野村萬斎「狂言という文化を受け継ぎながら、どう生きていくか。その精神を『ハムレット』と共に息子・裕基に継承して」

2024年3月29日(金)12時29分 婦人公論.jp


「猫背を習得してみると、そのほうが声が出やすくなるという利点もあって。今は年齢を重ねたせいか、狂言の舞台でも首が前に出てきたかな、という気がしています(笑)」(撮影:岡本隆史)

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演劇の世界で時代を切り拓き、第一線を走り続ける名優たち。その人生に訪れた「3つの転機」とは——。半世紀にわたり彼らの仕事を見つめ、綴ってきた、エッセイストの関容子が聞く。第27回は狂言師の野村萬斎さん。第3の転機は今だと語り、「萬斎のおもちゃ箱」や映像作品など、新たな挑戦を始めているそうで——。(撮影=岡本隆史)

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<前編よりつづく>

病弱という初めて演じる役柄に


萬斎さんはまた、井上ひさし作品『藪原検校(やぶはらけんぎょう)』や、『シャンハイムーン』にも出演している。

——ええ、『藪原検校』はものすごいエログロ作品で、盲人が殺しや女犯をなど、悪の限りをつくす芝居ですけどね、それを僕は嬉々としてやって(笑)、再演までしましたからね。

その後『シャンハイムーン』では魯迅を演じましたが、それまで僕はどちらかと言えばオイディプス王にしても藪原にしても、強い生命力のある演じ方に慣れていました。蜷川さんからそんなふうな演技術を学んだこともあって。

しかし魯迅は病弱という初めて演じる役柄。そこではまず、猫背にならなきゃいけない。僕はストレートネックでしたから、それが大変でした。

でも猫背を習得してみると、そのほうが声が出やすくなるという利点もあって。今は年齢を重ねたせいか、狂言の舞台でも首が前に出てきたかな、という気がしています(笑)。能・狂言の世界には「四十、五十は洟垂れ小僧」という言葉があることはあるんですけどね。


筆者の関容子さん(左)と

父から自分、そして息子へ


2023年は萬斎さんが演出する二つの舞台があった。シェイクスピアの『ハムレット』と、オペレッタの『こうもり』。特に前者では、能がかりの先王の亡霊の扱いと、狂言仕立ての旅役者の趣向が際立つ演出だった。

——ああ、そこが僕の演出の特徴ですからね。お能というのは亡霊専門劇ですから、亡霊のリアリティは得意とするところ。怨念とか情念を伝えるものだという意味で、こっちはプロですからね。

そして旅一座のくだり。あそこはどのプロダクションでもいつもうまくいかずにダレるんですよ。ちょうど『ハムレット』の中盤に出てきて、芝居の背骨となる場面なんですね。そこをどう面白く、かつメインのストーリーにつなげていくかを一番考えましたね。

批評家の中にもそこを指摘される方はいなかったので、そう言っていただくのはありがたいです。

喜歌劇の『こうもり』は、看守のフロッシュ役が上方落語の桂米團治さんだったので、三幕だけの出演じゃもったいないなと思ってね。最初から活動弁士のように登場させて、「バカですねぇこの人たち」って、一つの批評性を持たせる役割にしたんです。

時々中央に出てきて歌ったり踊ったり、そういう自由度も入れて。おかげで大いに盛り上がってましたね。

多彩な活躍の連続で。では第3の転機となるのは……。

——今、ですかね。世田谷パブリックシアターの芸術監督も、Eテレの『にほんごであそぼ』も20年やって、一応区切りがつきましたから。今、石川県立音楽堂の邦楽監督をしているんですが、今度はオーケストラを自由に使えるんですよ。それで「萬斎のおもちゃ箱」ということで、また次々面白いことをやっていこうと思ってます。

それと、やっぱり映像の仕事はやりたいなと思いますね。去年、初めて映画監督をしたんです。WOWOWの「アクターズ・ショート・フィルム」といって、役者に短篇映画を監督させる企画で、『虎の洞窟』という、中島敦の『山月記』を元にした映画を作りました。

中島敦と言えば、以前に演劇として、父が李徴という虎になる男をやって、僕が『名人伝』の紀昌を演じましたけど、この間の金沢では僕が李徴で、息子が紀昌を、つまり一つずつ代送りしたんです。

『ハムレット』も無事に代送りなさいましたね。

——やっぱりまぁ、父もいろいろな演劇に参加してきましたけど、僕のほうがもう一つ突っこんだところまで来ているし、その精神を息子に伝えたいなと思う。

それがこれからの能狂言のあり方、アップデートの仕方というか、この世の中で狂言という文化を受け継ぎながら、どう生きていくかを考えることにつながるんじゃないかと。外と交わることで己を知るという意味でも、今回『ハムレット』の継承ができてよかったと思っています。

これからも野村家三代のご活躍に注目して参りたいと思います。

婦人公論.jp

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