秋野暢子さんが『徹子の部屋』に出演。初孫との日々を語る「65歳でステージIIIの食道がんに。今まで通り生きたくて、生存率30%でも手術より放射線治療を選んだ」

2025年5月19日(月)11時30分 婦人公論.jp


「頭の中がカチッと《治療モード》に切り替わり、口をついて出てきたのは、『どうやって治すんですか?』」(撮影:宮崎貢司)

2025年5月19日の『徹子の部屋』に女優の秋野暢子さんが登場。昨年産まれた初孫との生活や、3年前に食道がんを経験したことで、色々なことにパワフルに挑戦するようになった意識の変化などを語ります。そこで、秋野さんが食道がんの闘病生活を語った『婦人公論』2023年4月号のインタビュー記事を再配信します。
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いつも朗らかで健康的な秋野暢子さんが、2022年6月、食道がんと診断された。闘病の様子をブログで発信、前向きな姿が共感を呼んでいる(構成=平林理恵 撮影=宮崎貢司)

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喉に食べ物が詰まるように


かかりつけのクリニックの紹介で訪れた大学病院。検査を終えて診察室に入ったら、モニターに私の食道の画像が大きく映し出されていました。入り口のところには不自然な膨らみがボコボコと。

「先生、これ、がんですね」

「はい、がんです」

テレビドラマならショックで先生の声すら聞こえなくなるでしょう? でも私は不思議とそうならなかった。なってしまったことを嘆いたってしょうがない。それよりも治すことを考えなくては。

頭の中がカチッと「治療モード」に切り替わり、口をついて出てきたのは、「どうやって治すんですか?」。医師は「ここでは治せないから」と、頭頸部(目の下から鎖骨までの部分)の専門医がいる病院に紹介状を書いてくれました。

数日後、紹介されたがん専門病院へ。私のがんは食道の周りをぐるっと囲むように広がる、ステージIIIの頸部食道がんと確定しました。大きさはなんと4cm!

しかもがんは、ほかにも喉に3つ、食道の真ん中に1つ。合わせて5つの重複がんであることがわかったのです。「厳しい結果ですね。手術で全部取ってしまうことをおすすめします」。それが医師の見解でした。

振り返れば、喉に引っかかりを覚えはじめたのは、2021年の12月。11月に受けた人間ドックの内視鏡検査では何もなかったのに、どうして? そう疑問に思いながらも、耳鼻科を受診したり、整体に行ったり、ハリ治療に通ったり、血液検査をしたり。でも何もわからない。

そのうち喉に食べ物が詰まるようになってきて、さすがにおかしいと、6月にかかりつけのクリニックを受診しました。

ここで内視鏡検査にひっかかったことで、食道がんの確定診断へと至ったわけですが、ここまで来るのに約半年もの期間を費やしてしまったのです。別に放っておいたわけではなく、手を尽くしたにもかかわらず。

見つけにくいがんだったのか。または急激に進んでしまったのか。こんなこともあるのですね。


「生活に制約のある15年を生きるか、もしくは短くなってしまっても、今まで通りの生活をなるべく続けたいのか」

治療の選択に悩んで


治療の選択肢は2つあった。1つは医師からすすめられた、手術による治療。がんが声帯に近い位置にあるので、声帯と食道を全部取り去って、首の中央に穴をあけて気管孔を作り、胃を引っ張り上げて食道を再建するという大手術だった。

そうか、私の病状だと、手術とは声帯を取ることになるのか……。ここで初めて現実に直面しました。私は話すことが仕事です。話せなくなるのは避けたかった。

「先生、なんとかほかの方法で治せませんか」

「うーん、手術で悪いところを全部取ったほうが、再発の心配が少なくなるんだけどね」

そう言いながら、医師はもう1つの選択肢を示してくれました。それは、抗がん剤による化学療法と放射線照射をあわせて行う「化学放射線療法」。この方法なら、声帯も食道も残せるし、体への負担も少なくてすむ。

でも、手術で全摘する場合に比べると、再発のリスクが高くなってしまいます。生存率でいえば5%落ちるのだとか。また、いくら治療しても効かず、どんどんひどくなる人もいる。どういう結果になるのかは始めてみないとわからない。そんな厳しい説明を受けました。

ここでどちらを選ぶのかは、人によってそれぞれなのでしょう。仕事、家族の状況や自身の価値観などにより、判断は変わってきます。では、65歳の「私」はどうしようか。かなり考えました。80歳まで生きるとしたらあと15年くらい。そう考えると、残りの時間は案外短い。

担当医の説明では、手術をすると、泳いだり、肩までお風呂につかったりもできなくなるとのこと。匂いも感じなくなると言われました。さらに、うどんがすすれなくなるらしい。友達にはうどんのことはどうでもいいと言われましたが、関西人としては重要なこと。(笑)

そういう、生活に制約のある15年を生きるか、もしくは短くなってしまっても、今まで通りの生活をなるべく続けたいのか。自分で自分の人生をプロデュースするとしたら、後者を選びたいわと思ったのです。

病院には一人娘と、現場マネージャーである姪が付き添ってくれていました。医師の説明を聞いて、姪は手術してほしい、と。娘には「ママの人生だから、ママが決めるべきだ」と言われました。そこで、じっくり悩んで、翌日、医師に伝えたのです。

「先生、化学放射線療法にかけてみます。大丈夫。きっと私には効くと思います」

この根拠のない「私は大丈夫」という自信。もともと名前の通り、暢気なんです。なんとかなるわ、と思っていました。よく言うじゃないですか。コップにお水が半分入っていたとき、「半分しかない」と考えるか、「半分もある」と考えるか。私は後者です。

だから、医師に「5年生存率は約30%です」と聞いたときも、生存率が10人中3人なら、私は3人に入るはずと根拠なく信じていました。そもそも30%って結構高くない? 野球で3割打ったら首位打者よ、なんて。

<後編につづく>

婦人公論.jp

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