日本初の「世界先進工場」に選定、「日立の大みか事業所」が世界から高く評価されたポイントとは?

2025年5月22日(木)6時0分 JBpress

 日本の製造業におけるDXの必要性が叫ばれて久しい。しかしながら、DXに取り組み、成果を出せている企業は少ない。何がDXの進展を阻んでいるのだろうか──。その要因の1つとして「日本の製造業は業務改善に偏重し、部分最適に終始する傾向がある」ことを挙げるのは、企業のデジタル化を支援するアルファコンパス 代表CEOの福本勲氏だ。2023年12月、書籍『製造業DX EUドイツに学ぶ最新デジタル戦略』(近代科学社Digital)を出版した福本氏に、製造業のDXを成功に導くためのヒントや、世界の先進工場「ライトハウス」に選定された企業の特徴について聞いた。


DX成功のかぎは「経営者自らが未来視点を持てるかどうか」

──著書『製造業DX EUドイツに学ぶ最新デジタル戦略』では、日本の製造業においてDXがなかなか進まない状況を指摘しています。そこにはどのような要因があると捉えていますか。

福本勲氏(以下敬称略) 3つの要因があると考えています。第1の要因は、ITやデジタル技術の導入自体が目的化していることです。本来、デジタルはあくまでも手段であり、企業の将来像を実現するために活用すべきものです。しかし、多くの企業が「DX=ツール導入」と短絡的に捉えてしまっています。

 第2の要因は、多くの製造業の現場ではIT人材が不足しており、ITベンダーへの過度な依存が生じていることです。このような体制では自社主導での変革は難しく、業務の本質的な見直しや競争力の強化につながりにくくなります。

 第3の要因は、DXへの取り組みが既存ビジネスの効率化にとどまり、部分的な業務改善に終始していることです。「現状をいかに改善するか」という視点に偏っていると、新たな価値の創出やビジネスモデルの転換といった本質的な変革には踏み込めません。

 この3つのうち、特に大きな壁となっているのが第1の要因である「IT・デジタル導入の目的化」です。DXとは、自社の存在意義を見直し、将来のあるべき姿を描いた上で、その実現に向けた戦略と手段を築く取り組みであるべきです。

「日本企業にはデジタルケイパビリティ(デジタル活用に求められる組織能力)が不足している」との指摘もありますが、その背景には、DXの推進を現場任せにする企業風土があるように思います。経営者自らが未来視点を持ち、「5年後、10年後に自社はどうあるべきか」というビジョンを描いた上で、主体的に変革を推進していく姿勢こそが重要です。


世界の先進工場「ライトハウス」に選出された日立・大みか工場が評価されたポイントとは?

──著書では、世界経済フォーラムとマッキンゼーが選定する世界の先進工場「ライトハウス(Lighthouse)」について解説しています。選定された企業には、どのような特徴があるのでしょうか。

福本 ライトハウスには世界132の工場が選定(2023年1月時点)されており、各社にはいくつかの「共通する特徴」が見られます。

 第1に、短期的な投資対効果(ROI)に偏らず、中長期のビジョンを軸にDXを推進していることです。選定企業は、将来あるべき姿を明確に描いた上で、そこから逆算して必要な施策を設計する「バックキャスティング」の手法を取り入れています。その結果、自社が今取り組むべき課題を見極め、着実に実行している点が特徴です。

 第2に、培ってきた技能とデジタル技術との親和性を良くしていることです。特定の現場で構築した業務プロセスや技術基盤を他の工場へ展開したり、汎用(はんよう)的なソリューションとして外部にも提供したりと、自社内外での横展開を積極的に進めています。

 第3に、企業間連携によるエコシステムの構築を視野に入れていることです。自社の成功事例を他社と共有したり、他社の優れた実践を取り入れたりすることで、オープンな学習と共創の循環を生み出しています。このように、自社単独ではなく業界全体の発展に資する姿勢が評価につながっているといえるでしょう。

──日本で初めて選出されたのは日立製作所の大みか事業所とのことですが、同社のどのような取り組みが評価されたと捉えていますか?

福本 現在、日本国内でライトハウスに認定されている工場は、日立製作所の大みか工場(茨城県日立市)、GEヘルスケア・ジャパンの日野工場(東京都日野市)、P&Gの高崎工場(群馬県高崎市)の3拠点です。

 このうち、日本で初めて選出された日立製作所の大みか事業所では、社会インフラ向けの情報制御システムに関するエンジニアリングから生産、保守までの各業務プロセスにおいてIoTやデータ分析の技術が活用されており、リードタイムの短縮に成功している、と聞いています。

 さらに、ソフトウエアの設計・開発段階においては、システムの高い信頼性と拡張性を確保する取り組みを進めています。シミュレーション環境を活用した品質管理や、サイバー防衛訓練サービス、安定稼働サービスなどの保守支援施策も導入し、全体の最適化と高度化を実現している点も見逃せません。

 これらの取り組みは、日立が展開するデジタルソリューション基盤「Lumada」(ルマーダ)にも反映されており、顧客やパートナー企業との協創による課題解決に貢献しています。このように、自社の取り組みを外部に拡大する動きがライトハウス選出の評価につながったのではないでしょうか。


国内製造業に求められる「経営層のリーダーシップとコミットメント」

──日本の製造業がDXを進める上で、ライトハウスに認定されている工場の取り組みからどのようなヒントを得るべきでしょうか。

福本 日本の製造現場では、依然として「匠」と呼ばれる熟練技術者の技能に依存する傾向が根強くあります。一方、海外の工場では、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて、やむを得ずリモートでの作業支援体制の構築を進める必要に迫られました。その結果として、海外の現場ではデジタル化が一気に進展しました。

 もちろん、長年の現場経験に裏打ちされたノウハウや、人から人へ継承された組織文化は日本の製造業の貴重な資産であり、それによって高い技術レベルを維持してきた側面もあるでしょう。しかし、環境変化のスピードや人材構成の変化を考慮すると、従来の手法だけでは限界に直面します。

 日本の製造業がこれからの時代に適応するには、ライトハウスに選定された世界の先進工場のような事例から学びを得つつ、自社の強みを生かしながら変革を進める必要があります。そして、そのためには経営層自らがリーダーシップと強いコミットメントをもって方向性を示すことが求められます。

 日本企業の生産現場は、これまで「現場・現物・現実」に基づく「三現主義」を土台としてきました。この思想は日本企業の競争力の源泉です。だからこそ、その強みをITやデジタルといかに融合させることができるか、という視点が一層重要になります。

 欧米や中国の先進企業では「一部でも使える機能があるなら、まずは試してみよう」という柔軟な姿勢が目立ちます。100点満点に近い水準でなければ許容しない企業と、70点でも行動を起こす企業とでは、数年後に到達する地点に大きな差が生じることは明らかです。

 従って、日本企業が真に変革を遂げるためには、現状の課題を正しく認識し、それを打破する新たな取り組みを進める姿勢が不可欠だと考えています。

 DXをステップ・バイ・ステップで進める取り組みを世界に先駆けて実践し、それを市場や国際標準にも提案できるような企業が日本からも多く出てくることを期待したいですね。

筆者:三上 佳大

JBpress

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