まるで蟻が群がる砂糖、食い物にされて終わる日本の半導体補助金ばら撒き政策

2023年6月8日(木)6時0分 JBpress

(湯之上 隆:技術経営コンサルタント、微細加工研究所所長)


海外半導体大手7社のトップと岸田首相が面会

 5月19日に始まる主要7カ国首脳会議(G7サミット)に合わせて海外の半導体大手7社のトップが来日し、その前日の18日に、岸田文雄内閣総理大臣と面会した。

 その7社とは、ファウンドリの世界シェア1位で最先端の微細化を独走する台湾TSMC、メモリの世界シェア3位の米マイクロン(Micron)、プロセッサの世界シェア1位の米インテル(Intel)、メモリ世界シェア1位、ファウンドリでも世界シェア2位の韓国サムスン(Samsung)電子、半導体製造装置の売上高世界1位の米アプライドマテリアルズ(AMAT)、「2027年に2nmを量産する」と発表した日本のラピダス(東京都千代田区)に技術協力する米IBMと欧州のコンソーシアムimecである(図1)。

【本記事は多数の図版を掲載しています。配信先で図版が表示されていない場合はJBpressのサイト(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/75464)にてご覧ください。】

 このような海外の半導体大手企業等が一堂に会するのは異例である。これら海外大手7社等をズラリと見ると、非常に豪華な顔ぶれであると言えよう。

 また、これら欧米韓台の対日投資は、既に明らかになっている事業計画を合わせると、2兆円を超える見込みである。そして、これらの対日投資は、日本政府からの強い働きかけによるものであるという。経済産業省は、国内の半導体の売上高を現在の3倍の15兆円にするという計画を掲げており、そのために2年間で2兆円の補助金を投じるとしている(日本経済新聞、5月19日)。

「海外からの対日投資が2兆円で、日本の補助金が2兆円」ということは、ざっくり言うと、海外企業などが対日投資を行う場合、その半分を日本が補助するということである。この財源は税金である。となると、日本の補助金2兆円が、「国内半導体の売上を2030年までに3倍の15兆円にする」ことに資するものかどうかが問題になる。本稿では、それを検証したい。

 結論を先に述べると、日本の補助金の多くは、国内の半導体のシェア増大や売上増大には寄与しない。海外企業などの売上を伸ばしたり、技術力を向上させたりするだけである。

 端的に言えば、日本の補助金2兆円に、海外企業などが群がっているように見える。その有様は、砂糖にアリがたかっているかのようである。


日本に進出する海外半導体企業の状況

 図2に、日本の進出する欧米韓台の半導体関連企業の一覧を示す。この図を基に、1社1社、日本半導体のシェアが上がるか、日本国内の半導体の売上が上がるか、について見ていこう。

【台湾TSMCの熊本工場】

 台湾TSMCが約9800億円(株式70%)、ソニーが570億円(株式20%)、デンソーが400億円(株式10%)を出資して、熊本に12/16〜22/28nmのロジック用のファウンドリ工場を建設中である。シリコンウエハで月産5.5万枚のキャパシティになるが、日本のシェアへの寄与は30%しかない。また、この工場の建設が発表された2021年10月頃には28nmのロジックが不足していたが、今はその逼迫は解消されたため、工場が埋まるかどうか不明である(埋まらなければ、日本の売上は上がらない)。

【TSMCジャパン3DIC研究開発センター】

 TSMCが186億円、日本がほぼ同額の190億円を出資して、つくばの産業総合研究所に、複数の半導体を縦に積む、いわゆる3D ICの材料開発の拠点を建設した。2022年6月24日にオープニングイベントが行われたものの、いつまでに何をするのかが全く分からない。つまり、日本の税金が投入されているにもかかわらず、その実態が不明である。そして、日本の半導体の売上にはまったく寄与しない。

【米マイクロンの広島工場】

 DRAMを生産している米マイクロン(Micron)広島工場には、合計2465億円の補助金が投入される。マイクロンも5000億円を投じる。この資金で、日本では初となる最先端露光装置EUVが導入される見込みである。マイクロンは米国籍の半導体メーカーであるため、日本のシェアへの貢献はゼロとなるが、日本の売上高は上がるだろう。また、EUVの導入に伴って、関連する日本の装置や材料メーカーにも恩恵があるため、技術的な波及効果が期待される。しかし、深刻な半導体不況が到来しているため、マイクロン広島工場は数百人規模のリストラを開始した。そのような半導体メーカーに、多額の補助金を投じるべきなのだろうか? もう一度考え直した方がいいのではないか。

【米インテル】

 アナログ半導体のファウンドリであるイスラエル国籍のタワーセミコンダクタ(元パナソニックの半導体工場)を買収しようとしているが、中国の認可が下りず、買収は難航している。仮に買収が成功したとしても、国籍がイスラエルから米国に替わるだけであり、日本のシェアや売上に変化はない。また、5月18日に岸田総理と面会したインテルのパット・ゲルシンガーCEOが3D ICの材料開発の拠点を検討するというような発言をした模様であるが、TSMCジャパン3DIC研究開発センターに対抗しようとするものと考えられる上、日本のシェアや売上には何ら寄与しない。

【韓国サムスンの開発拠点】

 韓国サムスン(Samsung)電子は横浜に研究所を持っているが、それとは別に、先端半導体の開発拠点を開設する。これは、米インテルと同様に、TSMCジャパン3DIC研究開発センターに対抗するための、後工程の材料開発などの拠点であると思われる。日本から100億円を超える補助金が投入される見込みであるが、日本のシェアや売上には何ら寄与がない。

【米AMAT】

 製造装置の売上高で世界1位の米アプライドマテリアルズ(AMAT)は、日本人800人を採用し、日本での人員を1.6倍にする。日本からの補助金の有無は不明である。また、日本のシェアや売上には直接的な寄与はない。

【ラピダス】

 2022年11月に、「2027年までに2nmのロジック半導体を量産する」と発表した日本のラピダスには、合計3300億円の補助金が投入される。そのラピダスには、GAA(Gate-all-around)と呼ばれる2nmのトランジスタを2021年に動作させた米IBMと、世界的なコンソーシアムであるベルギーのimecが技術提携する(IBMとimecはラピダスからの多額のライセンス料を受け取ることになる。これは税金が原資になるかもしれない)。ラピダスは、北海道に工場を建設する予定で、隣接地にimecが研究センターを開設することになった。筆者は、ラピダスが2nmを量産できると思わないし、百歩譲って2nmの量産技術が立ち上っても、ラピダスに生産委託するファブレスなどが無いと考えている。したがって、日本のシェアや売上には、寄与しない(詳細は拙著『半導体有事』(文春新書)第6章をご参照いただきたい)。

【キオクシアと米ウエスタンデジタル】

 四日市工場および北上工場で、共同でNANDを生産しているキオクシアと米ウエスタンデジタル(Western Digital)には、補助金929億円が投入される。キオクシアは日本国籍だが、ウエスタンデジタルは米国籍なので、補助金による日本シェアへの寄与は半分になる。また、現在、非常に厳しい半導体不況が到来していることから、キオクシアとウエスタンデジタルが統合しようとしている。この統合は、実質的にウエスタンデジタルによるキオクシアの買収と筆者は考えているが、これ解釈が正しければ、四日市工場および北上工場は米国籍になるため、日本のシェアへの寄与はゼロになる。


砂糖に群がるアリのようだ

 ここまで、日本の補助金2兆円が、「国内半導体の売上を2030年までに3倍の15兆円にする」ことに寄与するかどうかを分析してきた。結論を一言でいうと、補助金2兆円を投じても、日本半導体のシェアも、売上高も、あまり(ほとんど?)上がらない

 そして、補助金2兆円目当てに日本に進出しようとしている欧米韓台およびラピダスなど日本企業が、まるで、砂糖に群がるアリ(蟻)のように見える(図3)。

 結局、日本政府と経産省は、補助金を気前よくばら撒いているだけで、「国内半導体の売上を2030年までに3倍の15兆円にする」という目的を達成することはできないだろう。

 筆者は、2021年6月1日に、衆議院から半導体の専門家として参考人招致を受け、意見陳述を行った。その際、「日本半導体産業の政策は、歴史的に、経産省、革新機構、政策銀が出てきた時点でアウト」であると論じた(衆議院が作成したYouTube動画はこちら)。

 日本政府と経産省は、またしても失敗を繰り返すことになるだろう。

筆者:湯之上 隆

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