安野モヨコだけが知る夫・庵野秀明<仰天のお風呂事情>とは…「結局トータル3時間近く費やしている。謎に女子力が高い」

2024年4月2日(火)12時15分 婦人公論.jp


<『監督不行届』第参話より>

漫画『ハッピー・マニア』で人気を博し、その後の作品『シュガシュガルーン』では第29回講談社漫画賞を受賞するなど、数々の名作を生み出している、漫画家・安野モヨコさん。そして、安野さんのパートナーはアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の監督・庵野秀明さん。このクリエイティブなご夫婦は一体どんな生活を送っているのでしょうか。安野さんは、夫のある行動を知り「最初はドン引きしたし、なんなら結婚を後悔した」そうで——。

* * * * * * *

お風呂おじさん


著書「監督不行届」のなかに風呂場でウルトラマンごっこをする監督の描写がある。

一応コミックスの最初に「この物語はフィクションです」などと銘打ってあるが
何を隠そうあの部分に関しては事実である。
まあ、全く隠せてないけど。
もちろん他に人がいるような場所ではご迷惑をかけるのでやらない。
「今大浴場に誰もいなかったからウルトラマンごっこしてきた」
頭からほかほかと湯気を出しながら部屋に帰った監督から
報告を受けたのが最初だったように思うが、程なく実際に目にすることになった。

「浴槽におけるウルトラマンごっこ」は
広く浅めの浴槽かプールというロケーションが整ったときにのみ発生する事案である。

水着を着て入る温泉スパで寒い時期だったために貸切状態になった時や
個室露天風呂が思いのほか広々していた時などに

湯煙の向こうでドシャーンバシャーン、ザザザ…と音がして
ふとみると1人で戦っているおじさんがいる。

もちろん私に見せるためではない。
本気で自分1人で記憶通りに再現してみている、といった方が近い。
最初はドン引きしたしなんなら結婚を後悔したものだが
慣れてくると「今日も元気でよかったね」という気持ちで部屋の中からビールの入ったグラスを傾ける。
するとそれを目視で確認、軽く頷いてまた自分の世界へと没入。
というのが大体の流れである。

たまに銭湯行けばいい


監督がお風呂に入らないのは島本和彦先生の「アオイホノオ」などでも
描写されているのでご存知の方も多いだろう。
というより昔からそのすじでは既に有名な話で、ひどいときには何ヶ月もお風呂に入らなかったらしい。

結婚式のときに来てくださった宮崎駿(みやざきはやお)監督がいかに庵野が風呂に入らないか、という話だけを延々とスピーチして花嫁の私は穴があったら入りたい気持ちで聞いていたのを今でもたまに思い出す。

肉や魚を食べないので体臭がほとんどしないのだが
あまりにも風呂に入らないでいるとさすがに
部屋が鶏小屋の臭いになっていた、と樋口真嗣(ひぐちしんじ)監督がNHKのドキュメントで話していたがその話は付き合い始めた当時関係各所から幾度となく聞いたものである。

私も付き合い始めたときまず監督の家のお風呂が壊れていて
使えなかったことに驚いた。
直さないのかと聞くと銭湯に行くからいいという答えだった。

一瞬ジムのシャワーとジャグジーを使うので自宅のお風呂は使わないという人たちのことを思い浮かべたが
そういう人たちはお湯溜めたり掃除したりが面倒だから
メンテナンスも料金に含まれているジムで入浴してるだけだ。

むしろお風呂好きで清潔感にも気を配ってるタイプが多く
監督の「家のお風呂は壊れたままでたまに銭湯行けばいい」っていうのとは
なんというか全く違う。

その頃監督が住んでいたマンションは
かなり古い「文化住宅」と呼ばれていたようなもので
配管自体が腐敗してどうこうなる状態を通り越していた。
住人もまばらで確か監督の住んでる部屋の隣も下も空き部屋だった。

お風呂場はタイル貼りの懐かしく可愛らしいものだったけど
いかんせん水が流れない。
少しでも流すと床に水が溜まったままになるので掃除もできない有様だった。

なので泊まりに行った時などは一緒に近くの銭湯に通っていた。
昔の漫画に出てくる大学生の同棲カップルみたい、というのも恥ずかしい。
年齢は28と40の立派な大人である。
最初の頃こそ物珍しさもあって楽しかったけれど毎回通うのは結構面倒ではあった。

時間の概念からも解放されて


しかもその時気が付いたのだが監督はお風呂が長い。

例えば入るときに8時に出ようと言って入ると
私の方はいつもみたいにのんびりしないでちゃっちゃと洗ってあったまったら
出て髪乾かしてお手入れして身支度してジャスト8時!
という感じで飛び出すのだが監督の姿はそこに無い(泣くところ)。

湯上がりで道端に立っているのはなんとなく心許ないもので
いつもより長く感じてしまうのかもしれないがそれにしたって遅い。
10分20分と待つ間に

「こんなに長くお風呂で一体何をやってるんだろう。
監督、お風呂嫌いなのかと思ってたけど…
これって逆に好きなんじゃないの?」

そのような疑念がむくむくと湧いて来ていた。

一般的には女性の方が時間がかかるため温泉などでも出口にある待合所では
浴衣の男性が手持ち無沙汰で待っている様子を見かけたりするものだが
うちはまたしても逆。

私自身は時間に余裕があって誰にも気兼ねのない状態なら長風呂を楽しむけど
誰かと約束していたり混んでいたりすると時短モードで入る。
銭湯で、出る時間を約束している場合はそれにあたるので残り時間を見ながら
ちょうどに仕上がるように入る。
この場合そこまで深いリラックスには至らないままとりあえず洗ってとりあえず温まって出てしまう。

一方監督は…想像ではあるが
お風呂の世界に解き放たれた瞬間から時間の概念からも解放されて
自分の気持ちの赴くままにのんびりゆっくりあったまる。
たまにしか入らないのですごい丁寧に体を洗う。
その後またゆっくりあったまる…

というようなことをやっているのではないかと思う。
芯からお風呂を楽しむことにかけてはどちらが良いかは明白である。

汗が引くまで「パルムタイム」


そんなわけで結婚して、お風呂が完備されている私の自宅に一緒に住み始めたら
監督はむしろお風呂が大好きなんだと気がついた。

一旦入ると2時間前に永久凍土から帰還したのか?
って思うくらい延々とあったまっている。

その結果上がってすぐパジャマでも着ようもんならビッシャビシャに汗をかくし
一回乾かした髪ももう一回シャワー浴びたんか?というくらいに濡れてしまう。

バスローブを買って用意しておいても
警戒心が強いので見慣れぬものには袖を通さない。


監督はむしろお風呂が大好きなんだと気がついた(写真提供:Photo AC)

結局いつも1時間から2時間お風呂に入り、その後汗が引くまで
「パルムタイム」(パルム食べて涼みながらのメールチェック)。
結局トータル3時間近くお風呂に費やしている。
相変わらず謎に女子力が高い。

ただ、そのように時間をかけるから当然
忙しい時などは入る余裕がなくなってしまう。

だったらお風呂に入る時間をもう少し短くして
そこまでほっかほかに温まらないで出ればいいんじゃないの?と
何度言ったかしれないが
一旦入ると全てを忘れてしまうシステムらしい。

漫画にも描いたように最初の頃こそ
放っておくと1週間ほど入らないこともあったけれど
年々その間隔が短くなってきていた。
そしてこのたびのコロナ禍が始まってからは完全に毎日お風呂に入る人となった。

それが毎回長風呂なので
ときどき心配になって中で倒れていないか覗きに行くのも日課となった。

お風呂は命の洗濯


今やっている仕事の内容で行き詰まっていたり
悩むこともある。
行き詰まった部分の絡まった糸を解くように
少しずつ分析してどこがからまり始めなのかを考える。

からまり始めの糸口が朧(おぼろ)げながら見えて
爪の先でほんの一ミリにも満たない糸の先をつまめたか?
って思った瞬間に話しかけられると私自身も
「あ、今捕まえたと思ったのに…」ってなるから

いつ話しかけていいかわからない。

だからそっとドアを閉めて部屋に戻る。

監督は湯船に浸かって茹で蛸(ゆでだこ)みたいになって
いろんなものが汗になって溢れて出て流れていくまで
お風呂から出てこない。

お風呂は命の洗濯よ、というミサトさんに
嫌なこと思い出すことの方が多い
とシンジくんは言っていた。

あれはどちらも真理ではないかと思うことがある。

湯船に浸かってぼーっとしていると忘れたと思っていた
記憶の中に沈んだ嫌なことや、失敗などが汚れみたいに浮かんでくる。
あまり辛いとそのまま飛び出してしまったりもするが
じっと見つめながらまた湯船に浸かる。
それすらも流れていってしまうほど長く温まって汗を出す。
それは確かに洗濯に近い。

雨の泥道にスライディングしたシャツやパンツも
綺麗に洗ってアイロンをかけ、畳んでしまえばきちんと引き出しに収納できる。

心についた嫌な記憶や辛い思い出もシャツの汚れと同じように洗濯してしまえば良い。
忘れることができなくても
綺麗に洗濯して畳み、順番に収納しておくだけでだいぶ違う。
次に取り出した時は、
「あー、こんなんあったな〜」
って思えたりするから。

ところで監督は今映画のロケで地方のホテルにいる。
電話で話していた時にふと
「お風呂に入った?」と聞いてみた。

すると
「このホテルは大浴場がある。
でも他のスタッフもいるから無理だな…」
と、若干残念そうだった。

「ウルトラマンごっこできないのか〜」と答えると
「何度も言うけどあれはウルトラマンではなくウルトラセブンなんだ」
と説明された。

私もお風呂に入るたびにそれをきれいに忘れるシステムらしい。

※本稿は、『還暦不行届』(祥伝社)の一部を再編集したものです。本文の体裁は書籍掲載時のままとなっています。

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