ポンプのチカラで浸水被害を防ぐ―、「フラッドバスター」の開発に挑んだ技術者たち

2024年6月28日(金)10時0分 PR TIMES STORY

株式会社石垣という社名をご存知の方は、多くはないでしょう。当社は、1958年の創業以来、固液分離技術を中心に、水インフラと産業の分野で環境に貢献するソリューションを社会に提供してきた会社です。

例えば、下水処理場で使われる汚泥脱水機や河川に設置される浸水対策用ポンプなど、独自性に優れた技術を世に送り出し、自然環境と社会を支え続けています。

(開発・設計・製造の中核拠点、香川県坂出工場)

近年、地球温暖化による異常気象で、線状降水帯や局地的集中豪雨を原因とした浸水被害が頻発しています。

河川には、浸水を防ぐために雨水ポンプ場があり、大雨の時は雨水を強制的に排除しています。しかし、線状降水帯や局地的集中豪雨のような大雨では、雨量が排水機能の限界を超えてしまうため浸水が多発していました。石垣が開発した「フラッドバスター」は、大雨による浸水被害を防ぐポンプです。水位に応じて自在に制御可能な構造とすることで、横軸水中ポンプで全速全水位運転を可能にした世界初の技術です。

気候変動時代の中で水害からの防災を担う「フラッドバスター」の開発者である山科健一と片山順一に開発ストーリーを聞きました。

(全速全水位型横軸水中ポンプ「フラッドバスター」)


■大雨の時にだけ動く機械、雨水排水ポンプ

山科:「雨水ポンプ場」という施設があります。大雨の際に小さな川から大きな川へ強制的に雨水を排除し、街に水が溢れることを防ぐ役割があります。普段は動きませんが、非常時に住宅や人命を守る重要な機械。それがポンプです。

しかし、従来のポンプでは、近年増加する大雨への対応に課題がありました。従来のポンプは一定の水位に達するまで運転を開始できないため、局地的集中豪雨のように短時間で多量の雨が降ると、急激な水位の上昇に運転が間に合いません。また、大雨が降ったり止んだりすると、ポンプが起動と停止を繰り返す「チャタリング」が起こり、モータや電気盤などの電気設備機器に負荷がかかって故障してしまう。つまり、いざという時にポンプが動かないという大きな問題がありました。

しかも雨水ポンプ場は、作業員が実際にポンプ場に駆け付け、水位を確認してポンプを起動する必要があります。その作業員は、専門家ではなく地域住民が担っている場合が多いのです。

(「雨水ポンプ場」の役割。増水時に小さい川から大きい川へ強制的に排水して洪水を防ぐ。従来のポンプでは、局地的集中豪雨の際に内水氾濫が発生しやすい問題を抱えていた)


■これまでにないポンプを作る

私たち石垣は、創業以来、お客様の困りごとを解決するために技術開発を続けてきた会社です。ポンプ事業では、地方自治体向けに中大型のポンプを製造し、下水処理場や雨水ポンプ場、農業排水など幅広い分野で水を移送するポンプを納入しています。

2013年に営業担当がお客様と接する中で、大雨による故障リスクを排除するポンプのニーズを捉え、待機運転型ポンプゲートの開発提案をしました。待機運転とは、車で例えるとアイドリング状態にすることで、ポンプ運転時の始動をスムーズに行うことです。しかし、当時のポンプ業界では別の技術が注目されており、すぐには開発着手に至りませんでした。ところが、気候変動が進み、大雨による浸水被害が急増したため、故障リスクが少ないポンプのニーズが高まってきたのです。

大雨による自然災害—、時代が新しいポンプを必要としていました。

・局地的な大雨に対応するポンプ場向け。

・故障の原因となる「チャタリング」を起こさない構造。

・急増する浸水被害を防ぐため、短期間で整備可能。

これらの条件を考えると、水門にポンプを組み込んだ「ポンプゲート」が適していました。「ポンプゲート」は、従来のポンプ場よりも短い工期で設置でき、設置面積も少なく建設コストも低いため、採用が急増しています。

「非常時に確実に動くポンプ」、私たちが開発したいポンプの定義が決まりました。

災害から人々の暮らしや生命を守るポンプを作ろう—。全社体制で開発を開始し、私は設計担当に選ばれました。2015年のことでした。

(開発者 山科健一)


■ものづくりの原点—フィジカルな開発で、世界初に挑む

ポンプゲートは水門に水中ポンプが組み込まれたもので、ポンプによる排水と排水先の河川等からの逆流を防止する施設です。既存の水路に設置するため、一般的な雨水ポンプ場のような広い用地の取得が不要で、短い工期かつ低コストで整備できます。

水位の変動が激しい局地的集中豪雨に対応するには、水位が下がった状態でも動き続けるポンプが必要でした。急激に大雨が降って水位が上がり、雨がやむと水位が下がる。また大雨が降って水位が上がる。電気設備機器の故障の原因となる始動と停止を繰り返すことなく、滑らかに運転状態を変えることができる機能。それが、「非常時に確実に動くポンプゲート」には不可欠でした。

開発当初は、IoTが注目を集めていた頃でした。監視カメラやセンサーなど、ソフトの付加価値でポンプを制御する方法もありましたが、IoTは通信インフラに依存してしまう。災害時の故障リスクを最小限に抑えるために、時代の潮流ではなく「ものづくり」の原点に回帰しました。ハードの機械設計で、フィジカルな開発を追求したんです。

機械本体の構造だけで運転を制御する。そこで、水の吸い込み口をカバーする「インテーク」の形状に着目しました。

水位に関わらず運転を続ける状態を「全速全水位運転」と言いますが、ポンプゲートのような横軸水中ポンプは、ある程度本体が水に浸かった状態でないと水を吸い込むことは不可能でした。低水位に対応する機種はありましたが、水位ゼロの状態で運転可能な技術はなかったのです。インテークの形状を改良し、世界初の全速全水位運転型横軸水中ポンプを開発することが私の使命でした。

(主軸が水平に設置される構造の横軸ポンプでは、全速全水位運転は不可能と言われていた。運転開始の水位が高いと、急な雨量に運転が間に合わず浸水してしまう)


■インテーク、インテーク、インテーク!

インテークの形状を探求している間、当時の上司で開発者のひとりである岡田と色々な話をしました。日常生活だったり自然だったり、あらゆるところに開発の鍵が隠されていると思い、鍵を探して常にアンテナを張っていました。

寝ても覚めてもインテークのことばかり考えていましたね。

私たちが実現したいのは、滑らかに運転状態を変えられるポンプ。ということは、水位の低下に応じて排水量を増減させればよい。空気を吸う量を増やせば排水量は減る。しかし、羽根車を高速で回転させる機械であるポンプに空気を吸わせるのは故障の原因となるため、タブーとされていました。空気を吸わせるためには、どのような形状が適しているのか—。

ある日、いつものように岡田と試験水槽の上でテスト機を眺めながら何気ない会話をしていました。その時、ふと、波の形状がひらめきました。「フラッドバスター」の製品ロゴである波々の形です。あの、ひらめいた瞬間の、頭がすっと冴えるような不思議な感覚は、今も鮮明に覚えています。

(山科と開発者のひとりである岡田光博。いつもふたりで開発の鍵を探して話し合っていた)

■トライ&エラーで故障リスクを排除せよ

インテークの形状を波型にすると決まってからは、それまで苦しんでいたのが嘘のように一気に開発が進みました。

波の角度や数を検討し、1つひとつ課題をつぶしていきました。

ポンプが故障する原因の多くは電動機です。ポンプは電動機で羽根車を高速回転させることで水を操っているため、回転時の振動が電動機故障の原因になります。また、振動による騒音が生じます。住宅地に隣接しているポンプ場もあるので、騒音は出せません。

振動と騒音が発生しないような構造を考えるのに苦労しました。

試験機から発生する「音」を確かめるために、周りがシーンとした夜中に実験を繰り返しては音を測る作業が続きました。トライ&エラーの繰り返しです。

設計部門の先輩たちのアドバイスや営業部門の情報収集、製造部門の尽力を受けながら、少しずつ精度を上げてリスクを除去していきました。徹底的に故障リスクを排除して、災害時に確実に動く「全速全水位運転型横軸水中ポンプ」が完成しました。開発を始めてから、ちょうど1年が経っていました。

■業界の常識を破るブランディング戦略

片山:計画の初期段階で、これは絶対に社会の役に立つポンプだと確信しました。しかし、どんなに優れた技術でも、お客様に買っていただかなければ役に立つことができません。なので、実用化と同時に拡販のための営業プロジェクトを立ち上げました。市場調査やブランディング、実証試験など、あらゆる角度から綿密に計画を立てました。

ポンプ本体のデザインにもこだわりました。災害から人々を守るポンプはヒーローです。ヒーローはかっこよくあってほしい。「目指せ、グッドデザイン賞」が合言葉でしたね。通常、排水ポンプは黒や青などの汚れが目立ちにくい色を使いますが、あえて白く塗装しました。機能性とデザイン性を両立し、「非常時に確実に動くかっこいいポンプ」を作りました。

さらに、商品名を社内公募しました。53案の応募があり、最終選考に残った12案から投票で決めました。「フラッドバスター」と提案したのは、支店の事務職の女性でした。

新製品の発表や広告の表現も、従来とは異なる手法で行いました。地方自治体に納入するポンプとしては、かなりキャラが立った商品に仕上がったと思います。

市場調査中に、浸水被害を受けた方から「2回目の被害には心が折れる」と話を聞きました。浸水被害を防ぎたいという思いが原動力でした。

完成後、実証試験をした自治体から好評を得て、少しずつ、採用されるようになりました。

(開発者 片山順一、手にしているのは「車のようなパンフレット」をイメージした製品カタログ。地方自治体向けのポンプ製品では異例のブランディングをおこなった)


■納入わずか4日後、記録的豪雨「西日本豪雨」から街を守る

兵庫県丹波篠山市は、過去、何度も氾濫による水害が起きた地域です。

住宅地の中にある京口排水ポンプ場に「フラッドバスター」2基を納入しました。2018年6月30日のことです。そのわずか4日後、過去30年間で最大の被害をもたらした西日本豪雨が発生しました。市内初の大雨特別警報が発令され、時間雨量10mmを超す雨が断続的に降り続きました。降水量は534mmと月間最大雨量をわずか4日間で更新し、72時間で年間降水量の1/4を記録した過去に類を見ない規模の記録的豪雨でした。

納入されたばかりの「フラッドバスター」は60時間連続で運転し、4日間で7.8万トンを排水しました。2013年の台風の時には、18戸23世帯が床上・床下浸水しましたが、被害はありませんでした。竣工式は豪雨が去った7月8日。小雨の中、参列した市の関係者や近隣住民の喜びの声に、「非常時に確実に動くポンプで地域住民の暮らしと生命を守る」という、私たちの願いが叶ったんだと実感しました。

(竣工4日後に記録的豪雨から地域住民を守った京口排水ポンプ場の「フラッドバスター」が運転する様子、60時間連続で運転しても異常温度上昇を検知しなかった)


■人目につかないポンプに圧倒的なブランド力を

丹波篠山市での西日本豪雨の実績を受けて、業界から注目が集まりました。「フラッドバスター」というネーミングと従来ポンプのイメージを一新したPRコンテンツで、当初計画していたブランディング戦略は計画を達成しました。

しかし、ヒット商品にするために、圧倒的なブランド力を付加したいと考えました。

まず、商品ロゴを制作し、商標登録しました。ロゴには、山科たちが苦労して考案したインテークの形状を採用しました。

さらに、広くPRするために、YouTubeを活用しました。当時、ポンプの効果や運転状況を紹介した動画はあまり存在しませんでした。

次に、「フラッドバスターカード」を製作しました。下水道広報プラットフォームが発行する「マンホールカード」を模したカードです。表面は納入したポンプの仕様を、裏面は納入先の自治体の紹介とYouTube動画へのQRコードをつけました。動画は、納入先の雨水ポンプ場とその地域を紹介する内容で、地域の観光や名産品など観光PRを兼ねています。出演者から制作まで全て自社で行いました。「フラッドバスターカード」とYouTubeはとても人気があり、知名度が高まりました。

また、コーポレートサイトの外に「フラッドバスター」特設サイトを開設しました。

(YouTube動画、フラッドバスターカード、3Dプリンタの模型、いずれも細部にまでこだわるために外注せず、社員の手で制作した。右下は特設サイト)

■世界初の「全速全水位型横軸水中ポンプ」で、シェアNo.1へ—

2021年3月、フィリピンのマニラに初の海外物件を納入しました。当時は、新型コロナウイルス感染症の影響で海外渡航が禁止されていました。香川県にある当社の工場で製造した機械をマニラに送るのですが、社員が現地に行って据付作業を行うことができません。社内で英語のマニュアル動画を制作し、工事現場とオンラインでつなぎながら現地の作業員に据付をしてもらいました。これは、当社にとって初の試みでした。無事に稼働した時は、本当に嬉しかったですね。

2022年に公益社団法人発明協会より「令和4年度四国地方発明表彰」中小企業庁長官賞を、

2023年に公益財団法人日本発明振興協会と日刊工業新聞社より「第48回発明大賞」発明功労賞を相次いで受賞しました。これは、「フラッドバスター」が、横軸水中ポンプで全速全水位運転を可能にした世界初の技術だと評価を受けたものです。

2021年には、受注台数が100台を超えました。現在、全速全水位型横軸水中ポンプとして、納入実績No.1のシェアを誇っています。ポンプゲートの市場を拡大したと言っても過言ではありません。

2024年現在、74の雨水ポンプ場に141台が納入されています。うち、2か所は海外です。つまり、国内外の74の地域を浸水被害から守っているということです。

(「第48回発明大賞」受賞式にて。左から片山順一、山科健一)

■浸水被害から世界中の街を、暮らしを守る

片山:「信頼に技術で応える」というのが、私たち石垣の企業理念です。

お客様のニーズを具現化したポンプがこの「フラッドバスター」です。今まで設置できなかった狭い水路や場所にも設置可能となり、誰ひとりとして取り残さない浸水被害対策を実現しています。

山科:変動する気候の中で、どのようにお客様である地方自治体と住民の方々の安全な暮らしを守れるか。石垣の営業部門、技術部門、製造部門が一丸となって生み出したのが、「フラッドバスター」です。

この技術は世界中の安全と安心な生活を守っていけるものだと、私たちは確信しています。

災害から地域社会や人命を守る—。

石垣では営業、設計、製造が一丸となって、今日も新たな技術の開発に励んでいます。

(「フラッドバスター」の開発メンバー8名、左から山科健一、大橋洋総、岡田光博、渡邉典明、片山順一、吉田智紀、大谷友人、安倍正樹)


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