小島慶子さんが『徹子の部屋』に出演。離婚を約束した夫との現在を語る「夫婦リセットか、続行か。いま心は揺れて」

2024年4月3日(水)11時0分 婦人公論.jp


「子育てユニットとしての役割が終わったら、解散の方向でいこう。その予定だったのが、コロナ禍にあって私の中にほんの少し、変化が生まれました。」(撮影:清水朝子)

2024年4月3日の『徹子の部屋』に、タレントでエッセイストの小島慶子さんが出演します。家族でオーストラリアに移住、その後訪れたコロナ禍により、小島さんが戻れない日が続いたそう。その間にあった家族、そして自身の変化とは——。コロナ禍の只中で聞いた、小島さんの思いを聞いた『婦人公論』2020年11月24日号の記事を再配信します。
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家族が暮らすオーストラリアに帰ることができないまま10ヵ月。長男の卒業式に出られず、次男には身長を抜かれた。コロナで会えなくても、家族は成長する。ならば、「解散」を宣言した夫との関係はどうか──(構成=田中有 撮影=清水朝子)

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存在の大きさに気づかされた


家族と暮らすオーストラリアのパースと東京を行き来して、6年になります。これまでは2〜3ヵ月ごとに往復していたのが、新型コロナウイルス感染症の影響で、今年の1月からずっと東京暮らしです。その間に長男は高校を卒業し、中学3年の次男は、私を追い越すほどに背が伸びました。息子たちや夫とは、もう10ヵ月近くビデオ通話だけのやりとりに。「大変だけど、みんなで一緒に乗り越えよう」と、移住したばかりの頃のように鼓舞しあっています。

ただ、夫と私は2年前から「エア離婚」状態にあります。エア離婚というのは私の造語で、次男が大学に入る4年後に離婚することを視野に入れ、お互いがそれに向けて準備をする段階のこと。現在は私が経済を支え、夫が家事と子育てを担当する役割分担が実によく機能しています。

子育てユニットとしての役割が終わったら、解散の方向でいこう。その予定だったのが、コロナ禍にあって私の中にほんの少し、変化が生まれました。自分が、そして夫が、コロナで死ぬかもしれないとリアルに想定したら、思った以上に私にとって夫の存在は大きなものなんだな、と気づいたのです。

「エア離婚」の奥にある深い溝


そもそも、「こんな人とは老後を過ごせない」と私からエア離婚を突きつけはしましたが、夫は気持ちの安定した、穏やかでとても優しい人です。出会って20年、私がどんなに辛辣に言いつのっても決して激昂しません。息子たちも「パパは一生懸命、僕たちの面倒をみて家のことをやってくれるよ」と言います。

もし今、彼と死別してしまったら、もう子どものこまやかな思い出を話しあえる人はいないのです。家族として、私はあまりにも多くのものを彼とシェアしてしまっていました。

とはいえ、彼はこれまでで最も私を苦しめた人でもあります。長男が生まれた直後、「妻が子どもにかかりきりで構ってくれない」と拗ねて、歓楽街で女性をモノのように消費。それが原因で私は健康を害し、さらに不安障害を発症し、不安定な精神を抱えたまま、仕事と子育てに身を削りました。

夫の懇願もあって離婚を思いとどまった私は、「彼があんなことをしたのも自分が悪かったから」と、ものの見方を無理やり歪めました。つらい記憶にフタをしたのですが、夫が仕事を辞め、私が大黒柱となって出稼ぎ生活を続けるなかで、精神的な限界に達したのです。

弱い立場にある無関係の女性のことは人間扱いせず、帰宅すればそしらぬ顔で妻に優しい良い夫をやっていた二面性が心底恐ろしかった。フラッシュバックに苦しみ、死を思う夜もありました。

パースに戻ったときに、夫と、当時14歳と10歳の息子たちを前に、家族会議を開きました。わが家ではもう性教育は一通り終えていて、女性の人権についても説明していました。それでも多感な年齢の彼らに対し、父親の愚行や両親の関係の危機をあからさまに示すという、かなり酷なことをしたと思います。私は、単なる家庭内の不祥事ではなく、父親の行為は女性蔑視であり、それに無自覚であってはいけないことをどうしても息子たちに伝えたかったのです。

彼らは懸命に考えたうえで「それでもパパが好き。家族の形はこのままがいい」と言いました。しかし夫はうなだれて「うまく言えないんだ」と言うだけ。私は深く絶望しました。そして、子育て終了後の離婚を念頭に置いて今から準備を進めよう、と心に決めたのです。

2年かかって夫がエア離婚に同意しても、私は彼に問い続けました。なぜあんな、女性をモノと見なすような行為ができたのか。夫の答えは「若い頃によく見ていた深夜番組のせいだと思う」。絶句しましたが、日本の多くの男性の実感かもしれません。差別感情と向き合おうとしない男性が息子たちを日々養育していることに危機感を覚えました。家族会議をした以上は、夫が自らの過ちから学んだことを息子たちに語るのが重要だと思いました。

ここ数年、何度夫とこの話し合いをし、どれだけの参考資料を送ったことか。けれども彼の反応は通り一遍の「読みました」とか、「申し訳ありません」。謝罪のことばではなく、あなたの考えが聞きたいのだと言い続けました。

コロナ禍が広がる直前の今年の1月、一家でタスマニア島に旅をしたのですが、二人でいるときにその話になり、夫は「まだ考えがまとまらないんだ」と逃げました。「16年も経つのに? 考える勇気がないんでしょう。そんな人は尊敬できない。お願いだから離婚して」と突きつけたら、彼はポロリと涙をこぼしました。胸が痛んだけど、なし崩しにしたくはありませんでした。

そうして苦しい気持ちを抱えて東京に帰ってきて、パンデミックで家族に会えなくなったのです。

はじめて理解してくれた


ところが半年近くが経ったとき、夫に変化が表れました。7月に、アメリカの女性議員オカシオ・コルテスが、彼女を議場で公然と侮辱した男性議員の「自分には妻や娘もいる。女性差別主義者ではない」という弁明に敢然と反論。「あなたがしたことは、自身の妻子を含むすべての女性への性差別を容認する行為だ」と理路整然と述べ、支持を集めました。

そのスピーチの動画を夫に送ったら、初めて真っ当な返事が来たのです。「自分は無知だった。自分の行為を正当化して、女性差別に加担していたことが、よくわかった。息子たちにも話す」と。

驚きました。やっと理解できたのか。それならと、男性が書いた「男らしさの呪い」についての記事を送ると、また自分のことばで感想が返ってきた。嬉しかったです。私は夫が内省から逃げ回って、何も学ぼうとしない姿勢がイヤでたまらなかったんだと気がつきました。

もちろん、これで一気に「じゃあエア離婚も解消ね」とまではなりません(笑)。ただ、変わっていく彼となら生きられるかもと思ったのは事実です。

男なんてみんなそんなものだ、でいいのか


そもそもエア離婚という考え方自体が、幅広くさまざまな可能性を含んでいます。基本的な着地点は、子育てが終わる4年後に法的に離婚して関係をリセットすることです。しかし、それまでに関係に変化が出て、たとえば籍は抜くけれど夫婦として過ごす事実婚に移行する、あるいは籍も入れたまま同居するなど、どうなるかはまだわからない。

夫は現在専業主夫であり、私が扶養しないとなると、仕事を探さなくてはなりません。それが難しい場合、夫婦としての情愛からではなく、《人道的に》彼を扶養し続ける可能性もあります。私はまだ夫を完全に赦(ゆる)したわけではないので、経済的に立場の弱い夫に対してモラハラ的になってしまうかもしれないと、自分が怖いのです。

私のことを、ものごとを真剣にとらえすぎて、適当に流すことができない人間だ、と笑う人もいます。男なんてみんなそんなものだという人も。もっと《大らかな》妻だったら、ここまで思い悩まず、自分も夫も楽なのでしょう。

でもそれでいいのか? と思うのです。それでいいと思わされてきたけど、よくないよね? って。夫だけではなく多くの人に刷り込まれている男性優位の価値観や、女性を性的なモノのように扱う習慣を、もうなくしたい。若い女性たちに同じ苦しみを味わわせたくありません。

これも愛なんだろうか。ずっと夫のことを考えて


近い将来、家族のかたちがどうなるかについては、息子たちともよく話しています。この間は「ママ、誰か好きな人いるの?」と長男に聞かれました。「そんな余裕はないよ。ママは馬車馬のように働かなきゃならないし、仕事は楽しいし。それよりも、パパに好きな人ができるといいな」と返事をしました。正直、もう色恋にはうんざりです。

もしも今、彼の弱さも含めて丸ごと愛してくれる女性が現れたなら、私は肩の荷を下ろせるだろうなという思いがあります。もちろん息子たちは、なんで両親は仲良くしてくれないんだよって、つらい思いをしていることでしょう。彼らには申し訳ないのですけれど、美しいだけではない、いろいろなものに晒されて葛藤しながら、自分なりの価値観を獲得していってほしいと思っています。

先日、長男の高校の卒業パーティがありました。レンタルのスーツでおしゃれにキメて出かける直前、自宅の庭に立った長男を夫が撮影し、引っ越してきたばかりの6年前に同じ場所で写した彼の写真と並べて、送ってきてくれました。

「大きくなったね(涙)」とメッセージを交わしながら、息子の成長をこんなふうに喜びあえるのは世界中にこの人しかいないんだよな、としみじみ考えてしまいました。このまま夫が、苦しみながらも彼なりにものを考え、人間として成長していくのなら、一緒にいるのも悪くないかな、という気がしてくるのです。

これまで経験したことがないほど長く、家族と離れて過ごしながら、私はこうしてずっと夫のことを考えています。これも愛なんだろうか(笑)。2024年の春先には何らかの結論を出さなくてはなりません。時間はたっぷりあるように見えて、あっという間に過ぎ去ってしまう。ともあれ、コロナ禍によって、悩み揺れる貴重な機会が与えられたと思っています。

※本記事は、『婦人公論』2020年11月24日号の記事「夫婦リセットか、続行か。いま、心は揺れて」の一部を改変しています

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