【インタビュー】是枝裕和監督、『真実』でも魅せた“是枝流”の感動

2019年10月17日(木)7時45分 シネマカフェ

『真実』photo L. Champoussin (c) 3B-Bunbuku-Mi Movies-FR3

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《取材・文:町山智浩

パリに住むベテラン女優ファビエンヌ(カトリーヌ・ドヌーヴ)のもとを、アメリカで脚本家をしている娘リュミール(ジュリエット・ビノシュ)が夫(イーサン・ホーク)と娘を連れて訪れる。是枝裕和監督の『真実』は、全編パリでロケ、セリフはフランス語と英語、ワイルドバンチ製作のフランス映画だ。

しかし、是枝作品のファンなら、すぐに気づくだろう。これは『歩いても、歩いても』や『海よりもまだ深く』などで是枝監督が繰り返し描いてきた「中年夫婦が実家を訪れて母親の嫌味を聞かされる」ホーム・コメディの変奏曲だ。特にカトリーヌ・ドヌーヴの「食えない」母親ぶりは、是枝作品の樹木希林を思わせる(二人は共に1943年生まれ)。


「そうですね。カトリーヌ・ドヌーヴさんに樹木希林さんを感じたという感想はあちこちから聞いて、なるほどと思いました。意識していたわけじゃないんですけども、できあがって観てみると自分でもなんとなく、意地悪な、辛辣なことを言って、でも、それがウェットにならない感じが共通するなと。だからドヌーヴさんが希林さんに見える瞬間があるんですよね」。

ドヌーヴ扮するファビエンヌはフランス映画界に君臨していて、誰も逆らえない。若い監督の映画に出るのだが「あなた、監督さん?」と子ども扱い。それはドヌーヴも同じだ。何しろ、フランソワ・トリュフォー、ロマン・ポランスキー、ジャック・ドゥミー、ルイス・ブニュエル…と世界の映画史上の巨匠たちと仕事をしてきたのだから。

「すごいですよね。そこにラース・フォン・トリアーとレオス・カラックスまで加わるんですから」


ドヌーヴは自分でトリアーに手紙を書いて、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』の役を得た。

「あの年齢でもチャレンジ精神旺盛なんです。彼女は会うと必ず、『あなた、あの映画観た?』って新しい映画の話をするんですよ。去年から今年にかけては、イ・チャンドン監督の『バーニング』とか、『あなた、ジャ・ジャンクーの新作は観た? あれはすごかったわよ』って、必ず彼女のほうから振ってくるんですよ。ちゃんと劇場で観てるんですよ。そのくらい新しい映画作家との出逢いをいち映画ファンとしても非常に大事にしてて、決して老いないんですよ」。


最初は『真実』というタイトルではなかった
ファビエンヌは自伝を発表するが、それを読んだ娘リュミールは「嘘ばっかりね」と指摘する。ファビエンヌが語る映画史的記憶も、どこまでが本当かわからない。この映画のファビエンヌはドヌーヴ自身と重なる部分が多く、どこまでが事実でどこからがフィクションか、虚実皮膜で面白い。

「脚本を作る段階で何度かドヌーヴさんに長いインタビューをさせてもらいました。彼女が最初にお芝居をし始めた時の話とか、娘さん(マルチェロ・マストロヤンニとの間に生まれたキアラもまた女優)との関係とかをいろいろ聞いて、もちろん、そのままではないんですが、脚本に反映させていきました。たとえば『ドヌーヴさんの俳優としてのDNAを受け継いでいる俳優はいますか?』という質問をした時に、『うーん、フランスには一人もいないわ』と答えたのがカッコよくて、セリフにして使わせてもらったり」


そもそも企画段階ではドヌーヴの役はファビエンヌではなくカトリーヌで、タイトルも『カトリーヌの真実』だった。

「でも、ドヌーヴさんから『役名はカトリーヌじゃなくて、私のミドルネームのファビエンヌにして』と言われたんです。『そういうスタンスなのかな』と思いました」。

つまりある程度は自分自身だと。

「『この役は全然あたしとは違うわ』って最初から言ってましたけどね」。


演技スタイルも役そのもの
娘リュミールが「嘘ばかりね」と言うのは、自伝のなかではファビエンヌはいい母親ぶっているが、実際は仕事を優先して、ロクに子育てをしなかったからだ。そのため、娘との関係は今もよくない。また、真面目な娘と、勝手気ままな母親とは性格も合わない。それは娘を演じるジュリエット・ビノシュとカトリーヌ・ドヌーヴの演技スタイルとも重なる。

「ジュリエット・ビノシュは、すごく役作りに時間をかけて、その役の気持ちを理解することにとても神経をつかうのが、彼女の持ち味だと思うんです。だから変更があることに慣れてない。僕が変更点のメモを渡すと『そういうのは、私は二週間前に渡されないと無理なのに』って言われましたよ」。


「でも、ドヌーヴさんはもともと台本読まないで現場来るから(笑)。その日の朝に初めて台本読むから、変更したことすらわからない(笑)。だから、いくら変えても全然OKでした。それは助かりました。ドヌーヴさんはほとんどそのまま現場に来て、その場でセリフ覚えて、瞬間的に役をつかまえるんですよ。準備しないんですよ。ただ、それが非常に的確。役のつかみ方が本当に動物的だけど、ピンポイントでつかんで、一回OK出たら、『今のがベストよ』って自分で言っちゃう(笑)。『今の以上にはできないから、これで終わり』って。仕事してみて、非常に感覚的な人で、面白かった。大変だったけど(笑)」。


ドヌーヴのアイデアを物語に反映
『真実』の劇中劇、ファビエンヌはSF映画を撮影している。ヒロインは持病の関係により、地球外の惑星で過ごしているため、歳を取らず、ある日地球に帰ると娘は70代になっている。その娘を演じるのがファビエンヌだ。

「ファビエンヌの亡くなったライバルが若くして亡くなったことで彼女のイメージのなかではいつまでも歳を取らない、それを重ねてみようかなと」。


ファビエンヌのライバルだった女優サラは若くして亡くなった。娘リュミールは「サラおばさんのほうがママよりも私に優しかった」と言う。それを見ていて思い出すのは、ドヌーヴの姉フランソワーズ・ドルレアックである。ドルレアックは『リオの男』(64年)が世界的に大ヒットし、ドヌーヴとは『ロシュフォールの恋人たち』(67年)で共演したが、その直後に交通事故で亡くなった。

「いや、サラとファビエンヌには血縁関係はないんです。あれはフランス語でマレーヌと言っています(代母と訳される、両親がいない時に世話をしてくれる後見人)。ドヌーヴさんが『フランスには血縁がない叔母のようなマレーヌという存在があるので、それにしたらどうか』とアイデアをくれたんです」


ファビエンヌは演技ではサラに勝てなかった。70歳を過ぎた今でもサラの存在を感じている。それは微妙で絶妙の映像で表現される。

「あれを思いついたのは撮影監督のエリック・ゴーティエで、僕の指示じゃないです。脚本には書いてない。いくつかのシーンで僕はエリックに『サラが見ていることを示すカットを撮りたい』と言ったんですが、それを意識的に、あのように映像にしたのはエリック。脚本はそこまで書いてない。エリックは読み込みが本当に深くて」。

是枝流の“感動”は今回も健在
『真実』の母と娘の葛藤は、意外な感動を迎える。それが真実だったのか、と観客が感動の涙を流そうとすると、その感動が観客に染み入る前に、さらにひっくり返される。そのへんがいかにも是枝タッチである。

「現場で撮影を続けるうちに、ビノシュが『私が演じるリュミールがどこかで能動的に動いたほうがいいと思う』と言ったんです。それで彼女が脚本家であることを活かした最後の展開を思いつきました。あれで真実というものが揺らぐというか、より重層的になっていくから。いや、曖昧にしたいわけじゃないんですが。あのセリフはリュミエールが母親を感動させるために書いただけじゃなくて、リュミエール自身の本当の気持ちだったかもしれない。そういう見え方がするといいかなと」


真実には嘘があり、嘘の中に真実がある。でも、観客はもっとストレートな感動を求めているのでは?

「プロデューサーには『もっと感動を引き延ばせ』と言われましたが、『いや、違う。それはそうじゃないんだ』と説得したんですよ(笑)」。

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