韓国企業に勝って「世界一」を獲るにはこれしかない…東芝が泣く泣く売った成長株「キオクシア」上場で起きること

2024年12月30日(月)9時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/sankai

■調達資金291億円を先端技術へ投資


12月18日、キオクシアホールディングス株式会社(キオクシア、旧東芝メモリ)は、東京証券取引所プライム市場へ新規上場(IPO)を果たした。これによって調達した資金(291億円)は、データセンター向けメモリーの開発や増産などに投じる方針という。キオクシアのIPOは、同社の株主である東芝の再建にも大きな影響を与える可能性もある。


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今後、キオクシアが、データセンター向けの高精度のメモリーで世界シェアを高めることができれば、同社をめぐる利害関係者との関係は改善するだろう。ただ、AI向けのメモリーユニットに関しては、DRAMを積み重ねた広帯域幅メモリー(HBM)の需要が大きく増加すると予想される。


■「東芝の経営危機」に揺れた10年


これまで、キオクシアはフラッシュ・メモリーを得意としており、HBMに本格的に進出するには相応の時間と費用がかかるとみられる。今後、同社の経営陣が、いかにして新事業を進めるか、そのタイミングと手法は同社の命運を握ることにもなる。それと同時に、東芝の経営再建にも無視できない影響を与えることになるはずだ。


今後の展開次第では、AI向けメモリー分野で独走状態の韓国SKハイニックスがキオクシア株を取得し、外国資本のパワーによってわが国の半導体業界の再編が起きる可能性もあるかもしれない。


元々、キオクシア、は東芝のメモリー事業(東芝メモリ)としてメモリー半導体の設計開発や生産を行っていた。現在、同社はNAND型フラッシュメモリー市場全体で、韓国のサムスン電子(35%程度)、SKハイニックス(20%程度)に次ぎ世界第3位(15%程度)のシェアを持っている。


過去約10年間、キオクシアを取り巻く事業環境は劇的に変化した。最も大きな影響は東芝の経営危機だ。2015年4月、東芝でノートパソコンの販売額水増しなど不正会計が発覚した。決算内容修正で赤字に転落した東芝は、上場維持という体裁にこだわったこともあり改革が遅れた。


■2020年予定だった上場が遅れた理由


2016年、東芝が買収した米ウエスチングハウスで巨額の損失が発生した。損失発生のインパクトは決定的で東芝は債務超過に陥った。東芝は、成長事業の一つだった医療機器事業などの売却、人員削減などリストラを小出しに進めた。当時の東芝は、主要な収益源の一つだった東芝メモリーも売却せざるを得なかった。それほど東芝は追い詰められていた。


2018年6月、東芝は日米韓の企業連合に東芝メモリを売却し、キオクシアが発足した。当時、東芝とHOYAは50.1%を出資し、日本勢による過半出資を維持した。その背景には、世界のメモリー需要増加を取り込む面もあった。また、政府の意向も出資比率バランスに影響したとみられる。戦略物資である半導体企業を国内資本の支配下に置くことは、わが国の経済安全保障に決定的に重要だ。


その後、コロナ禍による“メモリー特需”という一時的な状況はあったものの、キオクシアの業況は不安定に推移した。2020年9月、米中対立の影響などからもあり、キオクシアは当初予定のIPOを延期した。テレワークなどの一巡によるメモリー需要の反動減で、2023年10〜12月期まで5四半期連続で最終損益は赤字だった。


■本社移転、4000人のリストラ、子会社の売却…


2023年12月、東芝は東京証券取引所から上場廃止になった。国内企業連合から資金を調達した日本産業パートナーズ(JIP)傘下で、事業運営体制の立て直しは本格化した。2024年5月、“東芝再興計画”と呼ばれる中期経営計画を公表した。


東芝が掲げた主な施策はリストラだ。本社機能は東京の浜松町から川崎市に移した。最大4000人の削減など固定費も削減した。不正会計発覚から9年が経過し、ようやく再建が本格始動したとの見方もあった。


2024年11月、日本特殊陶業に東芝マテリアルの売却を発表した。今回のIPOも含め、東芝は、獲得した資金をエネルギーなどの社会インフラ、防衛分野に再配分し、収益力回復、早期の再上場を目指している。東芝はキオクシア株の安易な安売りは避けたいが、早急な債務返済の優先度が上回ったのだろう。東芝は、キオクシアの早期上場を狙わざるを得なかったとみられる。


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キオクシアHDの東証プライム市場上場セレモニーに登壇した青克美・東京証券取引所取締役 - 写真=時事通信フォト

■IPOを急ぐ東芝vs.利得重視の投資ファンド


一方、投資ファンドのベインは、中長期的なキオクシアの成長を重視しているようだ。キオクシアの業況の回復を待って、可能な限り高い価格で保有株を売却し利得を極大化する方針とみられる。過去約3年間、中国経済の減速、スマホ需要の飽和などで世界のNAND型フラッシュメモリーの市況は不安定だ。


2025年度以降、AI向けのデータセンター向けの先端型NAND型フラッシュメモリーの需要は増加するとみられる。市場予想の一つでは、2025年、NAND型フラッシュメモリーの市場規模は911億ドル(約14兆円)と24年比で50%伸びるとの見方もある。


2020年のIPO計画時点では、キオクシアの時価総額は2兆円程度に達するとみられた。ところが、その後、世界的なメモリー市況の軟化、主要投資家のキオクシア株需要の伸び悩みなど、今回のIPOで1〜2兆円の時価総額を目指すことは難しくなった。ベインは、世界的なNAND型フラッシュメモリー市場の回復を待って、利益の極大化を狙ったようだ。今回のIPOで売却する株式数を減らした。キオクシアの主要株主の利害は必ずしも一致していない。


■次世代メモリーを早急に実用化できるか


これから、キオクシアに求められるのは、AIなど先端分野のメモリー需要を取り込む体制を整備し収益力を強化することだ。DRAM事業から撤退したキオクシアは、現在、ストレージクラスメモリ (SCM)と呼ばれる、新しいフラッシュメモリーの実用化に取り組んでいる。


SCMとコンピュートエクスプレスリンク(CXL)とよばれる、新型のインターフェイスを結合することで、AIサーバー上の転送速度、電力消費量の抑制に寄与するとの期待は高い。SKハイニックスやサムスン電子、米マイクロンテクノロジーなども新型メモリーデバイスの実用化を重視している。


新しいメモリーユニットの製造を実現するため、キオクシアは金融機関などからの資金調達を増やし、設備投資を行うことが必要になるだろう。状況によっては、政府系の金融機関が、キオクシアに資金を融通してリスク負担を支援する可能性もありそうだ。次世代メモリーを実用化し業績拡大を目指すのが、当面のキオクシアの事業戦略の要諦だろう。成長の実現に、内外の半導体企業、AIスタートアップ企業などとの連携も必要だ。


■モタモタしていると東芝の“二の舞”に


そうした取り組みが進み成長期待が高まれば、キオクシアが中・長期的に生み出すフリーキャッシュフローは増え株価は上昇するだろう。東芝、ベインにとってもキオクシア株の売却を行いやすくなるはずだ。加速度的に事業環境が変化する中、成長の実現のため経営陣の果断な意思決定の重要性は高まる。


逆に、環境変化に合った迅速な意思決定ができないと、SKハイニックスがキオクシア株を取得するなど、同社を取り巻く利害関係者がさらに複雑化することも考えられる。東芝再建の難航の一因だったモノ言う株主が、キオクシアのAI向けの新しいメモリーチップの開発、量産体制、他社との連携などに介入し、成長戦略の実行が難しくなる恐れもある。


キオクシア経営陣が、次世代のフラッシュメモリーの研究開発に取り組み、それを実用化し収益の増加、株価上昇を実現できるか、今後大いに期待したいものだ。


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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)

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