テレビは“多様性”とどう向き合えばいいのか――性的マイノリティ当事者の日テレ社員が期待する「オフェンス」意識の浸透

2024年2月22日(木)6時0分 マイナビニュース

●エンタメは多様な人々が活躍してきた場だった
日本テレビは、“多様性”に触れる週末キャンペーン『Colorful Weekend(カラフルウィークエンド)』を、23〜25日の3連休に初めて実施する。「一人ひとり違う私たちがお互いを知り、誰もが自分らしく生きられるヒントを届ける」というテーマに沿い、土曜の夜と日曜の昼に2つの特番を放送するほか、レギュラー放送の12番組が参加して関連企画を展開するものだ。
企画・提案者の1人である日本テレビ報道局プロデューサーの白川大介氏は、ゲイを公表した性的マイノリティの当事者。社長室サステナビリティ推進事務局を兼務し、多様な人材の活躍と共生というテーマのもと、多様性についての研修や、日本最大規模のLGBTQイベント「東京レインボープライド」へのブース出展などの活動を行っている。
今回のキャンペーンを通してどんなことを期待しているのか。日テレの社員として、このテーマにどのように取り組んできたのか。そして、テレビは“多様性”とどう向き合っていけばいいのか。白川氏に話を聞いた——。
○『おネエ★MANS』がもたらした影響
今回のキャンペーンを通して期待することは、“多様性”というワードを聞いたときに「気をつけなきゃ」と身構えてしまう感覚から、視聴者だけでなく、制作者側も脱却することだ。
「『ちがうって、どきどきするね。』というコピーを作ったのですが、これには、例えば相手の人に対する第一印象が想定と違っていたら一瞬ドキッとして、それは最初には必ずしもポジティブなものではないかもしれないけど、話してお互いを知っていくことによってワクワクになっていくという意味が込められています。コンプライアンスという観点で“ディフェンスの多様性”というのも絶対必要ですが、それだけだと言葉を選ばずに言うと“面倒なもの”になってしまう。一方で、“オフェンスの多様性”という部分を生かすことによって、今までにないタイプのコンテンツや楽しさが生まれるということが、皆さんに伝わればいいなと思います」(白川氏、以下同)
そもそもエンタテインメントは多様なものであり、多様な人々が活躍してきた場であったことから、「そこを改めて捉え直してもらいたいという気持ちがあります」と強調。日本テレビでその一例を挙げると、いわゆる“おネエタレント”と呼ばれる出演者たちが一堂に会する『おネエ★MANS』(2006〜09年)というバラエティ番組があった。
この番組の存在によって、その生き方が世の中に広く認知され、楽しい人たちだとポジティブに受け入れられたことで、白川氏は「私を含めた性的マイノリティの当事者で、いわゆる“おネエタレント”の皆さんの活躍によって救われたり、エンパワーメントされたりした方もいらっしゃいます」と認める。
ただ、テレビ番組によって、“ステレオタイプ化”という側面も併せ持っていたと指摘。
「当時“おネエタレント”と呼ばれたの人たちの影響で、性的マイノリティの人は派手な格好をして、奔放な言葉遣いで、テンションの高い振る舞いをするんだという固定観念を強化してしまい、一般社会に暮らす当事者にまでそのイメージが投影されてしまう問題もありました。ポジティブな面だけではなかったことは、意識を向けたほうがいいと思います」
今回の特番『Colorfulライフラリー 〜人生ってみんな違ってスバラシイ〜』(25日15:00〜 ※関東ほか)では、KABA.ちゃんを取材。ダンスユニット・dosの男性メンバーとして芸能界デビューした後、“おネエキャラ”として活躍し、性同一性障害を公表、性別適合手術を受けて女性として暮らし、今ではLGBTQに関する講演活動も行っている。番組では、現在に至るまでの各場面でどのような思いがあったのかを振り返ってもらうことで、「テレビの世界で活躍してきたKABA.ちゃんが、どんな人生を送り、どんな思いで自分らしい生き方を実現してきたのかを通して、性的マイノリティについて知ってもらえる企画にすべく、鋭意制作中です」とのことだ。
テレビと“多様性”をめぐり最近では、沖縄出身の俳優が「方言禁止記者会見」企画に挑んだことで「方言札を想起させる」という批判やそれに対する反発が起こったり、いわゆる「ハゲ漫才」がBPOで議論されて賛否の声があがったりすることもあった。
また、吃音のある芸人・インタレスティングたけしが出演した『水曜日のダウンタウン』(TBS)に、日本吃音協会が「馬鹿にしているように受け取れかねない」と抗議したことで議論になったが、同番組はそこから逃げず、1年半が経った2月14日の放送で再びインたけの出演企画を放送。ゲストの伊集院光が吃音協会の立場を尊重しながら、吃音を持つ自身の兄とのエピソードを交えて「理想論だけど、“もう細かいこと全部忘れて、腹抱えて笑っちゃったから、あいつの勝ちだよ”ってなってほしい」とインたけの活躍を願ったコメントを引き出したのは、テレビから“多様性”について考える一つの機会になったとも言えるだろう。
○誰もが“多様性”は他人事ではない
今回のキャンペーンでもう一つ期待することは、多くの人に当事者意識を持ってもらうこと。
「番組の中で様々なキーワードを見て、自分自身のことじゃなくても、身近な家族や友人たちに該当する方がいらっしゃることがあると思うんです。だから、<“配慮すべき一部の人”と“そうじゃない普通の私たち”>という構造ではなくて、みんなそれぞれに何かしらのマイノリティ性がある、もしくはそうなる可能性があるから、どんな人にとっても“多様性”は他人事ではないんだと感じてほしいと思っています。このキャンペーンを説明するときに“一人ひとり違う私たちが”と“私たち”を主語にしているのは、このテーマに関係ない人はいないということ。“多様性”という言葉に遠いイメージを持っている方がいたら、このキャンペーンを通して少しでも変わってくれたらと思います」
そして、ほかのキャンペーンと同様に、毎年の恒例にしていくことを強く希望しながら、「キャンペーンの期間でなくても、“オフェンスの多様性”の楽しさが、いろんな番組で反映されるようになったらいいなと思います」と期待。
現在放送中のドラマ『厨房のありす』の主人公(門脇麦)は自閉スペクトラム症で、その父親(大森南朋)はゲイという設定だ。同作でLGBTQ監修を務める白川氏は「“多様な人物を登場させなきゃ”と無理矢理入れた設定ではなくて、登場人物たちと物語を魅力的に描くために、キャラクターの個性が表現されていると感じます。そういう作品が増えて、楽しく多様性に触れることができる機会が広がっていけばいいなと思います」と話した。
●「今ここだったらできるかも」から7年で全社キャンペーンに
中学時代に自身のセクシュアリティを認識し、大学時代も同性愛者であることを周囲にオープンにしてきたという白川氏。メディア企業である日本テレビに入社するにあたり、当事者の立場で発信したいという思いは、「あるにはありました」と振り返る。
しかし、入社した2004年当時は、“LGBTQ”という言葉も普及していなかった頃。今では各局で放送されている男性同士のラブストーリードラマの企画書を、20代の頃は積極的に出していたというが、「やっぱりなかなか通らなかったですね」といい、「定年までに何かできればいいなと、今から思えば悲観的モデルに基づいた未来予測をしていました」と話す。
白川氏が、社会が大きく変化したきっかけと考えているのが、2015年に渋谷区と世田谷区が同性パートナーシップ制度を導入したこと。20代はバラエティ制作、30代半ばまで情報番組のプロデューサーを担当していた白川氏が2017年に報道局へ異動すると、ニュース番組で性的マイノリティに関する話題がたびたび取り上げられるようになっていた。
こうした状況に「“今ここだったらできるかも”と感じ、このテーマに取り組みたいという思いが改めて生まれたんです」と自分の中の思いが再燃。
「社会部の記者として取材する時に、マイノリティ当事者の方がカメラの前で勇気を出してお話ししてくれているのに、同じく当事者である自分が“大変なんですね”なんて他人事のようにウソをつくことは絶対に耐えられなかったので、LGBTQについて学ぶ社内研修の進行役を志願して、その冒頭で自分がゲイであることを200名ほどいた社員の前で公表しました」
この公表には、社会の変化に加え、「やはり先輩として谷生俊美さん(グローバルビジネス局スタジオセンタープロデューサー)がトランスジェンダーであることを公表して、社内で堂々と働いている姿に背中を押された側面もあります」と打ち明ける。
報道局に異動して「今ここだったらできるかも」と動き出してから7年。全社横断的に展開する今回のキャンペーンが実現できたことは、「すごくいい形になったなと思います」と感慨深い様子。「“多様性”をテーマにしたキャンペーンは、民放テレビ局では初めてだと思います。グローバル企業に比べると、まだまだですが、自分たちとしては一歩ずつ進んでいけているのかなと思っています」と手応えを述べた。
○入社20年で日テレ社内に感じる変化
入社して20年という歳月で、日本テレビに身を置いて“一歩ずつ”進んでいる点は、どのように肌で感じているのか。
「それはもういっぱいありますが、個人的にすごく感じるのは、仕事場の中で自分のパートナーの話を自然な流れでできるようになったのが大きいです。例えば、教育に関する企画の話をしていて、男性の社員が“うちの妻が教師なんだけど、こういう課題があると言ってたよ”みたいな発言をするのは自然なことですが、僕は公表するまでそういうことができなかった。もっと砕けた場で、交際している人について聞かれてウソをつくこともあったのですが、今はそんな必要もなく交流できているのが、些細(ささい)なことですが、すごく感じている変化です」
一方で、「性的マイノリティに関していうと、より多くの方が公表したほうがいいとは全く思っていません。日テレの人は“LGBTQ”という言葉を見たら、谷生さんと白川の顔が浮かぶというくらいに身近に感じてくれるようになってありがたいのですが、その先には、目の前の人が、見た目には分からなかったり、明かしていなかったりする様々なマイノリティ性があるかもしれないという感覚を持ってコミュニケーションが進んでいくようになるといいなと思います。僕に対して“白川、どんな女性が好みなの?”と聞いてくる人はもうさすがにいませんが、大多数の“男性に見える人”に対しては、まだそういうコミュニケーションが当たり前にあると思うので、それが次の一歩かなと思いますね」と、さらなる進化に期待を示した。
●白川大介1981年、大阪府生まれ。04年に日本テレビ放送網へ入社し、『ザ!鉄腕!DASH!!』『ZIP!』などの番組制作に携わる。17年に報道局へ異動し、社会部記者を経て、報道番組『news zero』でカルチャーを担当。21年には生配信番組『Update the world』を企画し、社会の価値観のアップデートを目指した。現在は報道局プロデューサーとして、『news zero』やカルチャー分野のニュース配信に関わりながら、社長室サステナビリティ推進事務局で多様な人材の活躍と共生に向けての活動を行っている。

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