1990年代台北の群像悲喜劇「カップルズ」4Kレストア版に映る、人を壊すもの・生かすもの…エドワード・ヤン監督もう一つの傑作

2025年4月22日(火)11時0分 読売新聞

「カップルズ」4Kレストア版=(C)Kailidoscope Pictures

 公開中の「カップルズ」4Kレストア版は、都市・台北を舞台に数々の傑作をのこしたエドワード・ヤン(楊徳昌、1947〜2007年)監督・脚本による1996年の悲喜劇のデジタル修復版だ。90年代の台北で交錯する、若者と年上世代、台湾人と欧米人、そして、男と女が織りなす群像劇。約30年前の映画にもかかわらず、鮮烈、切実に胸に迫ってくる。(編集委員 恩田泰子)

製作当時の台北のありようを濃縮

 エドワード・ヤン監督がのこした映画は、7本と4分の1(長編7作と、4話構成のオムニバス「光陰的故事」の1編)。台北という都市を舞台に、変わり続ける世界とそこで生きる人間の相克をさまざまな形で描いた。映画作家としての評価は、時を経るほど強固になっていて、日本でも、傑作中の傑作「牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件」(1991年)など、監督作のデジタル修復版での再公開が行われてきた。

 「カップルズ」4Kレストア版は、2023年、台湾の映画・視聴覚文化センター(Taiwan Film and Audiovisual Institute)が完成させた。製作当時の台北のありようを濃縮して見せる映画だが、ただよってくるのはノスタルジーではない。「牯嶺街」に主演したチャン・チェン(張震)ら、ヤンの薫陶を受けた台湾の若い俳優たちと、フランスの同世代女優ヴィルジニー・ルドワイヤンのアンサンブルも見ものだが、彼ら彼女らは役を演じるというよりは、役をみずみずしく生きている。

台湾の若者たちとフランスから来た少女

 この群像劇の中心となるのは、新世代の不良4人組。物語は夜の台北、彼らが(たぶん)当時流行のナイトスポット、ハードロックカフェへ向かうところから始まる。

 店で幅をきかせている欧米人や金回りのいい台湾人に、4人は面従腹背。隙あらばつけこんで金をまきあげようとしている。得意の手口はニセ占い。

 リーダー格の策士レッドフィッシュ(タン・ツォンシェン/唐徒聖)、占い師「リトルブッダ」役のトゥースペイスト(ワン・チーザン/王啓讃)、見眼麗しいモテ男ホンコン(チャン・チェン)、英語をたしなむ新入りルンルン(クー・ユールン/柯宇綸)の4人は、そこそこうまくやっているようだ。

 そんな中、新顔の美少女マルト(ルドワイヤン)が店に現れる。愛する英国人男を追って無鉄砲にもフランスからやってきたのだが、先行きは暗そう。コールガールの元締めをしている外国人女が早くもマルトに目をつける。機を見るに敏なレッドフィッシュは、マルトを自分たちの「持ち駒」にして分け前に預かろうと画策する。

ゲームがゲームでなくなる

 4人組は、リッチな俗物たちに一泡吹かせるべく悪だくみを実行する。最初のうちは、まるでゲームにでも興じるように。

 その様子、途中までは単純に面白い。豊かに発展したようでいて、本質的には空虚な現代社会をかき回す、若いトリックスターたちの冒険を見ているようなスリルも味わえる。

 話し方も振る舞いも精いっぱい背伸びしたレッドフィッシュをはじめ、4人組の一人ひとりがそもそも魅力的。多額の負債を抱えて失踪したレッドフィッシュの父親の行方を追うチンピラやくざの間抜けっぷりもおかしい。

 だが次第に、ゲームはただのゲームではなくなっていく。

 レッドフィッシュは、ある作戦に「復讐」を絡ませる。彼は、かつて富豪だった頃の父親に憧れていて、今度は自分がのし上がる番だと気負ってもいる。だが、金がもの言う世界の構図はそう簡単には変わらない。本気になる。でも、大抵のゲームは、のめりこめばのめりこむほど負けが込む。何も変わらない、変えられない現実に、耐えきれなくなる時がやってくる。突然に。

慟哭、銃声、明滅する光

 思えば、この映画のプロローグは象徴的な気がする。そこで映しだされるのは、4人組が乗った軽トラックと、それを追うチンピラのスクーターの、夜の道での緩いチェイス。このままずっと同じように走っていくのかと思っていると突然、眼前でクラッシュが起きる。

 この映画では若者たちも突然クラッシュする。ある者は立ち上がれなくなる。ある者は歯止めがきかなくなる。何でもないような顔をしていたけれど耐えられなくなる。慟哭(どうこく)、銃声、明滅する人工的な光が、記憶に焼き付く。

 どれだけの人がこんなふうに壊れていったのだろう。いつまでこんなことが続くのだろう。90年代の台北を描いたこの映画に描かれていることは、現在のあらゆる都市において、まったくもって未解決。そのことを知りながら、緩慢に走り続ける21世紀の住人たち、すなわち観客の目をも、この映画はひらく。今なお切実なストーリーをもって。そして、生硬で純情な人間の悲鳴を真空パックをしたような、あまりにもみずみずしい描写をもって。

 ただし、この映画は絶望だけでは終わらない。終幕では、金がもの言う世界のパワーゲームに見切りをつけた者たちに訪れるささやかな幸福の光景を見せる。好きな人にちゃんと口づけることのよろこびを描く。そこはやっぱり台北なのだけれども、この場面には、地に足つけて生きている人たちの気配がちゃんと一緒に映っている。

 人は何を手放し、何をつかまえておくべきか——。時を経ても観客を強くひきつける本作を見れば、エドワード・ヤンの評価がますます強固になっている理由が感じられるだろう。

 ◇「カップルズ」4Kレストア版(原題:麻將/英題:Mahjong)=1996年/台湾/120分/字幕翻訳・石田泰子/配給:ビターズ・エンド=東京・日比谷TOHOシネマズ シャンテ、シネマート新宿ほかで公開中

ヨミドクター 中学受験サポート 読売新聞購読ボタン 読売新聞

「台北」をもっと詳しく

「台北」のニュース

「台北」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ