『トラペジウム』がキラキラしているだけじゃない、新感覚のアイドル映画になった7つの理由

2024年5月12日(日)20時5分 All About

「乃木坂46」の1期生・高山一実による小説をアニメ映画化した『トラペジウム』が5月10日より公開中。本作はいい意味でキラキラしているだけじゃない、新感覚のアイドル映画であり、「主人公の性格が悪い」ことも大きな魅力。(※画像出典:(C)2024「トラペジウム」製作委員会)

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5月10日よりアニメ映画『トラペジウム』が公開中。原作はアイドルグループ「乃木坂46」の1期生・高山一実による、累計発行部数30万部を達成した大ヒット小説です。

1:アイドルの経験者でないと書けない、『【推しの子】』ファンにも推薦したい内容に

まず、本作は「アイドルの経験者でないと書けない話」だと思える内容に仕上がっています。何しろ、キラキラしているだけじゃない、むしろ「邪道」とさえ言える、だけど「リアル」でもある、アイドルを目指す少女の「生き様」が描かれた映画だったのですから。
アニメとしてのクオリティも確かなもの。制作スタジオは『ぼっち・ざ・ろっく!』(TOKYO MXほか)や『SPY×FAMILY』(テレビ東京系ほか)などの人気作品を手掛けるスタジオCloverWorks。音楽がかかる(歌い出す)シーンでの鳥肌の立つような感動は、2023年に公開され絶賛の嵐となった『BLUE GIANT』(現在はAmazonプライムビデオやNetflixで見放題配信中)にも引けをとりません。
新進気鋭の声優・結川あさきや、ボーイズグループ「JO1」の木全翔也らボイスキャストの演技も見事。MAISONdes(メゾン・デ)とVtuberの星街すいせいによる主題歌もバッチリとハマっています。
94分というタイトな上映時間でまとまった青春物語としての完成度も高く、アイドルが好きな若い人はもちろん、そうではない人にも大推薦。同じく、アイドルの世界を暗い側面も含めて描いた漫画およびアニメ『【推しの子】』(TOKYO MXほか)が大ヒットをしている今、より幅広い層に届いてほしい内容です。
予備知識がいっさいなくても楽しめる作品ではありますが、ここからは内容に触れつつ、『トラペジウム』がなぜここまでの「新感覚のアイドル映画」かつ、「胸をえぐるような作品」になったのかの理由を解説していきましょう。

2:“東西南北“から美少女を探す「仲間集め」の物語

あらすじはシンプル。女子高生が「“東西南北“の美少女を集めて、アイドルグループを結成する野望」に執念を燃やすというものです。彼女は半島地域の東に位置する高校に通っており、他の3つの方角の高校へと足を運び、かわいい女の子と友達になろうと画策します。その「仲間集め」をする前半部分は『七人の侍』チックでもあり、個性豊かな(またはアクが強い?)かわいいキャラクターたちは、とっても魅力的に映ることでしょう。
また、「印象のいいボランティア活動をしておく」といった主人公の計画は、アイドルを目指すにしては周りくどくて不確かで、「なんでそんな方法を?」「1人でオーディションに挑めばいいじゃん」と思うかもしれませんが、それに対しての明確な答えが用意されていることも見どころだったりします。少女たちが友達を作り、青春を謳歌(おうか)し、同じ目標に向かって突き進む。それだけなら平和で朗らかな、それはそれで癒されるガールズムービーになりそうなところですが……そこには「不穏さ」も見え隠れしているのです。

3:主人公の性格が悪い。だけど、それだけじゃない。

その不穏さが見え隠れする1番の理由は、端的に言って主人公の性格が悪いこと。いや、どちらかと言えば、物語が進むにつれて、主人公の身勝手さ、言い換えればエゴ、それどころか「狂気」さえ見えてくることが、本作の見どころです。そもそも、主人公が仲間集めをする根本の理由は「世間からの注目を集めるアイドルグループを結成する(自分自身がアイドルになるため)」であり、そのために美少女たちと友達になろうとしている、もっと言えば彼女たちを「利用している」とさえ取れる行動をします。
それでも、そういう打算的な考えは抜きにして、主人公は自身がかわいいと思った女の子と友達になりたいと心から願っているようにも見えますし、誘われた彼女たちそれぞれも(モチベーションは低いようでも)アイドルになるのをまんざらではないと思っているフシもあります。
だけど、そこには全く単純ではない、「嫌悪感」を含んだ複雑な感情が交錯していることが、会話の端々から伝わってくるでしょう。

4:「夢」が、恐怖や狂気をまとう「現実」へと変わる瞬間

例えば、主人公は「かわいい子を見るたびに思うんだ、アイドルになればいいのにって」「私はみんなをアイドルにしたい。そのためのきっかけを作りたい」などと自分の考えを語っています。しかし、彼女は自身が声をかけた美少女たちが、同じようにそう考えているのかを十分に確かめないまま、自身の計画に巻き込みます。自分の考えを“押し付けている”とも言えるでしょう。
そして不穏な空気は、ある一点ではっきりとした「恐怖」として顕在化します。下手なホラー映画よりも怖いその瞬間は、人によっては主人公を嫌いになってしまいかねない、もはやトラウマ級といっていいものでした。
それでも、主人公の「私が選び抜いたメンバー。私の目に狂いはなかった。私たちが、東西南北が、本当のアイドルになるために。私がみんなを、もっともっと輝かせてみせる」という「夢」が、やがて狂気をまとう「現実」へと向かうことから、決して目をそらさないでほしいのです。

5:「アイドルの幻想」をいい意味で打ち砕く

「アイドルって、有名になって、ちやほやされて、うらやましいよな」と、妬ましさも含みつつ、そのように思ってしまう人は多いでしょう。しかし、この『トラペジウム』の物語はその「アイドルの幻想」をいい意味で打ち砕いてくれます。「注目されること」がいいことばかりではない、葛藤や苦悩も本作でははっきり描かれているのです。前述した主人公の「エゴ」や「狂気」もその1つでしょう。
こうした青春ものやサクセスストーリーでは、主人公たちの「外」にある出来事を「立ちはだかる壁」として置くことがよくありますが、本作では主人公たちの「内面」の問題の方を主軸にしています。
もちろん、その内面の問題が現実のアイドルにそのまま当てはまるわけではないでしょう。しかし、似たような葛藤や苦悩を抱えているのかもしれないと、自身の「推し」のアイドルや誰かに想像を働かせてみる、考えてみるきっかけを与えてくれるのは、本作の大きな意義です。
また、「主人公を嫌いになってしまうかもしれない」「アイドルの幻想が打ち砕かれる」という容赦のない作品のバランスは、もちろん意図的なもの。それは賛否両論を呼ぶ理由でもありますが、「見る人を傷つける可能性がある」ことにも向き合った作り手の誠実さそのものだと、筆者は捉えています。

6:モノローグを最小限にした映画の工夫の数々

原作小説からして、主人公はアイドルのみならず、さまざまな事象に対してクールでドライな考えでいて、その極端さに笑ってしまいそうになったり、なるほど正論だと思えるところもあって、それこそが面白い作品でした。原作と違い、本作ではそうした辛辣(しんらつ)なモノローグは最小限にとどめられ、「映画」としての演出や工夫が凝らされていることも美点でしょう。
例えば、映画冒頭の(原作でも描かれた)主人公の「電車の中での位置」が、とあるショッキングな場面との対比となっているのが見事です。
また、主人公のお母さんのとある言葉も、原作とは異なる、映画オリジナルのもの。小説ではモノローグで示された主人公の成長と後悔、はたまた普遍的な「間違ってしまった人」へ寄り添う優しさを、映画では違う形で示してくれたことに感動しました。
さらに、クライマックスの「場所」も原作と異なっています。クールでドライな原作の雰囲気ももちろん面白いのですが、今回の映画は、(主人公のイヤな面を抑えることなく)よりエモーショナルかつ万人に響く内容へと、見事なチューニングが行われていました。
ちなみに、原作者である高山一実は、長期にわたる映画制作の中で、脚本や音楽などに幅広く携わり、スタッフ・クリエイターの協力のもと、映画作品としての『トラペジウム』を新たに再構築したのだとか。
篠原正寛監督、脚本担当の柿原優子、その他のスタッフの力が大きいのはもちろんでしょうが、『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』に続き、「原作者がガッツリ関わってこそのクオリティ」は、本作に間違いなくあるのです。
映画と小説版と見比べてみるのも、きっと面白いでしょう。映画で飲み込みづらく感じたポイントがあるのであれば、小説の文章できっと「補完」もできると思いますよ。

7:キラキラしているだけじゃないけど、星のように光り輝いた瞬間もあった

もちろん、物語は主人公を観客に嫌いにさせたまま、アイドルの幻想を打ち砕いたまま終わるはずがありません。
言ってしまえば、本作は「どんな経験も自分の“糧”にできる」という、アイドルを目指す少女に限らない、普遍的な教訓を与えてくれる物語でもあり、それ以上の希望をも示してくれているのです。主人公の行動原理はやはりエゴそのものですし、誰かが悲しくつらい思いをした事実は残ります。だけど、そういった経験もまた、その人の、または他の人のこれからの未来につながる。もしくは、誰かのための行動が、(誰かにとっての不幸につながることもあれば)もっと大きな幸福につながることもある。それはなんと大きな希望でしょうか。
また、主人公はこうも言っていました。「初めてアイドルを見たとき思ったの。人間って光るんだって」と。
タイトルの『トラペジウム』とは、オリオン座の中にある四重星の名前で、4つの星を結んだ形から「不等辺四角形」の意味も持っているそうです。
トラペジウムは、劇中の4人の少女たちの立ち位置そのものを示しているとも言えますし、彼女たちそれぞれがまるで星のように、それこそ「スター」として「光った」瞬間も、この映画の中には確かにありました。
キラキラしているだけじゃないアイドルの物語だけど、彼女たちが星のようにキラキラと光り輝いていた時もあるし、その光はこれからの未来につながる。そう思えることは、この映画を見た人にとっても、きっと財産になると思うのです。
そんなふうに、感動の理由がたくさんありながらも、完全にいい話なだけに終わらせないのが本作。主人公がやっぱりイヤな部分を見せる、いや「ふてぶてしさ」も意図的に打ち出していて、それはもう「あなたはそれでいいよ!」とすがすがしく思えた部分でもありました。
やはり、いい意味で「主人公の性格、めっちゃ悪いな!」なところも含めて、この『トラペジウム』を楽しんでください。
この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「CINEMAS+」「女子SPA!」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。
(文:ヒナタカ)

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