室井慎次メインでシリーズ再開へ 『踊る大捜査線』はドラマをどう変えたのか

2024年3月27日(水)11時0分 マイナビニュース

●当初は「ヒット作」と言えないレベルだった
18日夜、『踊る大捜査線』プロジェクトが今秋に再始動し、新作映画の公開が明らかになった。その内容は柳葉敏郎が演じる室井慎次がメインの物語で、プロデュース・亀山千広、脚本・君塚良一、演出・本広克行とおなじみのスタッフが集結。すぐに「踊る大捜査線」というフレーズがX(Twitter)のトレンド入りするなど、ネット上は盛り上がりを見せている。
同作は1997年に放送された織田裕二主演の連ドラからスタートし、98年、03年、10年、12年に映画が公開。その他にもスペシャルドラマやスピンオフ映画なども含め、数多くのシリーズ作が制作されたが、それでも12年ぶりの再始動はコンテンツとしての相当な質と影響力がなければ成立しないだろう。
あらためて『踊る大捜査線』は何が支持され、どんな影響力を持つ作品なのか。テレビ解説者の木村隆志が掘り下げていく。
○“昭和の刑事ドラマ”の印象を一掃
97年に放送された連ドラは世帯視聴率(ビデオリサーチ調べ・関東地区、以下同)10%台後半に留まり、当時の基準としては「ヒット作」とは言えないレベルだった。しかし、最終話に初の20%台を記録するなど尻上がりのフィニッシュだったほか、業界内で「面白い」という評価を得たことなどが映画製作につながり、その後のシリーズ化につながっていく。
では、なぜ序盤から中盤まで盛り上がりが今一歩だったのか? その理由は「これまでの刑事ドラマとは一線を画す作品だった」から。『踊る大捜査線』は、『太陽にほえろ!』(日本テレビ)、『西部警察』(テレビ朝日)、『あぶない刑事』(日テレ)などの昭和から続いてきた刑事ドラマの象徴的なシーンをことごとくカットした異色の作品だった。
主にカットされたものは、刑事と犯人が銃を撃ち合う銃撃戦、逃げる犯人を刑事が追うカーチェイス、刑事ごとにつけられたあだ名、「犯人=ホシ」などの定番用語。いわゆる“刑事ドラマっぽいもの”をカットした代わりに警察のリアルな実態を描き、特にそこで働く人々の人間模様にフォーカスした。だからこそ序盤では「思っていた刑事ドラマとは違う」と戸惑う視聴者がいるなど、いきなり人気に火が点かなかったのだろう。
同作が支持を得た最初のポイントは、等身大で人間味あふれる登場人物たち。正義感と愛きょうを併せ持つ青島俊作(織田裕二)、定年間近のベテラン刑事・和久平八郎(いかりや長介)、トラウマを抱えながらも勇ましい女性刑事・恩田すみれ(深津絵里)、腰が低い東大卒のキャリア組・真下正義(ユースケ・サンタマリア)、笑いを誘う上司のスリーアミーゴス(北村総一朗、斉藤暁、小野武彦)、冷徹に見えて熱さを秘めた室井慎次(柳葉敏郎)ら、魅力たっぷりのキャラクターが視聴者を引きつけた。
さらに警視庁を「本店」、所轄署を「支店」と呼ぶなど、一般企業に置き換えて自分事のように考えやすい描き方が視聴者の共感を加速。青島、和久、すみれらへの愛着は強くなり、室井の魅力が伝わり始めたころから視聴者の思い入れは急速に増していった。
●恋に走らず“お仕事ドラマ”を確立
そして忘れてはならないのは、刑事ドラマの概念を覆したことで、視聴者に「知らない世界を見る楽しさを感じさせた」こと。実際、事件解決よりも警察組織の描写に重きを置いた『踊る大捜査線』を見て「警察組織がどんなものなのかを知った」という視聴者は多く、2000年代以降に刑事ドラマが量産化・細分化していくきっかけを作った感がある。
連ドラの放送当時、まだ連ドラの主流はラブストーリー、若者群像劇、ホームドラマ、ミステリーあたり。職業にスポットを当てて掘り下げた作品は少なく、刑事ドラマも前述したようにリアルよりエンタメを優先させたものに留まっていた。
だからこそ『踊る大捜査線』は警察組織をリアルに描くことで、「視聴者に知らない世界を見る楽しさを感じさせる」という“お仕事ドラマ”の流れを作ったと言っていいのではないか。つまり、「新たな刑事ドラマを見せた」だけでなく、「さまざまな職業のリアルな実態を描く“お仕事ドラマ”を本格化させた」という先導役になっていた。
もう1つ視聴者から好評だったのは、『踊る大捜査線』が結局、恋愛要素に頼らず本題を貫いたこと。当時は人生における恋愛・結婚が占めるウェイトが重く、ラブストーリーではない作品でも主人公のそれが描かれるのが当然だった。
織田裕二、深津絵里、水野美紀……とそろえば恋の三角関係を思い浮かべる視聴者は多く、放送が進むたびにそれを求める声もあったが、制作スタンスはブレることなく終了。青島がすみれや雪乃(水野)を守るシーンがあっても、そこから恋愛関係に発展するような展開はなく、リアルな警察組織を描き続けた。
最近では2022年放送の『ミステリと言う勿れ』(フジ)が「久能整(菅田将暉)と風呂光聖子(伊藤沙莉)の恋愛要素はいらない」と原作漫画の脚色に批判が集まったことが記憶に新しい。『踊る大捜査線』は、その25年も前に「恋愛要素を入れない」という決断をしていたことにあらためて先見の明を感じさせられる。
○放送外収入で稼ぐスキームを確立
あらためて振り返ると、『踊る大捜査線』の影響力を最も感じさせられるのは、「連ドラを映画化して稼ぐ」という新たなビジネススキームを作り出したことだろう。
当時、民放主要4局はゴールデン・プライム帯だけで毎クール4〜5作程度の連ドラを手がけていたが、基本的に「最終話を放送したらおしまい」という形。まれに連ドラの続編が制作されるのみで、「視聴者の反応が良い作品でもそれを生かさない」という、ある意味で淡泊なビジネスを続けていた。
その点、『踊る大捜査線』が見せた映画化のインパクトは強烈。当時は録画機器の浸透や発達が進んで視聴率が獲りにくくなり始めたころだけに、映画化による放送外収入の獲得はテレビ業界に衝撃を与えた。「連ドラを映画化するくらい簡単でしょ」と思うかもしれないが、当時の興行収入は“邦画30%・洋画70%”程度の偏った割合。邦画公開とヒット化のハードルが高い中でのチャレンジだった。
『踊る大捜査線』の成功を受けて、映画化を視野に入れた連ドラの企画・プロデュースがジワジワと拡大。その後、ゴールデン・プライム帯に留まらず『モテキ』(テレビ東京)など深夜ドラマの映画化も進み、現在もその流れは続いている。
そんな「局の看板ドラマで稼ぐ」というビジネススキームは2010年代後半に入ると映画に留まらず、動画配信サービスの有料会員獲得に直結した。イベントやグッズなどのビジネス展開も含め、もはや放送収入の低下は避けられない中、「稼げるコンテンツで多角的に稼ぐ」というスタンスが令和の今につながっている。
映画『交渉人 真下正義』『容疑者 室井慎次』などの「愛されている登場人物を生かしたスピンオフでも稼ぐ」という戦略も含め、『踊る大捜査線』の前後で連ドラのビジネススキームが大きく変わったことは間違いないだろう。これほど業界と視聴者の双方に大きな影響を与えた連ドラ発のコンテンツは過去にないだけに、今秋の映画に限らずその先もシリーズの続行が期待できるのではないか。
木村隆志 きむらたかし コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。雑誌やウェブに月30本のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』などの批評番組にも出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』など。 この著者の記事一覧はこちら

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