始まったウクライナ軍の反転攻勢、元自衛隊幹部が作戦を徹底分析

2023年6月13日(火)6時0分 JBpress

 ウクライナ軍による反転攻勢が始まったと見られる。

 今後ウクライナ軍がどのように軍事作戦を展開していくのか、その計画は決してロシア側に漏れてはならない重要な機密事項である。

 その具体的計画は、第三者に容易に分かるものではないし、むしろ分からないようにすべきであろう。 

 それを前提としつつも、今後日本などの国々が、様々な側面からウクライナを有効に支援していく上では、その時々の事態推移を正しく分析することが必要となる。

 そしてそのためには、軍事的知見による分析が不可欠である。

 そこで本稿においては、今後のウクライナ軍の手の内を予測するのではなく、現在のウクライナ軍とロシア軍の対峙状況をどう理解すればよいのか、軍事的原則に沿って考えていくこととしたい。


ウクライナ軍とロシア軍の全般態勢

 現在の状況を正しく評価するためには、現状においてロシア軍が守勢にあり、ウクライナ軍は攻勢にあるという基本認識が重要である。

 ロシア軍はこの冬以来、特にドネツク州全域の占領を目的に攻勢を続けてきたが、バフムトという一つの街の奪取に半年以上かかったことに象徴されるように、ほとんど占領地域を拡大することができなかった。

 その一方、欧米諸国からの装備品や訓練の支援を受けたウクライナ軍は、春以降反転攻勢に出るのではないかと見られてきた。

 そこでロシア軍は第一線地域において、地雷原などの対戦車障害帯を構成し、その後方に塹壕を掘って射撃陣地を構えるなど、防御の態勢を固めてきたのである。
 
 その守るべき正面は、総延長1500キロにも上る広大な地域である。

 この広正面での作戦全般を考えると、攻める側は自分が選んだ地域に主動的に戦力を集中させることができるが、守る側はどこを攻められるかが分からないので、全域に戦力を張り付けておかなくてはならない。

 ウクライナ軍としては、主となる攻撃軸を定めた上で、そこに戦力を集中して防御陣地の突破を図ることが有利である。

 しかし、その正面をロシア側に悟られてしまっては、防御部隊もそこに集中されてしまう。

 そこで、他の攻撃軸でも一定の攻撃を行って、どこが主なのかを秘匿し、ロシア側の戦力分散を図ることも重要となる。

 今始まったウクライナ軍の反転攻勢を考える時、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領が最終的に目指しているウクライナ領土全域奪回を一挙に達成することができればそれに越したことはない。

 しかし、軍事的に見てそれは困難である。

 まずは、2022年2月24日以降の侵攻によって奪われた地域をできる限り取り返すことが目標となろう。

 それでは、その地域を奪還するためにはどのような攻撃の作戦軸があるのか、次にそれを考えてみたい。


ウクライナの反転攻勢、5つの作戦軸

 次の図に示したように、ウクライナにとって今次反転攻勢の作戦軸の候補は大きく5つあり、それぞれ特性が異なる。

 ①②④⑤の攻撃軸を青、③の攻撃軸を紫と、違う色で示したのは、前者と後者の作戦の狙いが大きく異なるからである。

 前者は、東部、南部それぞれにおいて、ロシアの占領地域を着実に取り戻していく、いわば比較的ローリスク、ローリターンの作戦である。

 これに対して後者の③は、ロシアの占領地域を東部と南部に分断し、特に南部に残るロシア軍の補給線を断つことで、これをクリミア半島に退却させ、南部の地域を一気に回復する、いわばハイリスク、ハイリターンの作戦である。

 それでは、それぞれの特性を一つずつ見ていきたい。

 まず東部において、主としてルハンシク州を着実に奪回していく場合には、攻撃の目標となる地域は、州都ルハンシク一帯となろう。

 ここを目的とする攻撃軸は、ハルキウ東側のクピャンシクという街付近から南下する①と、バフムト北側付近から東進する②がある。

 今までロシア軍が攻勢を強めていたバフムト一帯は、ロシア軍の配備密度が高く、それを正面押しする②には困難が伴う。

 しかし、①は常に東側のロシア国境からの脅威を受けつつ攻撃することになるため、それぞれ一長一短がある。

 ハイリスク、ハイリターンの③の攻撃軸は、ドネツク州とザポリージャ州の境界沿いにマリウポリ一帯を目標に攻撃するものである。

 必ずしもマリウポリの街を陥落させる必要はなく、マリウポリの東西どちらかでアゾフ海まで進出することができ、南北の帯状の地域を安定的に確保できれば、東部と南部のロシア軍を分断することができる。

 そうなれば、南部のザポリージャ州、ヘルソン州一帯に展開しているロシア軍の補給路は、クリミア半島経由に限定されることになる。

 バフムトでロシアの民間軍事会社ワグネルの創始者プリゴジン氏が、弾薬を要求してロシア国防省を口汚く罵ったように、作戦中の軍部隊にとって、弾薬の補給は死活的な問題である。

 軍の補給品には、燃料や食糧も含まれるが、重量でも体積でも最も多い量を占めるのは弾薬であり、これが絶たれると、大砲、戦車、ライフル等の装備があっても戦うことができなくなる。

 クリミア半島は、ロシア本土とクリミア大橋一本で繋がっているだけであり、ウクライナ側の半島の付け根も主要な道路2本を除いてほぼ湿地帯である。

 これらのいわゆるチョークポイントを、ウクライナ側が最近供与を受けるようになった「ストームシャドウ」などの長距離ミサイルで破壊すれば、南部地域に展開するロシア軍への補給路は、ほぼ海路のみになって大きく制約される。

 昨年秋、ドニプロ川の橋を破壊されて補給路を絶たれた西岸地域のロシア軍が東岸への撤退を余儀なくされたように、今度は南部地域全体のロシア軍をクリミア半島への撤退に追い込める可能性がある。

 これが分かっているロシア側も、マリウポリ周辺には多くの部隊を配置して守りを固めているため、ここを攻めることはウクライナ側にとってハイリスクではある。

 しかし、いったん成功すれば一挙に南部地域を回復してハイリターンを得ることができる作戦軸だと言えよう

 最後の④と⑤は、南部地域を着実に奪回していくための作戦軸であり、この際の目標地域は、クリミア半島の付け根一帯となる。

 ザポリージャ南側からメリトポリ付近を経て南下する作戦軸が④、ヘルソン方向からドニプロ川を渡河して東進する作戦軸が⑤である。

 渡河は一般的に難しい軍事作戦であるが、ウクライナ軍は4月頃からドニプロ川の中州に部隊を進出させるなどして⑤の攻撃をチラつかせ、ドニプロ川東岸のロシア軍を牽制してきた。

 6月6日のカホウカ・ダムを破壊したのがどちら側か、本稿執筆の6月12日の時点で決定的な情報はないが、結果的に当面は⑤の作戦軸が消えたことで、ロシア側に有利に働いていることは間違いない。

 カホウカ貯水池を琵琶湖と比べると、面積で3倍、貯水量で3分の2という巨大な人口湖であり、1950年代にダムが建設される前は、この下流の川幅はもっと広く、今でも下流東岸は約3キロ幅にわたって湿地帯である。

 このダム破壊による浸水によって、当面の間⑤の作戦軸による攻撃はなくなったと見てよいので、ウクライナ側としては攻撃の選択肢が減ったことになる。

 逆にロシア側から見れば、今までこの地域に配置していた戦力を転用して、他正面を強化することが可能となった。

 実際、ウクライナ国防省のハンナ・マリャル次官が6月11日に述べたところによれば、ロシア軍の部隊がこの正面からザポリージャやバフムト正面に移動している兆候があるという。

 結果として、現在ウクライナには4本の作戦軸が残されていることとなる。


今後の反転攻勢における焦点

 ウクライナ側としては、作戦軸③の攻撃によってロシア軍を分断することで南部地域を大きく奪還できればこれに越したことはない。

 しかしロシア側もそれは分かっており、最も重要なこの正面に質・量ともに優れた部隊を配置していると考えられる。

 このためウクライナ側としても、最初からここだけに戦力を集中するのではなく、他の①②④の作戦軸で攻撃を進展させ、州都ルハンシクやクリミア半島の付け根に少しでも迫ることで、ロシア軍を引き付ける必要がある。

 攻撃するウクライナ軍が第一線陣地を突破した場合に備え、ロシア軍はその後方に、第2梯隊と呼ばれる控えの部隊を配置し、突破したウクライナ軍に反撃を加えてくる。

 ウクライナ側としては、それぞれの作戦軸での攻撃の進展を見極めつつ、それらをうまく連携させてロシア軍の控えの部隊を支正面に引き付け、自ら選んだ主正面で、一挙に攻撃を仕掛けるといった工夫が必要となるだろう。

 もちろん、そのための部隊移動をロシア側に分からないように行うなど、作戦の秘匿も重要である。

 このようにして、この夏の攻勢によって2022年2月24日の侵攻前の線にできるだけ近いところまで国土を回復してロシアを追い込むことが、ウクライナ側の当面の目標となる。

 これに成功すれば、残りのクリミア半島やドンバス地方を、政治的にあるいは軍事的に回復できる見込みも開けてこよう。

筆者:松村 五郎

JBpress

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