代ダムからの取水を抑制する案だ」と“私案”を何度も押しつけて、何とか流域首長たちを味方につけようとした。


■反対意見には耳を貸さず、部会の議題に


森下部会長の冒頭発言に対して、まず、島田市の染谷絹代市長が「『私は』という主語で語られていたが、個人的な見解なのか、専門部会の合意形成された意見なのか」とただした。


森下部会長は、周りに確認したなどと述べた上で、「『専門部会の意見です』と言うのはちょっとおこがましいので、『私の意見』というふうに申し上げた」と遠回しに「専門部会の意見」だと述べた。


ところが、会議の中で、丸井敦尚委員(地下水学)は「調査ボーリングには、もちろん水を抜く機能もあるが、地質を調べたり、断層がどこから始まるのかのほか、あるいは工学的に崩れやすいので掘ってはいけない、地下水としてはどんな水質、水温でどのくらいの量があるかなどを調べる機能がある」とJR東海と同じ説明をして、森下部会長の「調査ボーリングは水抜き」とする見解を否定した。


染谷市長らが「調査ボーリングはやる価値がある」などと反論すると、森下部会長は「それ(調査ボーリング)はいまやる必要はない。その方向性で、これから専門部会で、ぜひその問題に注力していきたい」などと勝手に専門部会の議題とするとしてしまった。


■県議会でも「大量湧水のリスク」を強調


これに対して、山梨県の長崎幸太郎知事は「山梨県の工事で出る水はすべて100%山梨県内の水だ」と断言した上で、「山梨県内のボーリング調査は進めてもらう。山梨県の問題は山梨県が責任をもって行う」などと強い調子で山梨県内の調査ボーリングを進めることを宣言した。


さらに副知事時代、静岡県のリニア問題責任者だった難波喬司・静岡市長は独自の計算を行い、調査ボーリングによる湧水量は、先進坑掘削に比較して、1.8%程度しかないと推定した。「県の推定は過大評価である」との見解を示し、「ボーリング調査は進めるべきだ」と県と真っ向から対立する姿勢を示した。


これが6月県議会で問題となると、川勝氏は「本県の水資源を守るためには、大量湧水の発生を想定し、事前に対応を決めておく。どういう対応をされるのかがわからないので、それを教えてくださいと言っている。工事をするなと言っているわけではない。どういう対応をされるのか、そのリスク管理について尋ねているが、答えが出てきていないのが現状だ。このリスク管理が大変重要であると認識して、JR東海に要請している」などと回答した。


これで5月に送った意見書を取り下げることはなくなった。


■あれだけ反対していたボーリング調査を一転容認


その後、いったんは、「山梨県内の調査ボーリングをやめろ」が議論の俎上(そじょう)に上がることがなかった。それが、2024年2月5日になって、再び、リニア問題の中心テーマに躍り出た。


森副知事らによる「リニア中央新幹線整備の環境影響に関するJR東海との『対話を要する事項』について」と題する記者会見で、「山梨県内の調査ボーリングをやめろ」をJR東海との新たな「対話」項目に取り上げたのだ。


出典=資料「リニア中央新幹線整備の環境影響に関するJR東海との『対話を要する事項』について」より

川勝知事の辞意表明2カ月前であり、“知事御用達”と言える難くせだった。


そこには、「静岡県内の断層帯と山梨県内の断層が下で繋がっている可能性があることから、山梨県側からのボーリングによる健全な水循環へ影響する懸念」があるとして、「高速長尺先進ボーリングが、JR東海が慎重に削孔を進める県境から山梨県側へ約300メートル区間の地点に達するまでに、その懸念に対する対応について説明し、本県等との合意が必要である」としていた。


ところが、5月13日に開かれた地質構造・水資源専門部会では、不思議なことに疑問点への追及は全くなく、山梨県内の調査ボーリングは問題なしとされた。


つまり、「山梨県内の調査ボーリングをやめろ」を取り下げたのだ。さらに、先進坑掘削、本坑掘削でも何らの意見が出なかった。つまり、山梨県内のリニア工事すべてを暗黙のうちに認めてしまったのだ。


■山梨県どころか静岡県の調査もなぜか認めた


森下部会長は「トンネル掘削のためにどうしてもボーリングをしたければ失われる水をリアルタイムで戻す方策とセットにして提案すべきだ」「その(セットとする)切り札は田代ダムからの取水を抑制する案だ」と強硬姿勢だった。


今回の会議では、山梨県内の調査ボーリングで田代ダム取水抑制をすることなど何ら議論されなかった。つまり、山梨県内の調査ボーリングと田代ダム案とは全く関係なかったのだ。これでは「科学者失格」としか言いようがない。


さらに驚くべきことに、山梨県側の調査だけでなく、これまで頑なに認めてこなかった静岡県内の調査ボーリングも専門部会は認めてしまった。川勝氏は静岡県内の調査ボーリングを拒否していたが、一転してしまったのだ。


それで、冒頭、あまりにも不思議と書いたが、実際には、あまりにもいい加減な会議となってしまったのだ。


「大井川利水関係協議会」のまとめ役、染谷市長は地質構造・水資源専門部会について「川勝知事の方針に沿って議論してきた専門部会であり、川勝知事が辞任するなら解体すべきだ」と主張していた。まさに、島田市長の懸念が露呈した会議となった。


■結論ブレブレで静岡県行政の信頼はなくなるばかり


5月20日に調査ボーリングが再開されると、順調に行けば、県境まで5カ月ほどで到達する。その後、静岡県内の未調査区間をボーリングしていくことになる。


JR東海は田代ダムが設備改良工事のために取水停止されている2025年11月までの期間中に調査ボーリングを実施する予定だ。ただ調査ボーリングによって、静岡県の水は流出することは避けられない。


川勝氏は、JR東海との約束を根拠に、「水一滴の流出も許可できない」としてきた。川勝氏の退場とともに、JR東海との約束自体が見事に消え去ったかのようだ。


川勝氏の影響力がいかに大きかったのかわかるが、静岡県のリニア問題をうやむやにしてはならない。新知事は、まず専門部会を解体した上で、ちゃんと仕切り直すところから始めるべきである。それでなければ、静岡県行政の信頼性は完全に失われる。


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小林 一哉(こばやし・かずや)
ジャーナリスト
ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。
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(ジャーナリスト 小林 一哉)

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