リアルな冊子「ZINE」にハマる若者たち、SNSにない魅力とは…各地でイベント・書店に専用棚
2025年5月6日(火)11時23分 読売新聞
多くの若者でにぎわった「ZINEフェス東京」(東京都台東区で)
個人や少人数のグループで制作する小冊子「ZINE(ジン)」が人気だ。自由度が高い自己表現のツールとして、制作に取り組む若者が増えている。各地で販売イベントが開かれているほか、大手書店で専門の棚を設ける動きも出てきた。(大郷秀爾)
興味共有、フェスも開催/「紙媒体は自由にデザインできる」
全国各地の公園遊具を撮影した写真集や、弁当の具材について食べる順番を調査した結果をまとめた冊子、実際には存在しない架空の出来事をつづったエッセー——。4月5日に東京都台東区で開かれた販売会「ZINEフェス東京」は、約350組(約500人)の出展者と多くの来場者でにぎわった。
東京理科大の4年生(23)は今回、個人として初めて出展した。青春をテーマにしたジンは、「青春の味」や「青春を表す色」などを記入した友人らの履歴書に自身で撮影した写真を添え、ファイルでとじたもの。「人間は一人ではなく、周囲の人たちすべてによって構成されていることを表現した」と説明する。
カメラマンの男性(37)は、飲食料品を紹介するジンを作るサークル仲間と参加。「ジンを介して様々な趣味を持つ人と出会える点が面白い。出会いをきっかけに新しい作品が生まれることもある」とやりがいを語る。
フェスを企画したシェア型書店「ブックマンション」(東京都武蔵野市)の中西功さんによると、初開催は2021年3月。好評だったため、年々開催地を増やし、今年は北海道や福岡県など約30か所で開催予定という。「名産品をまとめたご当地ジンが登場したり、地域を超えた交流が生まれたりして、着実に愛好者が増えています」と話す。
ジンの名称は欧米のSFや音楽ファンが制作していた冊子「fanzine(ファンジン)」に由来するとされる。個人的な興味関心で作られ、決まった体裁もないため、紙を折っただけの簡素なものから、しっかり製本されたものまで様々ある。
国内では15年ほど前から20〜30代の若者を中心に注目されるように。近年はジンを取り扱う書店も増え、「広島 蔦屋書店」(広島市)では、専用コーナーに常時200種類を並べる。同店の江藤宏樹さんは「作者の熱量や独自の視点があり、世界の面白がり方を教えてくれる点がうけているようだ」と話す。
ジン制作の魅力とは何か。自身もジンを制作する編集者の平田さんは「自分の『いいね』を形にすることで、自己肯定につながる。販売すれば、興味関心を共有する人とつながり、評価も得られる」と説明する。
さらに、紙媒体の利点も指摘。「ウェブ上では画一的な規格に縛られるが、紙のジンは内容も外観も自由にデザインでき、人となりが反映しやすい」という。
編集者で出版物の歴史に詳しい大正大教授(メディア・出版論)の仲俣暁生さんも紙媒体の特性に注目する。「SNSに慣れ親しんでいる若者世代は、不特定多数に対する情報発信のリスクを十分理解している。部数や入手先が限定されたジンは、つながりたい人とつながるための信頼できるコミュニケーションツールとして受け止められている」とみる。
「自分でも作ってみたらどうですか」。取材中に度々誘われた。作り手と受け手の垣根の低さ、新しい仲間を歓迎するオープンな姿勢こそがジンと、それを取り巻く人たちの魅力なのだろう。
作る人を支援する場も
ジンを作りたいという人を支援する場もある。
平田さんが運営する書店「DIY BOOKS」(兵庫県尼崎市)は24年5月、約2か月間で企画から、執筆、印刷会社への入稿など完成までの一連の流れを学べる講座を開設した。これまでに20〜30代の女性ら計約50人が受講。販売会などで制作に興味を持った人が多いという。
見た目を左右する印刷を手助けするのが、「ZINE FARM TOKYO」(東京都武蔵野市)。色合いに特徴があり人気の印刷機「リソグラフ」を有料(会員制)で使うことができる。
利用者の一人で、フランクフルトやワンタンメンなど食べ物をテーマにしたジンを手がける、埼玉県のデザイナー伊藤奈緒さん(36)は「味わいのある作品づくりに役立っている」と話す。