津波で妹を失った女性が映画で訴える過去との離別…「風化はしない、あったことはあったことだから」

2024年12月14日(土)7時3分 読売新聞

佐藤そのみ監督

 「映画作りにかかわりたい」——。宮城・石巻で中学1年だった佐藤そのみさんは15年後、映画監督になっていた。その間、東日本大震災があり、津波で大川小6年だった妹のみずほさんを亡くしている。当時は口にできなかった様々な感情を形にした映画が東京都内で上映中だ。28歳になった彼女は、自分と同じく“震災”に捕らわれ続ける人たちに映像を通して心の解放を呼びかける。(文化部 大木隆士)

映画作りを夢見た少女との出会い

 佐藤さんに最初に会ったのは、震災前の2009年だった。「時のひと」を紹介する宮城県版のコーナーで、「12歳の文学賞」で入選した佐藤さんに話を聞くため、宮城県石巻市の自宅を訪れた。その時は中学1年生になっていた。

 受賞作は「キノコの呪い」。ある日学校に行くと、机の下にキノコが生えていた。切っても切っても増えてきて……。オカルト風な話だが、作者の佐藤さんはおとなしい少女だった。人見知りなのか、取材にも口が重い。ただ、落ち着いて寡黙な様子からは才気を感じた。

 大川小4年でマンガクラブを結成し、6年では文芸係として、詩や俳句、小説を募り、冊子にまとめた。休みの日には父親のお古のデジタルカメラを持って周囲の山を巡り、写真や動画を撮ってもいた。夢は映画作り。お弁当運びとか掃除とか「下働きでも何でも、映画に関わる仕事をしたいんです」、まっすぐな視線で話していた。どんな大人になるだろうと、期待したのを覚えている。

「一度正面から向き合わないと抜け出せない」

 それから2年たち、東日本大震災が起きた。大川小では、児童74人、教職員10人が津波の犠牲になり、妹のみずほさんもその一人だった。悲しみの中、佐藤さんは同小を震災遺構にするための活動に加わりもした。それでも映画作りの夢は変わらず、日大芸術学部映画学科に進学した。

 10分の短編ドキュメンタリーを作る課題で、石巻の様子や被災者の活動を撮ると教師に褒められた。すると、「いいよね」という同級生の声が耳に入ってきた。「そのみさんはそういうテーマがあって、『ずるい』と思っちゃった」

 震災に寄りかからなくても面白い映画を撮るのが本当の才能だと思い、色々な脚本を書いた。でも結局「震災から受けたものが出てきてしまう」。そんな繰り返しの中で、「一度正面から向き合わないと抜け出せない」と覚悟した。

 4年生に上がる前に休学し、アルバイトをして制作資金をためた。石巻に戻ると、出演者を探すため演劇祭に通い、意中の相手には名刺を渡し、連絡を取った。大川小でも撮影を行えるよう、遺族会に直談判した。実際の撮影に費やしたのは、2019年3月の約10日間。夏にも1日追加し、映画「春をかさねて」(45分)を撮りきった。

同じ境遇の幼なじみがボランティアに恋

 14歳の祐未(斎藤小枝)がTVクルーにカメラを向けられているところから、物語は始まる。震災で妹を失った彼女は、記者の質問にきちんと答える。

 祐未は妹の夢を見る。勉強し、妹に恥ずかしくないように生き、震災の経験を語り継いでいこうと誓った。ある日、同じく妹を亡くした幼なじみのれい(斎藤桂花)がメイクをしているのに気づく。東京から来たボランティアの大学生に恋し、おそろいのミサンガを贈るのだという。祐未はそんなれいに嫌悪感を抱く。

 祐未の姿は、周囲の人たちの要素を組み合わせて形作ったが、もちろん自分自身も投影している。間借りした校舎、バラバラの制服、夜に集まって話し合う大人たち——すべて実体験に基づいている。記者に話せても、友達には話せないこともたしかにあった。というのも、家族を亡くした人もいれば、助かった人もいて「切実すぎる話だった。どこまで言ったら傷つけてしまうのかとか、分からなかった」からだ。地域の外から来た人に励ましの言葉をもらっても「本当の気持ちは分かってもらえない、分かってもらうのは図々しいと思っていました」。

 取材され、新聞記事になり、放送される。でもそれは本当の気持ちなのか。取材者の示した“物語”に乗っかっているだけではないか。「違和感というか、(普段の)自分ではない、美しいきれいな自分」だと感じていた。

 「がんじがらめでした。周りが抱く『被災者のそのみさん』からはみ出すことを、絶対にやってはいけないと思っていました」

 そんな気持ちを、祐未に負わせた。何も経験できずに亡くなった妹を思い、「恋人も作らない、結婚もしない」と言わせもした。幼なじみへの反発を超え、祐未は自身と向き合い、本当の気持ちを探っていく。

 「私のようにがんじがらめになっている子供、大人が地元に多い。『こういう考え方もありますよ』と、映画を通じて見せたかったんです」

語りきれなかった感情、ドキュメンタリーに

 とはいえ、語りきれなかった感情もある。そこで映画学科の卒業制作として取り組んだドキュメンタリー「あなたの瞳に話せたら」(29分)で、それらを表現してみた。佐藤さんのほか、大川小の犠牲者の遺族や助かった同級生自身が、亡くなった妹や友達に宛てた手紙を読み、悲しみや喪失感を抱えつつ、前に進もうという気持ちをつづった。

 大川小で亡くなった教職員の遺族や生き残った元児童たちの中には、今も後ろめたさを抱えている人が多いという。でも「『そこから離れて大丈夫ですよ』と伝えたかった」。それが「あなたの瞳に話せたら」に込めた一番の願いだ。

「風化させちゃいけない…そういう言葉がいつも入ってこないんですね」

 2作を完成させ、各地で上映する活動を続け、東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムでも今月から上映が始まった。

 11月には、VIPO(映像産業振興機構)の企画に参加し、プロの制作陣と「震災とは関係ない人間ドラマ」を撮った。「すごく楽しかった。心が満たされ、生きていて一番幸せだったんです。今は続けたいという気持ちになっている」

 小学生の頃は、「キノコの呪い」のようなオカルトやホラーだけでなく、恋愛や、音楽ものなど全ジャンルに興味があった。メロン色の洋服を着てくる女の子「メロンマン」が、「スイカマン」と宿命の対決をする。そんな脚本も書いたと話していた。これからはきっと、監督としてそんな愉快な物語や人間ドラマを生みだしてくれると期待したい。ただそれで、震災から完全に心が離れるわけではないはずだ。

 「『風化させちゃいけない』という気持ちはないです。そういう言葉がいつも入ってこないんですね。私の中では消えることはない。風化はしないから大丈夫。あったことはあったことだから」

 シアター・イメージフォーラムで同時上映中。27日まで。

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