ブラック過ぎる仕事から逃避→気鋭のSF作家に…地元・滋賀に帰ってきたからこそ書けたものとは「かなり実体験を入れ込んだ」
2025年5月28日(水)12時0分 文春オンライン

とんでもなくぶっ飛んでいてとんでもなく面白いサイバーパンク小説集が“爆誕”した。気鋭のSF作家、天沢時生さんによる初の単行本『すべての原付の光』だ。表題作を含む5つの短編が収録されている。
小説を書き始めたきっかけは、「ブラック過ぎる仕事からの現実逃避だった」と天沢さん。その後、2016年に開講された「ゲンロン 大森望 SF創作講座」の第1期生となった。
「愛読していた『ゲンロン』主催に惹かれて飛び込みました。だから、それまでSFというジャンルに特別通じていたわけではなかったんです。今でも自分の書くものが正統派とは思っていなくて……」と語る。
果たしてそうだろうかと収録作を改めて見てみると——原付を乗り回してイキっている中坊を“鉄砲玉(バレットマン)”にして神殺しを企てる不良を描いた表題作に、自然増殖を続ける“超安の大聖堂サンチョ・パンサ”を舞台に人類存亡をかけた攻防戦を繰り広げる「ショッピング・エクスプロージョン」。続く「ドストピア」では地球上に居場所をなくし、場末のスペースコロニーへ落ち延びたヤクザの生き様を綴る。確かに、どれもひねりがきいていて個性的だ。
「最初のうちはアイデア止まりでうまくいかなかったんですが、だんだん自分の持ち味が出せるようになってきて。助けになったのは、講師の大森さんからの『君はカッコいいものを書きなさい』というアドバイスです。もうひとつは編集者からの『ヤン車を書いてみない?』という提案でした」
“ヤン車”とは、不良(いわゆるヤンキー)が乗る車のこと。なるほど欲望のままにカスタマイズされたそれらのフォルムは、サイバーパンクの世界観に通じるものがある。と、すぐに思い浮かべられたのは——。
「コロナ禍の影響で郷土の滋賀に帰ってきたタイミングでもあったからです。僕自身がヤンキーだったわけではないのですが、おかげで、地元で見聞きした体験が創作に活かせることを再認識できました。あれは僕が小説を描いていくうえで大きなヒントでした」
そんなわけで、本書でも滋賀が舞台の作品が多い。4作目「竜頭」の主人公に至っては、一度は疎遠になった幼なじみのもとに毎晩、夢の中で“戻ってくる”。
「かなり実体験を入れ込んだ小説です。故郷って一度離れてこそ見えるものがある。だから書く気にもなる。そういうものなんでしょうね。これからも、滋賀を描く機会は少なくないだろうなと予感しています」
しかし、あくまでSF作家だ。天沢さんにとってSFの魅力は? と尋ねると、「めちゃくちゃやれることです」と笑顔で即答した。
「設定や展開もですが、僕はディテールで遊ぶのが大好き。その制約が最もないのがSFだと思っています。言葉遊びにパロディ、オマージュ。たくさんちりばめているので、それを存分に楽しんでほしいですね。そしてその分、メインストーリーはシンプルにカッコよく。それが信条です」
一方、本書5作目「ラゴス生体都市」の主人公で、禁じられたポルノの復権に命をかけるテロリストの姿からは、現実社会を風刺する反骨精神も窺える。
「それでも上位にあるのはユーモアです。例えば、怒りをそのまま怒りとして表現するより、常に笑いを媒介して伝えたい。それが僕の好きなやり方なので」
実は現在、一般小説も雑誌連載を終えて刊行準備中だ。「当分は、いろいろ欲張って書いていきたいと思っています」と結んだ天沢さん。未挑戦だというSFの長編にも期待したい。
あまさわときお/1985年生まれ、滋賀県近江八幡市安土町出身。2018年「ラゴス生体都市」で第2回ゲンロンSF新人賞を受賞して作家デビュー。19年「サンギータ」で第10回創元SF短編賞を受賞。本書が初めての単行本。
(「週刊文春」編集部/週刊文春 2025年5月29日号)