熊川哲也「100年後の人が見ても〈クラシックバレエだ〉と思ってもらえるオリジナル作品を作りたい」

2025年1月22日(水)11時30分 婦人公論.jp


「スターダンサーを生むことができなくても、《Kバレエ》という組織をスターにすることならできるのではないか、と考えをシフトするようになりました」(撮影:木村直軌)

バレエ界で活躍を続ける熊川哲也さん。26歳で英国から帰国し、Kバレエカンパニー(現Kバレエ トウキョウ)を設立して以降、現役ダンサーとして舞台に立ちつつ、プロデュース、演出、振付などを手がけ、経営者としても全力疾走してきた。国内での活動を始めて25年が経った今、熊川さんの目に映るものは——(構成:平林理恵 撮影:木村直軌)

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<前編よりつづく>

古典もオリジナルも《クラシックバレエ》に


ケガから復帰したとはいえ、40ちょっと手前の頃は、ダンサーとして、これまでできていたことが、前と同じ方法ではできなくなっていく時期でもありました。求められる水準をキープできなくなるのでは、ということへの葛藤は大きかった。

闘っている相手は、20代の僕。それは、自分自身の中では納得し解決できる問題だったけれど、ファンは電光石火のようなインパクトのある表現を求めます。そして叶わぬと知ると、落胆する。それを想像してつらい気持ちになってしまう。

そんなときは、偉大なダンサーの先輩方の姿を思い起こしました。ヌレエフだってバリシニコフだって、絶対にこのハードルを通過してきたはずだ。巧みに表現の方法を変えて人々を魅了してきたのだ、と。

では、僕自身は何をどう変えていくのか。僕はダンサーであるだけでなく、芸術監督として振付や演出を行い、バレエを後進に教える役割も担い、経営者でもある。僕の工夫のしどころは、このいろいろな仕事をどんなふうに輝かせていくかにあると思いました。

本当はものすごいスターダンサーを育てたかったのです。でもそれはとんでもなく難しいと悟りました。そこで、あるときから、スターダンサーを生むことができなくても、《Kバレエ》という組織をスターにすることならできるのではないか、と考えをシフトするようになりました。

Kバレエには高水準のダンサーがたくさんいます。もちろん実力に微差はあるけれども、それぞれが魅力あるダンサーたちです。必要なのは、それぞれの魅力を引き出せる力のある作品。だったらそれを僕がどんどん作っていこう、と。

Kバレエは、これから30年、50年……と続いていく組織でありたいし、そうでなくてはいけない。そう考えて、最近はさまざまな取り組みを始めました。

生徒の教育に関しては、英国ロイヤル・バレエ学校で長い間専任教師を務めてきた蔵健太に、絶対的信頼をおいてやってもらっています。トップダンサーたちに、僕に代わって演出や振付を任せることも増えてきました。そして僕がなすべきは、繰り返しますが、とにかくいいバレエ作品を生み出すこと。

オリジナル作品であれ、『白鳥の湖』や『眠れる森の美女』など古典の名作の再演出であれ、僕は自分が面白いと思う感覚を大切にして作っています。それは決してクラシックバレエの枠を超えようとするものではなく、100年前の人が見ても、100年後の人が見ても、「これはクラシックバレエだ」と思ってもらえるものでなければならないと考えています。

歌舞伎役者さんが、今の人に楽しんでもらえるよう宙乗りなどの演出をして、すばらしい舞台を作っていますよね。でも僕は、100年前にはなかった文明の利器を使うことはしない。たとえばプロジェクションマッピングを用いれば、海の中を表現することは簡単です。

でも、最新技術を使わなくても、海底の人魚姫がすーっと上を見て手をあげれば、指先は今にも海面に届きそうに見える。そこに当たる照明はキラキラと海面にそそぐ月明かりです。想像力を働かせて見えないものを見る。芸術ってそういうものですよね。

『白鳥の湖』も『くるみ割り人形』も、初演は19世紀の終わり頃。どちらも150年近く踊られ続けてきました。Kバレエでも、『白鳥の湖』は21年前から同じセットでやっています。だからたぶん100年後、僕はもちろんいないけれども、Kバレエという組織さえあれば、『白鳥の湖』は同じように踊られていることでしょう。

ダンサーとしての熊川哲也は、別に主役を張りたいと思っているわけではありません(笑)。だから、これから踊るとしたら、僕のイメージと存在感を損なうことなく、ファンをがっかりさせない役ですね。

そこでほんのちょっと舞台に登場するのだけれど、一番おいしいところをかっさらっていく、そういう腕前が僕にはあるので(笑)、これからも特にダンサー引退と宣言することはないと思います。

生ピアノにチュチュ 舞台に立つ喜びを


『マーメイド』が初演を終えて今は少し時間ができたところです。暇があると、生まれ育った北海道へ。以前はよく畑仕事をしていましたが、近頃は芝生をきれいに刈ったり肥料を与えて整え、真っ青な芝生を見ながらビールを飲む。これが至福のときです。

衣食住全般に関して、特別なこだわりはないのですが、52歳にもなるとどうしても思わぬところに余分なものがついてくる。それで、この間『カルミナ・ブラーナ』にちょっとだけ出ることになったときに、少しはダンサーらしく体を絞ってみようかなと思い、朝はごはんを80グラムだけ食べて、夜は炭水化物抜き、というのをやってみたんですよ。

これで日中ちょっと動いたらみるみるうちにすっきりしました。やめたらすぐ元に戻っちゃったけど、みんながいいと言っている方法はやっぱり効くんですね。

大人の女性へのおすすめは、糖質を抜くよりも、体を動かすこと。Kバレエスクールの大人クラスは、下は15歳から上は80代まで。みなさんの輝かしいこと!

生ピアノが奏でるチャイコフスキーに合わせて体を動かすと、本当に気持ちがいいし、お尻の筋肉もピッと上がります。多くの会員さんが膝や腰の痛みを抱えていますが、レッスンで筋肉がついてくると、痛みはほぼほぼおさまってくる。

それにバレエは左右均等に体を動かすので、体の歪みも緩和される。いいことばかりでしょ。年齢やバレエ経験にかかわらず舞台に立つ喜びを体験してもらえる、「Chance to Dance」という大人のための発表会もあります。

百何十人ものお姉様たちがチュチュを着て踊るんですが、もう本当に楽しそう。バレエはいつ始めても遅いということはありません。どなたにもおすすめしたいですね。

婦人公論.jp

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