「バブル崩壊」でも「リーマン・ショック」でもない…経済大国日本がヨボヨボのまま立ち上がれない本当の理由
2025年5月28日(水)17時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/v-graphix
※本稿は、山下明宏『稼ぐ力は会計で決まる』(幻冬舎)の一部を抜粋・再編集したものです。
■このままでは「失われた40年」になってしまう
バブル崩壊後の「失われた10年」が「失われた20年」になり、さらに「失われた30年」と呼ばれるようになって以降も、日本経済はいまだに低迷を続けています。放っておけば、すぐに「失われた40年」になってしまうでしょう。
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とくに深刻なのは中小企業の経営状態です。大企業の多くは、ここ数年のあいだ、円安ドル高のおかげもあって大きな利益を上げてきました。新聞の経済面に「過去最高益」という言葉が躍っているのもよく見かけます。しかし日本企業の99.7%を占める中小企業は、相変わらず厳しい状態。大企業との差は過去最大に広がってしまいました。
1986年には533万社もあった日本の中小企業ですが、いまは250万社程度にまで減っています。「スタートアップ」「ベンチャー起業」といった言葉をよく見聞きするので、世の中では新しい会社がどんどん生まれて活気づいているように感じる人も多いかもしれません。
しかし実際には、開業よりも廃業のほうが圧倒的に多かったのです。いまは逆転現象は収まりましたが、これから再び逆転が起きそうな気配です。こんな国は、世界でも珍しいでしょう。
■中小企業の借入金が膨らんでいる
日本では、従業者数のおよそ7割が中小企業に雇用されています。大企業がどんなに儲けていても、中小企業が元気にならなければ経済が底上げされることなどありません。
私は「失われた30年」のあいだ、税理士として、多くの中小企業を会計の面からサポートしてきました。個々の経営状態を見れば、もちろん、うまくいっている会社もたくさんあります。しかし全体的には、やはり苦しい。数字を見ると、将来への危機感は募るばかりです。
その危うさをもっとも端的に物語っているのは、中小企業の借入金が膨らんでいること。私の事務所も所属している税理士・会計士のネットワーク「TKC」のデータによると、中小企業の長期・短期の借入金は、平均でおよそ1億2000万円になっています。
それに対して、手元の現預金は平均でおよそ6000万円しかありません。もし金融機関が急に融資先からの貸し剝がしを始めたら、現預金がゼロになって6000万円の借金だけが残る計算です。
■4社に1社は「債務超過」、しかも…
借入金が多ければ、当然、会社の自己資本比率(総資本のうち純資産が占める割合)は高まりません。自己資本比率についてはのちほど詳しくお話ししますが、これが50%以上になるのが健全な経営です。
ところがTKCのデータでは、自己資本比率が50%以上の会社は全体の36.7%にすぎません。一方、債務超過企業が25.8%もあります(TKC経営指標WebBAST 2025年1月30日公開)。
ちなみに金融機関の多くは、融資先に50%の自己資本比率は求めません。自己資本比率が30%以上なら、「優良」な会社と見なします。金融機関はお金を借りてもらわないと困るので、望ましい自己資本比率を低めに設定するのです。しかしその甘い基準でも、25.8%の会社が「債務超過」の状態にある。それが中小企業の現状です。
写真=iStock.com/y-studio
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しかも、TKCのデータは、すべての中小企業を対象にしているわけではありません。TKCに所属する税理士や会計士は、巡回監査を毎月行っています。ですからその統計に含まれるのは、毎月きちんと監査を受けて会計を締め切っている「真面目な会社」ばかり。それでもこれだけの借入金があり、債務超過に陥っている会社が多いのです。
杜撰な会計処理をしている「不真面目な会社」もたくさんありますから、日本全体で見れば、もっと多くの会社が「借金漬け」になっているに違いありません。
■はじまりは「リーマン・ショック」だった
さて、中小企業の借入金がこんなに膨らんでしまった背景には、政府の「後押し」がありました。さまざまな危機に直面するたびに、潰れそうな中小企業を救おうと、お金を簡単に借りられるようにする政策を打ち出してきたのです。
始まりは、2008年に起きた「リーマン・ショック」への対応策でした。米国の投資銀行リーマン・ブラザーズの経営破綻をきっかけにして、世界的な金融危機が発生。そのあおりを受けた国内企業の倒産を防ぐために、政府は2009年に「中小企業金融円滑化法」を施行しました。「モラトリアム法」という通称のとおり、これは中小企業の借入金の返済猶予を認めたもの。金利の返済さえしていれば、元本の返済は猶予されるという制度です。
さらに2011年には、あの東日本大震災が発生。これも多くの中小企業に打撃を与えたため、条件を満たす企業に数億円を直接貸し付ける「東日本大震災復興特別貸付」という制度がつくられました。また、民主党から自民党への政権交代が起きた後、2013年3月にはモラトリアム法が終了しましたが、中小企業を支えるために、2012年に設けられた中小企業の新たな会計基準(中小会計要領)に基づく決算書を出している会社はモラトリアム法と同じ条件で融資が受けられるようになりました。
■「融資」だけでは、会社は救われない
リーマン・ショックも東日本大震災も大変な危機でしたから、これらの融資で助かった会社はたくさんあるでしょう。しかし、融資は当座の資金不足をしのぐのには役立ちますが、将来にわたって経営の安定をもたらすものではありません。当たり前ですが、借りたお金はいつか返す必要があります。
ですから本当の意味で中小企業を支援するなら、融資という「入口」を用意するだけではなく、その返済という「出口」のことも考えなければいけません。いつまでも「金利だけ払っていればいい」というわけにはいかないのです。
借りたお金を返済するには、それぞれの会社がしっかり利益を出せるようにならなければなりません。そこで2012年には、中小会計要領を踏まえた上で、中小企業の経営そのものを支援するための法律も制定されました。「中小企業経営力強化支援法」です。専門的な見地から中小企業に助言する金融機関や税理士事務所などを「経営革新等支援機関」に認定して、その取り組みを補助金などで支えるものでした。私も税理士として、この仕組みの中で経営助言などを手がけています。
■「新型コロナウイルス感染症特別貸付」が決定打に
ところが、この仕組みが徐々に広まり、一定の効果を上げ始めた頃に、また新たな危機が中小企業を襲いました。2020年から猛威をふるった新型コロナウイルス感染症です。相次ぐ緊急事態宣言によって、外食産業や観光業をはじめ、多くの業界がきわめて大きな打撃を受けました。
そうなると、また融資によって中小企業を助けなければいけません。1社あたり3000万円まで貸す「新型コロナウイルス感染症特別貸付」という制度が、2020年に始まりました。これが加わったことで、中小企業の借入金は平均1億2000万円にまで膨らんでしまったのです。
政府による一連の支援策が、日本の中小企業を借金漬けにしてしまったといえるでしょう。
その結果、借入金に対する意識がひどく緩いものになってしまったように私には感じられます。たとえば、借入金対月商倍率についての考え方もかなり変わりました。
■「健全な会社」の基準が下がっている
借入金対月商倍率とは、借入金の残高がその会社の何カ月分の売上高に相当するかを計算したもの。金融機関は、融資先の経営状態の良し悪しを見るときに、それをひとつの判断材料にします。
2005年あたりまで、借入金対月商倍率は「3カ月分」が大まかな目安でした。借入金残高が月商の3倍を超えると、返済のためにさらにお金を借りたり、金利負担で利益が食われてしまったりなど、経営がどんどん苦しくなる。ですから金融機関は、融資先の借入金残高がその基準を超えると、それ以上の融資は渋っていました。
ところが、リーマン・ショック、東日本大震災、そしてコロナ禍という危機を経験した現在、この借入金対月商倍率の基準はほぼ「6カ月分」にまでなっています。借入金残高が毎月の売上の6倍に達していても、金融機関は「その程度なら健全」と見なすようになりました。この20年のあいだに、会社がお金を借りるときのハードルが半分程度にまで下がってしまったわけです。
写真=iStock.com/loveshiba
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■「利息を払い続けるのが精一杯」になってしまう
あまりにも経営の苦しい会社が多いので、それぐらいハードルを下げないと「健全な会社」がほとんど見当たらなくなってしまうのかもしれません。条件を厳しくしたせいで融資できる相手がいなくなってしまったら、金融機関も困るでしょう。そういうやむにやまれぬ事情があることは、わからなくもありません。
とはいえ、月商の6倍もの借入金は返済が大変です。それだけ借りていたら、いくら利率が低いといっても利息を払い続けるのが精一杯で、元金はなかなか減りません。そのため借入金対月商倍率がいつまでも下がらず、むしろ上がってしまう会社がほとんどでしょう。
経営状態は改善せず、苦しい状態が続きます。当面の資金繰りは間に合っても、会社にとって安定的な未来の姿は見えてきません。いつまでも金利の支払いにばかり追われているようでは、長く生き残るだけの力は身につかないのです。
■「借金に鈍感な社長」が増えている
しかし、多くの借入金があっても金融機関が「健全な会社」というお墨付きを与えてくれれば、社長は危機感を持ちません。20年前なら「NG」を突きつけられていた状況でも、「とりあえずウチの会社は大丈夫だ」と勘違いしてしまいます。
実際、税理士として中小企業の経営者のみなさんと接していると、政府や金融機関がどんどん融資をしてくれるせいで、借金に対する感覚が麻痺しているように見える社長さんが少なくありません。借金はいつか返済しなければいけないことはわかっているはずですし、いまの経営状態ではそれが難しいことも知っているはずなのに、それに対してあまり不安を抱いていないようなのです。
たとえば住宅ローンを組んだ人は、20年、30年かけて返済できる目処が立っていても、ふと「ちゃんと完済できるだろうか」と不安になることがあるでしょう。どんなにしっかりした返済計画を立てていても、予定どおりにならないリスクはあります。勤めている会社が倒産したり、病気などで仕事を続けられなくなったりすれば、途中で返済不能になってしまうかもしれません。未来はどうなるかわからないのですから、借金と不安はワンセットになるのが当たり前の感覚だと思います。
■「会社というのはこういうもの」でいいはずがない
そういう不安を抱かない「借金に鈍感な社長」が増えているとしたら、日本の中小企業の未来は決して明るくないでしょう。
山下明宏『稼ぐ力は会計で決まる』(幻冬舎)
そういう社長の率いる会社の多くは、赤字を借入金で埋めることをくり返すばかりで、黒字になるような展望がありません。しかも社長がその現状に危機感を持たず、むしろ「会社というのはこういうものだ」とでもいわんばかりに平然と受け入れています。自己資本比率が低く、いわば「他人のお金」に支えられて立っているだけなのに、それが当たり前だと思っている。私には、そういう「甘え」が慢性化しているように見えてなりません。
日本企業の99.7%を占める中小企業は、いわば日本経済の「足場」のようなものです。その中小企業がこのような状態では、日本経済の未来そのものが暗いといわざるを得ません。
この20年間、日本は中小企業の「借金体質」を強める施策を重ねることで、経済の土台を弱体化させてきたのです。
写真=iStock.com/CHUNYIP WONG
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山下 明宏(やました・あきひろ)
山下明宏税理士事務所所長、税理士、巡回監査士
1963年東京都生まれ。TKC東京都心会所属、同会顧問。中小企業の自計化の推進、税務調査省略、申告是認等、税理士業務のほか、資金調達、認定支援機関としての経営助言など、通常の税理士業務にとどまらない精力的な活動を展開。著書に『テキトー税理士が会社を潰す』(幻冬舎メディアコンサルティング)、『小さな会社を強くする会計力』(幻冬舎新書)がある。
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(山下明宏税理士事務所所長、税理士、巡回監査士 山下 明宏)