「あれ食べてないから、あそこ行こうか」で、なぜ話が通じてしまうのか?
2024年5月16日(木)4時0分 JBpress
業務効率化やアイデア創出など、ビジネスでも多目的に活用されている生成AI。日常的な言葉による指示で利用できるため、利便性は極めて高い。とはいえ、その性能を十分に引き出すには「言葉の選択肢とその選び方」が重要だと、生成AI開発に従事する言語学者・佐野大樹氏は語る。本連載では、佐野氏が言語学の知見から生成AIとのコミュニケーション法を考察した『生成AIスキルとしての言語学——誰もが「AIと話す」時代におけるヒトとテクノロジーをつなぐ言葉の入門書』(佐野大樹著/かんき出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。
第4回は、「状況設定」(コンテクスト)がいかに生成AIの回答を左右するかを、実例を挙げながら確認する。
<連載ラインアップ>
■第1回 人工知能の歴史を塗り替えた生成AI、社会に与えるインパクトとは?
■第2回 「おはようございます」「おは!」「おはyoo」「GM」をなぜ使い分けるのか?
■第3回 「GSP分析」で導き出した、望ましい「プロンプト」の書き方とは?
■第4回 「あれ食べてないから、あそこ行こうか」で、なぜ話が通じてしまうのか?(本稿)
■第5回 「富士山の魅力を一文で」どんな条件を加えればAIは名作コピーを生成できるか
■第6回 カレーの隠し味のアイデアを、物語調でAIに生成させるとどうなるか?(5月30日公開)
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コンテクストとはそもそも何?
■コンテクストとは
プロンプトの構成要素には、指示/質問の説明、状況設定、様式の選択、例の提示、入力値といったものがあります。
本章ではこのうち、状況設定について詳しく見ていきます。特に、状況設定を生成AIに伝えることが、生成AIの知識やスキルを対話の目的に合わせてカスタマイズするうえで重要になるということを概説します。
状況設定は言語学でコンテクストとして扱われます。
生成AIに状況設定を伝えるための基礎として、まずは、言語学でコンテクストがどのように捉えられているかを見てみましょう。
その後、言語学でのコンテクストの考え方が、プロンプトに状況設定を書くうえで、どのように役立つかを見ていきます。
■背景としてのコンテクストと文脈としてのコンテクスト
コンテクストという表現を日本語に訳す場合、背景や状況と訳される場合と、文脈と訳される場合があります。
本章で言うコンテクストは、言葉が使用される社会的・文化的な背景や状況のこと、もしくは、「場」のことを指します。
例えば、「しばらくあれ食べてないから、久しぶりにあそこ行こうか」「あれね、食べたい」という会話をしているとしましょう。
この会話だけでは、我々には、「あれ」や「あそこ」が何を指しているのかわかりません。
しかし、仮に、会話をしている人たちは、定期的にガトーショコラが美味しいカフェに通っているという背景を共有していれば、ただ「あれ」「あそこ」だけでも、解釈できます。
このような言外の状況や背景のことをコンテクストと言います。
コンテクストが言外の状況や背景を指すのに対して、文脈は会話内や文章内の言葉の関係を示し、コンテクストと区別してコ-テクスト(co-text)と言います。コ-テクストを考える際には、特定の句や文がどのような言語的環境(前後の文や段落など)で使用されているかが焦点となります。
例えば、
- オリオン座には、オリオンの腰のあたりに、3つの星が並んでいる。これをオリオンのベルトと呼ぶ
という文があったとしましょう。
この文にも先ほどの「あれ」「あそこ」と同様「これ」という指示詞が含まれますが、ここでは、「これ」が「3つの星」を指していることがわかるので、文の解釈ができます。
このような、会話や文章の中で成立する言葉の関係をコ-テクストと言います。
小説などで言うところの伏線などもコ-テクストの一種に該当し、会話や文章において、そのテキスト内だけの特別な意味を言葉の解釈に与える場合があります。
なお、ある意味では、生成AIは、このコ-テクストを、一つの会話や文章だけでなく、さまざまな言語で書かれた大規模データから学習していると言うことができるのかもしれません。
コンテクストとコ-テクストが区別できたところで、コンテクストに焦点を当てて、生成AIとの対話における状況設定の伝え方について考えていきましょう。
■ コンテクストによる対話の変容
言語学でコンテクストがどう理解されているかを説明する前に、もう一度着目しておきたいのが、生成AIとの対話は、コンテクストの説明の仕方で大きく変わるというところです。
プロンプトに状況設定を加える場合と加えない場合とでは、「教育で生成AIの利用方法にはどのようなものがありますか。3つ教えてください。」という指示に対する生成AIの回答が変わります。
生成AIとの対話は、プロンプトに状況設定を含めるか否かだけでなく、さらに、どのように状況設定を説明するかによっても変わります。
例えば、次の2つのプロンプトに対する生成AIの回答を比べてみましょう。
プロンプト4-1と4-2は、ともに、「あなたは物理学者です」と、生成AIにどんな立場で回答してもらいたいかを示しています。
2つのプロンプトの違いは、4-2では、「私は、小学生です」と対話者がどんな立場なのかも追加で説明しているところです。
【プロンプト4-1 】重力とは何かの説明(対話者指定なし) |
#状況設定:あなたは物理学者です。 |
【プロンプト4-2 】重力とは何かの説明(対話者指定あり) |
#状況設定:あなたは物理学者です。私は、小学生です。 |
これらのプロンプトに対する生成AIの回答が次のものです。
生成AIの回答 (4-1) |
重力とは、質量をもつ物体同士が引き合う力である。 |
生成AIの回答 (4-2) |
重力とは、物体が互いに引き寄せ合う力のことだよ。 |
これら2つの生成AIの回答を比べると、状況設定をどう説明するかによって回答の仕方が変わっているのがわかります。
回答4-2は「私は、小学生です」と伝えたことで、回答4-1に比べてやわらかい表現が用いられています
自分の目的や意図に合った回答を生成AIから引き出すには、コンテクストをどう生成AIに伝えるかが重要だということがわかります。
<連載ラインアップ>
■第1回 人工知能の歴史を塗り替えた生成AI、社会に与えるインパクトとは?
■第2回 「おはようございます」「おは!」「おはyoo」「GM」をなぜ使い分けるのか?
■第3回 「GSP分析」で導き出した、望ましい「プロンプト」の書き方とは?
■第4回 「あれ食べてないから、あそこ行こうか」で、なぜ話が通じてしまうのか?(本稿)
■第5回 「富士山の魅力を一文で」どんな条件を加えればAIは名作コピーを生成できるか
■第6回 カレーの隠し味のアイデアを、物語調でAIに生成させるとどうなるか?(5月30日公開)
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筆者:佐野 大樹