ソフトバンク孫正義氏の原動力は「劣等感」?

2023年8月16日(水)4時0分 JBpress

 世界最高峰のエグゼクティブサーチファームといわれるエゴンゼンダー社で、5000人を超えるハイレベルな経営人材と接してきた「人」のプロフェッショナルである小野壮彦氏が、そのノウハウを体系化した書籍『経営×人材の超プロが教える 人を選ぶ技術』(フォレスト出版)から一部を抜粋・再編集してお届けしている本連載。

 最終回となる本稿では、天才と称される起業家たちを突き動かす「ソース・オブ・エナジー(エネルギーの源)」の正体に迫る。「経験・知識・スキル」や「コンピテンシー」、「ポテンシャル」で評価することができるのは大企業の経営者までであり、新しい未来を生み出す天才起業家たちが共通して発する、何とも言えないあの感覚は何なのか。筆者は、その正体は「使命感」であり、「劣等感」だという。

<連載ラインアップ>
■第1回 人を構成する「4つの階層」を理解すれば、人を見る力は桁違いに向上する
■第2回 人の「ポテンシャル」を構成する4つの因子(今回)
■第3回 天才起業家たちを駆り立てる「エネルギーの源」の正体とは(今回)

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地下3階の「使命感」と「劣等感」が人を突き動かす

 これまで述べてきた、地上1階から地下2階のポテンシャルに至るまでの流れは、エゴンゼンダーで学んだことを、できるだけわかりやすくアレンジを加えて提示してきたものだ。

 大企業のトップマネジメントを評価するうえでは、ここまでで十分だったと思う。

 しかし、不具合が発生したのだ。

 前述のように、エゴンゼンダーを卒業し、ZOZOに勤めたのち、2019年よりぼくは、日本を代表する独立系ベンチャーキャピタルのグロービス・キャピタル・パートナーズ(GCP)に転じ、起業家を支援する仕事を担うことになった。

 ここでは、数々の起業家にお会いし、事業成長に向けたメンタリングをしたり、ときには自身の自己変革のためのコーチングをしている。

 だが、優れた起業家の特徴を理解するうえで、どうにもこれまでの地下2階までの理論では、説明がうまくいかないケースが体感的に増えてきたのだ。

 ポテンシャルよりさらに深い世界。そこには何が広がっているのか。起業家たちを起業家たらしめるものとは何か。新しい未来を作る天才たちが共通して発する、何とも言えないあの感覚は何なのか。

■ 天才たちを駆り立てる「ソース・オブ・エナジー」の正体

 謎(なぞ)のヴェールに包まれた、さらなる地階へと続く階段の扉を開け、さらに深い地下3階へと進んだ先に広がっていたのは、ぼくが提唱するコンセプト「ソース・オブ・エナジー(エネルギーの源泉)」である。

 言い換えるとそれは、その人の精神性だ。

 この「ソース・オブ・エナジー」とは何か。ヒリヒリするような頑張りを生む力。それは、「使命感」であり、また、「劣等感」だと考える(図15)。

「使命感」はエネルギーの源泉となり、各階層のそれぞれの因子の発達において、加速合成をもたらす。

 例えば、医学の道を志す人の動機として散見されるのが「子どもの頃に家族を不治の病で失ったので、自分がいつかその病気を治したい」という使命感だ。あるいは、「若い頃に旅した発展途上国の子どもたちを何とかしてあげたい」と使命感に燃える実業家の話も聞く。

 それらは後天的かもしれないが、先天的なケースもある。ギフテッドと呼ばれる圧倒的な頭脳の持ち主たちだ。彼ら、彼女たちと会うと、物心がついたときから、「この能力は世のため人のために使うべきじゃないか」という使命感に駆り立てられていることに気付く。このように使命感は、ちょっとやそっとのことでは揺るがない強固な精神性を、その人物に授ける働きがある。

 では、「劣等感」とは何か。

 通常、劣等感というものは、ネガティブな意味で使われているだろう。しかしぼくは、人の成長という観点において、劣等感も使命感と同じく、その人の人生の発展にプラスに働く、ポジティブなものだと考えている。この点は強く主張したい。

 それは、劣等感が「ソース・オブ・エナジー」として確率変動を生み出していたとしか考えられない経営者を、ぼく自身が数多く見てきたからだ。

■「使命感」と「劣等感」は陰と陽で交じり合う

 全てのものは「隠」と「陽」に分けられるという陰陽の思想がある。

「使命感」も「劣等感」も、その人の根底にあるマグマのような情熱が元になっているが、かたや外面に向かうもの、かたや内面に向かうものというのが面白い。いわば光と影だ。短絡的に考えるならば、「使命感」を陽とし、「劣等感」を陰として捉えがちだ。そして、黒色の隠を負のエネルギーと捉えてしまうだろう。

 しかし、それは違う。陰は例えるなら、月、夜、冬、静。陰と陽は、どちらが良くて、どちらが悪いといった類のものではない。反対側の存在があってこそ、もう一方も成り立ち、互いに緩く交わり合う関係で、どちらもポジティブとなりえるのである。

 しかし、陰も陽も、本人がひとたびダークサイドに堕(お)ちてしまえば、そのどちらも、揃ってネガティブな力になり変わる。同じ使命感と劣等感が、今度は強烈な負のパワーとなり、周囲にまき散らしてしまうのだ。

 スターウォーズの、パルパティーン卿(きょう)をご存じだろうか。

 彼はシス(陰)としての活動のかたわら、ナブーの政治家(陽)として表の顔を演じ続けてきた。「使命感」があったかは定かではないが、「劣等感」は強く持っていたというのが、物語の設定のようだ。

 ひとたびダークサイドに堕ちてしまうと、パルパティーン卿のように、手から強烈な青白い雷撃を放つフォース・ライトニングを「ビシャー」と放つ力を得る(これは半ば冗談ではない。多少大げさかもしれないが、世界中で恐ろしい経営者による、似たような話をよく聞くものだ。米国のある著名創業者とのミーティングはいつも「Blood on the floorだ」というコメントを、某世界的企業の幹部から聞いたことがある)。

 想いを強く持つ人であればあるほど、その裏は苛烈(かれつ)となる。つまり、「劣等感」が正のエネルギーになることもあれば、逆に「使命感」がダークサイドに誘うこともあるのだ。そう、陰陽の双方が、表として、ともに正のパワーにもなるし、裏として、ともに負のパワーを発揮しうるということを理解していただきたい。

孫正義の強烈なソース・オブ・エナジー

 守秘義務があるので、ここまで匿名中心の事例が続いてしまい、申し訳ない。

 具体例があるほうがイメージしやすいと思うのでトライしたい。おそらく差し障りがない事例として、誰もが知るが、ぼく自身は面識がない方を挙げさせていただく。

 それはソフトバンクグループの孫正義さんだ。

 あらかじめ申し上げるが、私は勝手に氏に対して限りない尊敬の念を抱いており、以降もその気持ちで書かせていただくことをご理解いだけると幸いである。

 周知の事実かと思うが、孫さんは若い頃に電子辞書の元となる電子翻訳機を発明し、大成功し、億単位のお金を稼がれた。考えてみると、その資産でのんびりと活動していれば快適な生活を送れていたかもしれない。にもかかわらず、まるで何かに突き動かされているかのごとく、茨(いばら)の道というか、飽くなき事業拡大へと、40年以上まい進されている。

 その原動力は−勝手な想像だが−「使命感」と同じく、「劣等感」も大きかったのではないか。しかも、それらのチェック項目が、どちらもやたらと多い気がする。だからこそ、ここまでの経営者となられているのだろう。

 そして、孫さんはそれを今やネタにして、笑い飛ばしておられる。

 彼からきわめて強い陽のエネルギーを感じるのは、ぼくだけではないだろう。

 決してダークサイドに堕ちることなく、この二つをポジティブなパワーとして発揮されているのだ。孫さんの自伝やコメントを読んだり、近しい方々からのお話を聞いたりするにあたり、ぼくはこのように推察するものである。

 かくいう自分も、身長が高くなく、頭が大きく、好きな服を着ても似合わない。そのような劣等感に突き動かされてきたからこそ、これまで一応、頑張ってこれたという感がある。特に10代、20代はそうだった。30代もまだ、そのこじらせは残っていた。他人から見たらおそらくつまらない劣等感ではあるが、それなりに大きな力をもたらしてくれていたように思う。

 みなさんはどうだろうか。

 こうした陰の思いこみからくるエネルギー、劣等感(コンプレックス)は、正にも負にもなりえるのだが、矢印を自分に向けることができさえすれば、時に信じられないほど大きなパワーを生み出す。そんな実感はないだろうか。

■ 使命感と劣等感がともに弱い場合

 もしも、これらの負のパワーが弱い場合には、どんなことが起きるのか。

 別に悪いことがあるわけではない。ただ、世の中を動かすほど、突き抜けた人生になることはきっとないだろうというだけだ。それは全く恥じるべきことではなく、むしろ幸せに近いとも言えるのではないか。

 例えば、時々人としてのポテンシャルがすごく高いのに、なぜか物事を自分でなし遂げようとはせず、ナンバーツー的な立場に甘んじていたり、厭世的(えんせいてき)な暮らしを送っている人がいたりする。

 こういう人は大体、使命感、劣等感、どちらとも低めなことが多い。

 この「劣等感」や「使命感」は、もっとも深い層にあるがゆえに、他人からは見えにくく、わかりにくく、変わりにくい。そして、その上の層全てに影響を与えてしまう。

 この本を執筆中に亡くなった京セラ創業者の稲盛和夫氏は、「『考え方』×『熱意』×『能力』で人生と仕事の結果が決まる」と生前おっしゃったが、その「考え方」の部分に近いものがあるのかもしれない。ある意味では、その人の生きる哲学に近い。

 どんなに熱意や能力が高くても、考え方が間違っていたら成果がマイナスになってしまうのと同様、どんなに知識や経験を重ね、コンピテンシーを磨き、生まれ持ったポテンシャルが高くても、事を成す人となるには、行動の源泉である「使命感」や「劣等感」の強さと、矢印を他人や環境ではなく、自分に向けられるか否かにかかっているのだ。

<連載ラインアップ>
■第1回 人を構成する「4つの階層」を理解すれば、人を見る力は桁違いに向上する
■第2回 人の「ポテンシャル」を構成する4つの因子(今回)
■第3回 天才起業家たちを駆り立てる「エネルギーの源」の正体とは(今回)

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筆者:小野 壮彦

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