【舛添直言】急速に好転しはじめた日韓関係、さらなる深化が不可欠だ

2023年5月27日(土)6時0分 JBpress

(舛添 要一:国際政治学者)

 新型コロナウイルスの流行も下火になり、諸規制も緩和されたことから、久しぶりに韓国を訪れた。韓国の新聞社が主催するシンポジウムに招待されたからである。日米韓の3カ国の対話を促進しようという狙いで、アメリカからはアル・ゴア元副大統領、日本からは私が講演をし、韓国の経済専門家、在韓米軍司令官もスピーチを行い、活発な議論をした。


関係改善を促す役割果たしたウクライナ戦争

 この機会に、韓悳洙(ハン・ドクス)首相や与党「国民の力」議員で尹錫悦大統領側近の権性東議員とも話をしたが、大統領や岸田首相のイニシアティブで日韓関係が好転しているという認識を共にした。

 日本と韓国とアメリカ三国の関係を考えるときに、とくに日韓関係については2022年に大きな変化が起こった。その変化をもたらした要因として、5つの点を指摘したい。

 第一は、2022年2月24日に起こったロシアによるウクライナ侵攻である。これは、国際法違反の蛮行であるが、NATOなど西側の支援を受けたウクライナ軍が抵抗し、今なお戦争が続いている。

 日本も韓国も、民主主義陣営のメンバーとして、ウクライナ支援に参加しており、両国の連帯を深める契機となった。

 また、他国から侵略された場合、同盟国の支援が大きな役割を果たすことが再認識された。ウクライナは、事実上、NATOの同盟国としての扱いを受けており、戦車や戦闘機まで供与されている。

 日本も韓国もアメリカと同盟関係にあるが、他国に侵略された場合、アメリカのみならず、それぞれ韓国や日本の支援が大いに役に立つ。軍事同盟関係になくても、同じ民主主義陣営のメンバーとして、権威主義陣営と対決するために、連帯する必要をウクライナ戦争が日韓両国民に理解させたのである。


北朝鮮ミサイルに対応するために日米韓の協力は絶対条件

 第二は、北朝鮮の核ミサイル開発が促進されていることである。昨年から、北朝鮮は異常な頻度でミサイル発射を繰り返しており、1年間で発射したミサイルは約100発にも上っている。

 射程も、短距離、中距離は言うまでもなく、アメリカ本土に到達するような長距離のICBM(大陸間弾道弾)まで発射している。新型の「火星17」ミサイルは、射程が約1万5000kmとアメリカ全土を射程におさめる高性能があるが2017年以来5年ぶりに、昨年ICBMの発射実験を行ったのである。

 金正恩は、アメリカを牽制するために、アメリカ本土に到達でき、しかも核弾頭を搭載できるICBMの実戦配備を急いでいる。

 核弾頭の小型化も大きな課題であるが、3月27日に金正恩は「核の兵器化事業」を視察し、戦術核弾頭「火山31」について説明を受けている写真を公開した。実戦配備段階にあることを世界に向けて示したようだ。

 4月13日には、固体燃料式のICBM「火星18」を発射している。

 この危機に対して、日米韓3カ国が協力して対応する必要があり、3カ国による共同軍事演習も行われており、日韓関係改善に貢献している。


台湾有事と経済の要請

 第三は、台湾をめぐる緊張の高まりである。3期目に入った習近平政権は、台湾を中国と統一させることに全力をあげるであろう。習近平は、武力統一という選択肢も排除していない。中国が台湾に軍事侵攻した場合には、米軍は台湾を支援するために出動する可能性が高い。アメリカの台湾関係法(Taiwan Relations Act、1979年4月に制定)によると、米軍の介入は義務ではなく、オプションである。この「戦略的曖昧さ(Strategic Ambiguity)」は、中国を牽制するのに重要な意味を持つ。

 そして、アメリカが台湾に軍事介入した場合には、米軍は、日本や韓国に展開する米軍基地などから出動する。それに伴い、日本の自衛隊や韓国軍は米軍を支援することになる。

 このような台湾有事もまた、日韓の協力関係を強化させると考えられる。

 第四は、民主主義陣営の盟主、アメリカの強い意志である。アメリカは、ウクライナに軍事支援を行うことによって、ロシアと対抗している。アジアでは、北朝鮮の脅威、中国の軍拡と台湾侵攻に備えねばならず、日本と韓国が対立していたままではアメリカの政策は成功しない。そこで、アメリカ政府は、日韓両国に対して、関係を改善するように圧力をかけているのである。

 今や民主主義陣営と権威主義陣営の戦いであり、日本と韓国とアメリカは、自由な民主主義、基本的人権の尊重という価値観を共有する国として協力する必要がある。

 第五は、経済の要請である。新型コロナウイルス感染症の流行もあって、日韓の経済、文化の分野での交流が激減した。安倍政権下の日本で、排外主義的なナショナリズムが高揚し、また、文在寅政権下の韓国で反日ナショナリズムが強化されたために、反韓的日本人、反日的韓国人が増えてしまった。

 その結果、観光客は減り、双方の経済に悪影響を及ぼした。コロナが終息に向かいつつある今、両国で経済交流を再活性化するべきだという声が拡大している。


尹錫悦大統領のイニシアティブ

 以上の要因によって、2022年には日韓関係は大きな転機を迎えたが、5月の尹錫悦政権の発足が、それをさらに加速化させた。

 尹錫悦大統領は、対日関係の修復を図り、アメリカとの安全保障関係、日米韓防衛関係の強化に乗り出した。

 2023年3月6日、韓国政府は、「元徴用工(旧朝鮮半島出身労働者)」訴訟問題の解決策を発表した。

 戦後賠償については、1965年6月には、日韓基本条約が結ばれ、両国間で請求権の完全かつ最終的な解決が図られた。ただ注意すべきは、1965年の基本条約によって、損害を被った個人の請求権が消滅するものではないということである。徴用工訴訟で、原告が、日本政府ではなく、日本企業を相手取っているのはそのためである。

 2018年10月30日、韓国大法院(最高裁)は、新日鉄(現日本製鉄)に対し、原告4人に1人当たり1億ウォン(約920万円)の支払いを命じ、翌月の11月には、三菱重工業に対し元朝鮮女子勤労挺身隊らへの賠償を命じる判決を下した。

 しかし、日本政府は、1965年の国交正常化に伴い締結された日韓請求権協定で、全ての賠償問題は解決済みという方針を堅持している。そのため、被告とされた日本製鉄や三菱重工業は賠償をしていない。

 尹錫悦政権は、解決策として、韓国の財団が賠償を肩代わりする案を提示した。韓国民法の「第三者弁済」を適用するもので、第三者である財団が弁済することになる。ただ、韓国民法では、債務者の意思に反して第三者弁済は行うことができない。そこで、債務者の日本企業が黙示的に同意したとみなすという解釈を採用する。こうすれば、日本企業も大法院判決を受け入れたことにはならない。つまり、日本側の立場も配慮した内容となっているのである。


両国の財界がつくる「未来青年基金」

 この提案と対をなす形で、韓国政府は、日本側の謝罪や日本企業による財団への自発的な寄付を求めている。

 日本は、1989年の小渕恵三首相と金大中大統領による日韓共同宣言などで、「過去の植民地支配で多大な損害と苦痛を与えたことを、痛切に反省し、心からお詫びする」というような表現で謝罪の意を表してきた。岸田首相も同様な内容の発言で応えている。

 また、日韓の財界が協力して、若い世代のための「未来青年基金」を創設し、留学生への奨学金の支給などを行うという。両国の若い世代には、政治絡みのわだかまりはなく、韓国のK-popや日本のアニメへなどへの関心も高く、相互理解が進んでいる。この基金は、まさに未来志向の日韓関係を築く礎となるであろう。

 さらに、日本政府は、2019年に厳しくした韓国に対する輸出管理措置を緩和する。具体的には、半導体素材の輸出規制を解除し、輸出手続きで優遇するホワイト国(グループA)に韓国を戻す。また、韓国はWTO(世界貿易機関)への日本提訴を撤回する。


シャトル外交の再開と日米韓の結束

 3月16日には尹錫悦大統領が訪日し、岸田首相と首脳会談を行い、未来志向の日韓関係を構築することで合意した。アメリカ政府も、この日韓の動きを歓迎している。

 5月7日には、岸田首相が訪韓し、シャトル外交を開始した。ソウルで首脳会談を行い、岸田首相は、「1998年の日韓共同宣言を含め、歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継ぐ」と述べるとともに、植民地時代に「多数の方々がたいへん苦しい、悲しい思いをされたことに心が痛む」と語った。

 また、対韓輸出規制を緩和し、輸出手続きを簡略化できる優遇措置の対象国「グループA」に追加する手続きを進めているとした。

 また福島第一原発処理水の海洋放出を巡って、韓国からの視察団を日本が受け入れることも決まり、視察団は5月21日に来日し、23、24日に現地を視察した。

 このように、日韓双方で関係改善への努力が進んでいる。

 しかし、徴用工問題、歴史認識などで両国間の懸案事項はまだ完全には解決しておらず、官民両分野でさらなる改善努力が不可欠である。そのような問題があっても、若い世代が、音楽、アニメ、漫画などを通じて活発な交流を行っていることは、日韓関係の将来にとっては希望の光である。

 さらには、アメリカ政府が日本と韓国の橋渡しをして、3カ国の連携強化に尽力していることは、とくに安全保障上、大きな変化をもたらしている。3カ国は、北朝鮮、ロシア、中国の脅威に対抗せねばならないからである。

 5月19日〜21日に開かれた広島サミットでは、日米韓の3カ国首脳会談が行われ、協力の強化を再確認した。自由な民主主義という価値観を共有する3カ国の緊密な協力は、アジア太平洋地域の安定に大きな貢献をなすであろう。

筆者:舛添 要一

JBpress

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