ワグネルが「完全制圧」宣言、バフムートは本当にロシアの手に落ちたのか

2023年5月22日(月)6時0分 JBpress

(国際ジャーナリスト・木村正人)


「20日正午にバフムートを完全制圧した」

[ウクライナ中部クリヴィー・リフ発]露民間軍事会社ワグネル・グループ創設者で「プーチンの料理番」ことエフゲニー・プリゴジンは20日、メッセンジャーアプリ「テレグラム」へ動画を投稿し、ウクライナ東部ドネツク州の激戦地バフムートについて「20日正午に完全掌握した」と宣言した。25日までにロシア軍に引き継いでバフムートから撤収するという。

「バフムート奪取作戦は実に224日間に及んだ。肉弾戦は昨年10月に始まった。バフムートで戦っていたのはワグネルだけだった。ロシア正規軍で助けてくれる部隊はいなかった。ワグネルは自発的に戦争に参加し、領土を解放し、祖国の国益を守った。ワグネルは将官、元警察官、ロシア連邦保安庁(FSB)将校、元服役囚が一つの軍隊として行動している」

「ワグネルを支えてくれたロシアの人たちにありがとうと言いたい。この戦争で亡くなった人たちに感謝する。祖国を守るためにこの機会と高い名誉を与えてくれたウラジーミル・プーチン大統領に感謝する。私たちが戦った相手はウクライナ軍だけではない。ロシアの官僚主義とも戦った。特に一部の軍官僚がそうだ」

 プリゴジンはセルゲイ・ショイグ露国防相とワレリー・ゲラシモフ軍参謀総長を「戦争を自分たちのオモチャにした」と改めて侮蔑した。「彼らは自分たちの気まぐれが戦争で実現すると思い込んでいた。その気まぐれで死傷者は5倍に膨れ上がった。ワグネルは25日から休息と再訓練のため前線から遠く離れた訓練キャンプに引き揚げる」


「ロシアには2つの現実がある。一つは現実で、もう一つはTV用だ」

 プリゴジンは動画の中で、最後までウクライナ軍が抵抗を続けていたMiG-17モニュメント近くの集合住宅を制圧したと主張している。

「国や国民、家族が再びワグネルを必要とする時、戻って来て国民を守る。ロシアには2つの現実がある。一つは現実で、もう一つはTV用だ」

 ワグネルの旗を掲げる兵士の前でプリゴジンはロシア国旗を掲げた。

 文字通り命を削って激戦地で戦ったワグネルと、官僚主義に凝り固まった国防省、ロシア軍、ショイグ、ゲラシモフを対比させるプリゴジンのレトリックをそのまま鵜呑みにするわけにはいかない。これまでにもプリゴジンは武器弾薬不足の原因を国防省と軍になすりつけ、武器弾薬を供給しなければバフムートから撤収すると脅してきた。

 しかし今回、プリゴジンの「バフムート制圧」宣言にロシア国防省は次の通り応じた。

「南部軍管区の大砲と航空隊の支援を受けたワグネル突撃部隊による攻撃行動の結果、アルチョモフスク(バフムートの旧ソ連時代の名称)の解放は完了した」

 プーチンも祝福の声明を出した。

「大統領は解放作戦の完了についてワグネル突撃隊と彼らに必要な支援と側面からの援護を提供したロシア軍部隊の全員を祝福する。功績を残したすべての人に国家賞を贈る」

 タイミング的には広島での主要7カ国首脳会議(G7サミット)に出席したウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領の信用を損ね、西側の武器供与を滞らせるのが狙いだろう。

 では、バフムートの現状はいったいどうなっているのか。


「“バフムート攻略”は早まった報道」

 ウクライナのハンナ・マリャル国防次官はテレグラムでロシア側の主張に異を唱える。

「バフムートで激しい戦闘が起きている。状況は深刻だ。同時にわが軍はリタク地域(MiG-17モニュメント近くの陣地)の防衛を維持している。現在のところ、わが防衛隊はこの地域の特定の工業施設やインフラ施設、民間部門を支配している」

「“バフムート攻略”は早まった報道」

 英国防情報部は20日のツイートで、バフムートの戦況をこう分析した。

「この4日間でロシア軍はバフムートを強化するため、最大で数個大隊を再配置した可能性が非常に高い。これは5月中旬までのドネツク州の町の側面におけるウクライナの戦術的な獲得と、バフムートでの戦闘を継続するワグネルのコミットメントに対する疑念を受けたものだ」

「ロシア軍はウクライナで比較的少数の未使用戦闘部隊を維持していると思われる。今回の再配置はロシア軍司令部のコミットメントを表している。ロシア指導部はバフムート奪取を紛争で一定の成功を主張できる当面の重要な目標とみなし続けているようだ」(英国防情報部)

 バフムートにはロシア軍の精鋭、空挺部隊、機動小銃部隊、特殊部隊が投入された。

 米シンクタンク「戦争研究所(ISW)」はこう指摘する。

「プリゴジンが主張するバフムートの残存地域に対する勝利はたとえ事実であっても純粋に象徴的なものだ。奪取したと主張するバフムートの最後の数ブロックは戦術的、作戦的な重要性はない。ロシア軍が攻撃を継続したり、ウクライナ軍の反撃を防いだりするため特に強力な立場を与えるものではない」


昨年夏以降、小さな都市でさえ攻略できていないロシア軍

 ウクライナ軍は5月10日、バフムートでロシア軍が2キロメートル後退と発表。16日には数日かけバフムート郊外の北と南で20平方キロメートルを解放し、19日には近郊の約4平方キロメートルを奪還したと表明したばかりだった。

 このため、ワグネルが25日までにウクライナ軍の反撃を抑えるのに十分な防御を確立したり、バフムートの獲得地区を強化したりすることは不可能だろうとISWは評価している。

 ロシア軍は昨年夏以降、ウクライナの小さな都市でさえ1つも落とせていない。にもかかわらず、米当局によると、この5カ月間に死者2万人、負傷者8万人を出している。損失の大部分はバフムート周辺で発生した。バフムートは侵攻が本格的に始まる前は約7万人が住んでいた。現在では、ロシア軍に攻略された南部マリウポリと同様、破壊され尽くしている。

 70万人以上の死傷者を出した第一次大戦のヴェルダンの戦い、史上最大の市街戦となった第二次大戦のスターリングラード攻防戦のように、戦争では戦略的にそれほど重要でなくても膨大な犠牲を伴う伝説的な戦いの場となることがある。戦況は刻々と変化する。ワグネルとロシア軍がたとえ一時的にバフムートを掌握したとしても戦争の行方に大差はない。

 ウクライナの壮絶な抵抗に遭い、戦争の目標を「キーウ支配」から「ドンバス完全制圧」に急遽変更したプーチンにとってバフムートは占領地域への水道の要である以上に戦争の象徴だ。ウクライナにとっては西側の武器が届くまでの時間稼ぎとロシア軍をすり潰すための戦いであり、「春の反攻」が迫った今、ロシア軍をおびき寄せる陽動作戦の舞台となった。


「ロシア軍が無人地帯だった場所に進攻しただけ」

 ウクライナ軍関係者は、プリゴジンの「バフムート掌握」宣言に関し、筆者にこう語った。

「“ロシア軍が無人地帯だった場所に進攻した”というだけのニュースだ。ロシア軍はその地域を支配しているが、もともと火力でコントロールしていた地域を出ていない。バフムートは罠に仕掛けられた餌だ。本丸はロシア本土とクリミア半島の“陸の回廊”を分断するメリトポリだ」

「48時間後にどんなニュースが飛び込んでくるか見ものだ」とこの関係者は語った。実際にバフムートで戦ってきたウクライナ兵にインタビューすると「ワグネルがバフムートを完全に攻略した」というプリゴジンの話は全く信用できないことが分かる。

 インターネットテレビのエンジニアだったユーリー(30)は昨年夏に志願兵としてウクライナ軍に入隊、今年4月にバフムートで砲撃から逃れようとして車で味方の装甲兵員輸送車に激突して左腕を負傷した。

「狙撃、砲撃、空爆、白リン弾が雨あられと降ってくる。スナイパーにも2回狙撃された。状況は非常に難しいよ」と証言する。

「詳しいことは言えないが、正面ではなく側面から攻めた。経験豊富な傭兵部隊だった頃のワグネルは手強かったが、傭兵が壊滅して囚人部隊に変わってからは極端に弱くなった。今のロシア正規軍の方が手強いよ。リハビリが終わったら前線に戻る」

 妻イネス(35)と生後4カ月の息子がいるユーリーは表情を変えずに言った。

「恐怖を感じたことがないかだって? 1回だけ感じたことがあるよ。初めてバフムートの前線に行った時だ。それからは頭の中はいつも冷静に保っている。国を守る任務に集中している。ロシア兵を無力化する。感情を持つことが問題を引き起こす」とユーリーは淡々と語った。


サポーター仲間は戦場で散っていった

 ユーリーはクリヴィー・リフのフットボールクラブ「クリブバス」の熱烈サポーターだ。銃を持ち兵士として前線に赴いたサポーター仲間の15人が命を落としている。バフムートで戦う自分の連隊のために無人航空機(ドローン)を調達しようと1週間前にクラブの試合で始球式のキッカーを務め、寄付を呼びかけた。

 ウクライナ・ナショナリストのクウジャ(29)もバフムートで戦った。脳震盪で2カ月前からリハビリを受けており、「回復したら、前線に戻るよ」と言う。ロシアが武力でクリミアを併合し、東部ドンバスの紛争に火をつけてから、ウクライナ・ナショナリズムが高まった。クウジャがナショナリスト団体に参加したのも、郷土愛、祖国愛からだった。


「ロシア軍に戦術はない。ボディアーマーもつけず手榴弾を手に突撃してくる兵士も」

 バフムート南西の激戦地アブディフカで戦うトマショフ(27)はレスリングで11度もナショナル・チャンピオンになった指導者だ。自走式多連装ロケットランチャーBM-27「ウラガン」で集中砲火を浴び、3回も脳震盪を起こしてリハビリ中だ。

「砲撃はバフムートほどではないにせよ、状況は難しい。“肉挽き機”と表現するのが相応しい戦いだ」と語る。

「ロシア軍に戦術はなかった。ボディアーマーもつけず、手榴弾を持って突撃してくる兵士もいる。アブディフカでは兵士の消耗率はウクライナ兵1人に対してロシア兵30人という感じだ。われわれは家族のため、好きな人のため、郷土のため、祖国のために戦っている。しかし彼らは何のために戦っているのか分からないんだ」とトマショフは話す。

 バフムートのウクライナ軍も悲惨な状況だ。ウクライナ軍関係者によると、兵士7人で2リットルの飲料水を分け合うこともある。クラブの熱烈サポーターはボランティアとしてバンに軍民用の食料品や飲料水、医薬品を積み込んで穴ぼこだらけの道を走り、命懸けでバフムートやアブディフカに届けている。家族と郷土と祖国、そして戦う仲間たちのために——。

筆者:木村 正人

JBpress

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