体操女子で57年ぶりの五輪メダル、子役として活動したことも…村上茉愛(28)が引退後に指導者になった“切実な理由”

2025年5月18日(日)12時10分 文春オンライン

 東京五輪の体操女子種目別ゆかで銅メダルを獲得した村上茉愛(まい)さん(28)。体操女子個人でのメダルは、日本史上初のことだった。現在は史上最年少で日本体操協会の体操女子強化本部長を務めるなど、後進の育成に尽力している。


 村上さんに、女子体操界が抱える問題点、男子チームや海外勢との間に感じる“差”、今後の展望について話を聞いた。(全3回の1回目/ 続き を読む)



村上茉愛さん ©松本輝一/文藝春秋


◆◆◆


スポーツ界最年少で体操女子の強化本部長に就任


——2024年11月に日本体操協会の体操女子強化本部長に就任されました。強化本部長はナショナルチームを強化する最高責任者です。


村上茉愛さん(以下、村上) 昨年9月から募集があったので、思い切って応募したんです。書類選考とプレゼンテーションがあり、そして面接を受けました。


ーー28歳での就任は、史上最年少ですね。


村上 2021年10月に引退してからは母校の日本体育大学でコーチをしていたので、周りからの勧めもあったんです。背中を押されて、何か体操界の力になれるのであれば挑戦してみたいなと。


——ご自分では評価されたポイントはどこだと思いますか?


村上 「オリンピックの舞台で、日本体操女子が団体でメダルを獲る」。これが私の夢であり目標です。そのための綿密な強化戦略を作成しました。そこを評価していただいたのかもしれません。


 自分が大切にしたのは「新しさ」です。経験豊富な方だと、思い切った改革に二の足を踏んでしまうこともあるかと思います。「村上なら、これまでの慣例に囚われずに柔軟な発想が出来るんじゃないか」って、そんなことを期待していただけたのかもしれません。あとは選手と年齢が近いこともプラスになると思いますね。


女子体操界の重い扉をこじ開け、メダリストに


——村上さんは2017年の世界選手権のゆかで金メダルを獲得。2021年の東京五輪ではゆかで銅メダルを獲得しました。女子体操の五輪メダル獲得は1964年以来*と、実に57年ぶり。女子体操界の重い扉をこじ開けました。メダリストとしての経験も生かせますよね。
*1964年の東京五輪では女子団体が銅メダルを獲得


村上 そこも私としては大切にしたい点です。特にメンタルケアについては、経験者だからこそ寄り添える部分があると思います。


——そもそも、なぜ指導者の道に進まれたのでしょうか? 


村上 東京五輪が終わった時に、この経験を自分のものだけにせず、体操界に伝えていきたいと強く思ったんです。五輪の代表合宿の時に、私が24歳で最年長でしたけど、みんなにアドバイスしたり教えたりするのがなんか楽しいな、って。そして、みんなで一緒にメダルを獲りたいと考えるようになったんです。


かつては子役として活動したことも


——村上さんといえば子役としても活動されていました。発信力もありますし、タレント活動などの選択肢もあったのではないかと……。


村上 子役をやっていたのも体操のためだったので、芸能活動に積極的なわけではなくて。でも、こうしてインタビューを受けたり、テレビに出演させていただいたり、私が表に出ることで体操を注目してもらえることは大変ありがたいなと思っています。


 ただ、私が今しかやれないことって何だろう、って考えると、やっぱり「日本体操女子を強くしたい」ということが最優先だったんです。そのための最短ルートを選んだつもりです。


 あ、でも、引退を決めたとき、ずっと指導して下さった瀬尾(京子)先生に「コーチになりたい」と相談したら「意外」と言われましたね(笑)。


体操女子が「世界から後れを取っていた」理由


——日本体操男子は「お家芸」と言われるほど強いのに、女子は村上さんがメダルを獲るまで、50年以上の空白がありました。低迷の原因はどこにあると思われますか?


村上 まず一番はDスコア(演技内容の難しさ)、Eスコア(演技実地の完成度)共に足りていないということ。言ってしまえば技術力不足です。さらにはフィジカルやメンタルの面でも世界から後れを取っていたと思います。


——フィジカルの問題というと、どういった部分でしょうか。


村上 日本人女性の身体的特性を言い訳にしたくはないけど……。やっぱり、欧米の選手と比べれば、脂肪、筋肉、身長などで差がありますよね。ただ、「だから仕方がない」というのではなく、体づくりを強化すればそのハンデはクリアできるはずです。


 さらに近年は、演技の美しさや質がより重要視される傾向にある。これは日本の強みを生かせるし、追い風にもなるはずです。


最大の問題は「すぐにやめてしまうこと」


——メンタル面についてはどうですか?


村上 あくまで私が思うことなんですが……。小さい頃、女の子は男の子より「危ないよ」って言われて育った子が多いんじゃないかなと思うんです。そういう潜在的な意識が、いざ体操で思い切った動きをしようとするときに、ストップをかけてしまうんじゃないかなと。あと一歩のところで、差をつけられてしまう。


——女子選手は早くに競技を離れてしまう傾向にもありますよね。


村上 そこがこれまでの最大の問題だったと思いますね。才能のある選手が現れたと思った途端、すぐにやめちゃう。長く続かないから経験や知見が受け継がれない。だから長い間トップに辿り着けなかったんではないかと。


ポテンシャルの高い選手の引退を何度も見てきた


——男子と女子での練習環境の違いはあるのでしょうか。


村上 トップカテゴリーはほぼ平等ですね。ただ、素質はあるのにトップに行くまでに挫折してしまう選手が、女子の方が多い傾向にあるんじゃないかなと感じています。


 難易度の高い技に挑戦しようとしても、なかなか成功しないと「私には無理」と諦めてしまう。そしてこれ以上上手くなれないと見切りをつけてしまうんです。「もったいないな」と思う選手が引退するのを何度も見てきました。


——指導者として、そんな選手たちをどう率いていくのでしょうか?


村上 私はモチベーターになりたい。だから、すぐに答えを言うのではなく、選手自らが考え行動に移せるような指導をしていこうと思っています。選手にはタイプがあって本能で動く野性的な選手、あるいは感覚を大事にする人、理屈で納得する人……。それぞれに合せた言葉がけをするつもりです。


感覚を言語化することの壁に「ぶち当たっています(笑)」


——体操は瞬時の判断の連続。トップ選手だった方は指導者になってから感覚を言語化するのに苦労されている印象もありますが、村上さんはいかがですか?


村上 まさに今、その壁にぶち当たっています(笑)。私が現役の時は、自分の頭の中に自分の体があって、それを操っているような感覚で動いていました。でも今は、指導する選手の体を自分の頭の中に入れ込まなくてはならない。頭の中に3人いるというか……。


 頭の中にいる選手の体を、さらに頭の中の自分の体に落とし込んで、それをカンペキに操れるようになれば、的確なアドバイスができるようになるんじゃないかと思っています。


——「指導する選手の体」「自分の体」「体を操作する自分」の3つが頭の中にいる、と。


村上 言っていること、伝わりますかね? こういうことを言うと選手にも「は?」とか言われてしまうんですけど(笑)。


種目別ではなく、団体の強化を目指す理由


——(笑)。そもそも、種目別でメダルを狙うのではなく、なぜ団体の強化を目指すのですか?


村上 団体でメダルが獲れるような強化をした方が、個々の選手の能力の底上げが出来るんです。もちろん、4種目それぞれのスペシャリストを育てるという方法もありますが、ただそれだと一人が失敗したときに取り返しがつかなくなりますよね。プレッシャーがかかる五輪のような大舞台では、ミスは少なからず起きます。それよりはオールラウンダーを育てた方が勝利の確率は高まります。


——なるほど。


村上 それに、団体だとチームのために頑張るというモチベーションが湧き、実力以上のパフォーマンスを発揮することもあるんです。皆が同じ方向を向いて、「自分のミスはチームのミス」「チームのミスは自分のミス」という考えが生まれるまでに融合すると、個々のパフォーマンスもグンと引きあがっていくんですよ。


 これまで体操女子は自分のことで精一杯で、チームに対する意識が薄かったからメダルに辿り付けなかった。私は選手のベクトルを同じ方向にビシッと揃え、その上で技術力を磨いていきたい。


ロス五輪では女子もメダルを狙う


——パリ五輪では男子団体が最後に中国を抜いて逆転金メダルを獲得したのも記憶に新しいです。


村上 理想的だったと思います。みんながチームのために、実力以上の力を出して逆転した。岡(慎之介)選手は個人総合でも金メダルを獲得しましたが、団体の結果の影響は少なからずあったんじゃないでしょうか。団体を強化することで、選手の個々の能力も伸ばしていける。そう確信させてくれましたね。


 時間はないですが、ロス五輪では女子も団体でメダルに挑戦しますよ。


撮影=松本輝一/文藝春秋

〈 性的なコメントに「自分がすり減るような感覚が…」体操・村上茉愛(28)がアスリートへのハラスメント問題に思うこと 〉へ続く


(吉井 妙子)

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