名取裕子「パニック障害と更年期障害を発症、支えは愛犬だった。14歳で母を亡くし料理は得意。ぼっち歴52年も、おいしいものを食べる時間があれば」

2024年2月22日(木)12時30分 婦人公論.jp


「収録前は毎回ストレスで胃が痛くなるほど。ところが終わると高揚感があって、〈あれ、 私けっこう楽しんでる?〉と気づくわけです」(撮影:浅井佳代子)

現在発売中の『婦人公論』2024年3月号の表紙は、女優の名取裕子さん。女優としてだけでなく、近年はクイズ番組でも活躍。どんな仕事にも明るく取り組む姿が印象的な名取裕子さんですが、後ろ向きな一面もあると言います。物事を前向きに捉えられるようになったきっかけは——(撮影=浅井佳代子 構成=平林理恵)

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女友だちが最高の宝


「いつも明るいね」と言われるのですが、私は本来、そこまでポジティブな性格ではありません。3歩進んで4歩下がるくらいには後ろ向き(笑)。そんな私が日々楽しく過ごせているのは、仲間——とくに女友だちのおかげです。彼女たちは最高の宝。学校や仕事、趣味を通して出会った友人がことあるごとにわが家に集まり、女子会を開いています。

私は14歳で母を亡くし、その頃からお勝手を任されてきたので、料理は得意なんです。これまでお世話になったロケ先の農家さんや漁師さん、全国の知人友人が、季節の新鮮な食材を送ってくださるから、わが家は「道の駅」状態(笑)。せっかくのお心遣いを、絶対に無駄にしたくない。それでいつも、友人に声をかけて食べに来てもらうのです。

先日も、立派なメバルが8匹も届いてどうしようかと思案していたら、友人から電話がありました。彼女は昨年ご両親を見送り、息子さんと二人暮らし。ところがお正月から息子さんは恋人と出かけてばかりで、「私、《ぼっち》になっちゃったわ」。

そこで、「私なんて、母を亡くしてからぼっち歴52年よ。先輩に聞きに来なさい。一緒にご飯食べよ!」と誘い、手料理を振る舞いました。寂しいときは、おいしいものを一緒に食べるに限ります。

9年前から出演しているラジオ番組でも、いつの頃からかスタッフに手作り弁当を差し入れるようになりました。収録当日は昼過ぎに、友人がわが家に集合。私が作ったランチで女子会を楽しんだあと、私が献立を決め、全員で手分けして作り、スタジオへ持っていくんです。本番前の腹ごしらえを一人で済ますより、みんなで食べるほうが断然おいしいでしょう。

仕事も変わらず充実しています。女優の仕事もさることながら、最近は面白いことに、クイズ番組によくお声がけいただくようになりました。

とはいえ、クイズの回答者なんて、私にはどう考えても向いていない役回り。近頃はアイドルも芸人さんも高学歴ですし、クイズのプロは信じがたいほど博識で、太刀打ちできるはずもありません。にもかかわらず、「出るからには爪痕を一つでも残したい」と思ってしまうんです。(笑)

事前に勉強するものの、どこから手をつけたらいいのかわからず、ひたすらヤマを張る戦法。ごくたまに自信を持って答えられる場面が訪れるのですが、なぜか「ブルース・リー」を「ジャッキー・チェン」と言ってしまったり……。これが加齢というものなんですね。

収録前は毎回ストレスで胃が痛くなるほど。ところが終わると高揚感があって、「あれ、 私けっこう楽しんでる?」と気づくわけです。それにね、私が答えられなくても、誰も何も不思議に思わないでしょう(笑)。

だから最近は、私と同じ世代の人に頑張っている姿を見てもらえればいいかなと、できるだけ気楽に構えています。

万全を期していると思っても


こうして毎日機嫌よく過ごしていますが、振り返れば思い通りにいかない時期もありました。私が38歳のときに父が亡くなり、その直後に継母がアルツハイマー型認知症を発症。と同時に、それまで親に丸投げだったお金の管理が、ドーンとのしかかってきたのです。

自分がいくら持っているのか、税金をどう支払うのかさえわからない状態でした。両親のために26歳で建てた家があるから安心だと思っていたら、こんなに早く父の死と継母の病に直面するなんて。万全を期していると思っても、人生に盤石なんてないのだと痛感しました。

大雑把な私にとって、この現実は受け止めきれないほど大問題! でも、どんなに大きい問題も、崩して小分けにすれば解決できると気がついて。経理に関しては、レシートを日にちごとに管理して税理士に渡したり、銀行口座を整理したり。本当に初歩的なことですが、目の前の問題に一つずつ向き合っていきました。

そして、当時持っていた山小屋やリゾートマンションは処分。両親の家も、病状の進む継母が管理できないことは明らかでした。いっそ誰かに活用してもらったほうが家も喜ぶと考え、思い切って手放すことに。

引き渡しの際、「いいことがたくさんあった家なので、どうぞお幸せに暮らしてください」と直接お伝えできたこともあり、まったく後悔はありません。

あのとき不動産をできるだけ少なくして、身軽に生きていく方向に舵を切ったのは正解でした。持ち物が多すぎると自分が溺れてしまいますし、余計なものを省くことで、自分にとって大切なことも見えてくる。着物など女優として必要なものにはお金をかけていますが、自分の生活はごく自然にダウンサイジングすることができたのです。


『婦人公論』3月号の表紙に登場した名取裕子さん

愛犬の存在に助けられて


ただ、災難は重なるもので、同じ時期に自分の病気とも向き合うことになりました。継母は早い段階で施設に入所していたとはいえ、私は父の死のショックや仕事の疲労がきっかけで、パニック障害と更年期障害を発症してしまって。新幹線やエレベーターの扉が閉まると息ができなくなることもありました。

あのとき、どうやって抜け出したのかしら——。喉元を過ぎれば忘れてしまうタチなので詳しく覚えていないのですが、あまり抗わなかった気がします。気持ちが落ち込んでも、底まで沈めば自然に浮いてくると思っていましたね。

だって人間の体は、そうやってできているから。それに日本であれば、どこかで倒れても誰かが助けてくれるでしょう。(笑)

一番大きかったのは、愛犬の存在です。当時、飼っていた犬に子どもが生まれたばかりで。ベッドから起き上がるのがつらい日でも、エサをあげるために元気を振り絞ることができたし、地方ロケに行くときも、「私が帰らないと」と思えば飛行機にも乗ることができた。落ち込む暇もなく世話をしていたら、次第に症状も治まったのです。

親との別れや闘病を通して学んだのは、弱い自分を認めてあげて、少しずつ改善していけばいいのだということ。そしてどんなに小さなことでも、何か達成したら自分を褒めてあげる。

たとえば、落ち込んで部屋がぐちゃぐちゃになっても、1日10個ゴミを捨てられたらそれで十分。「いまはこれが精一杯!」なんて泣き言を言いながら片づけていると、周りにいる人たちが笑ってくれるんです。

人間は強い生き物だけれど、同時にとても弱い部分もある。困ったときは、助けを求めるに限ります。だから私は、日頃から人に弱みを見せるようになりました。そして大好きな友だちに、いつも助けてもらっています。(笑)

ハガキ1枚でもお礼を伝える


現在66歳。この年齢になると失うものばかりです。若さも美貌も貯金も(笑)。とはいえ、そればかり数えていると、あっという間におばあさんになってしまいます。女性の健康寿命である75歳まで、10年を切っているのですから。

そこで改めて、いま自分が人生で優先したいものは何か考えてみたんです。その結果、1位は「上機嫌でいること」でした。だから、これから先は自分が好きなこと、やりたいことを優先しようと決めました。

たとえば、犬や猫、メダカを飼うこと。花や木を育てること。料理を作ること。好きな人たちに手紙を書くこと。釣り、三味線などのお稽古ごと……。

メダカは、10年前に愛犬が亡くなったとき友人が勧めてくれて、自宅のベランダで飼い始めました。現在は300匹のメダカと暮らしています。釣り歴も長くなりました。番組のスタッフに連れていってもらったら、最初からグイグイ釣れちゃって。

いまでは地方ロケに行くと、ついでに釣り場にも立ち寄ります。つい夢中になって、足に血豆ができても、靴を脱いで裸足で続けてしまうほど。(笑)

手紙を書くのも大好きです。私にとって最大のストレスは、大事な人に礼を尽くさないでいること。だから、地方ロケで現地の方に歓待していただいたときも、ハガキ1枚でもいいから必ずお礼の気持ちを伝えるようにしています。

私は毎年、着物姿のカレンダーを年初のご挨拶代わりにお送りしているんです。その撮影のために着物を新たに購入するのも、私にとっては礼を尽くす一つの方法。普段はジャージの女ですが、ご挨拶では着衣を改めて。

お世話になった方に感謝を込め、気持ちには気持ちで返すという基本を忘れずにいたい。そして、いまあるご縁を大切につないでいきたいですね。

この先、やってみたいこともたくさんあります。旅行で全国各地を巡りつつ、自分で脚本を書いた朗読劇の公演ができたらいいなと思っているんです。三味線や笛、唄など少人数の編成なら、地方にも足を運べるでしょう。

悩ましいのは、それらを実行するための健康の維持。元来、私は怠け者で体を動かすのが嫌い。メイクさんから「もう少し運動して痩せればキレイになれますよ」と言われるのですが、外は寒い、風を引く、膝が痛い……と、行動に移せない理由が1000個くらいあるんです。一応女優ですし、どうしたものかと(笑)。あまり頑張りすぎず、「年相応よりちょっと若見え」を目指そうかしら。

年を重ねるなかで失ってしまったものもたくさんあるけれど、いま持っているものを十分に生かして、これからも前向きに楽しみたいと思います。

婦人公論.jp

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