民主党支持層はバイデン70%、ケネディ17%
このところ米主流メディアが民主党大統領候補、ロバート・F・ケネディ・ジュニア(69)について競って報じている。
暗殺された故ロバート・F・ケネディ司法長官の息子だという「金看板」。
現職大統領を有する与党・民主党から2024年大統領選に立候補したという「泡沫候補」とはいえ、ニュースバリューもある。
常識にとらわれず現在の沈滞した米社会のムードを一掃しようとする既成政治家にないケネディ氏の「突飛さ」に拍手しているようにも見える。
何よりも高齢問題、不人気に加えて、二男ハンター氏の有罪騒動も飛び出して、米国民のジョー・バイデン大統領に対する嫌悪感が増している昨今、無傷のケネディ氏は一服の清涼剤になっているからだろう。
「今の民主党支持者のバイデン氏に対する支持は『制度上の支持』(Institutional support)に過ぎない」(ワシントンの政界ウォッチャー)
つまり、そこそこにやっている現職大統領が2期務めるのは従来からの慣わし、だから嫌々でも支持するといった雰囲気なのだ。
そこに勝算もなく、がっちりした政治哲学も政策もなく、降って湧いたように登場したのがケネディ氏だった。
4月に立候補して以来、2か月半、全米各地を遊説しているものの、これまでは全くの泡沫候補扱いだった。
ところが、民主党支持の有権者を対象に行った最新の世論調査では、バイデン氏が70%だったのに対し、政治経験ゼロのケネディ氏は17%と頑張っている。
なぜか。
そして6月に入って主流メディアがケネディ氏に注目し始めた。
(共和党サイドを見てもドナルド・トランプ前大統領が支持率59%で独走する中でライバル視されるロン・デサンティス・フロリダ州知事は21%、マイク・ペンス前副大統領以下、数%に低迷しているのに比べると、あっぱれだ)
(National Release – June 14, 2023)
(DeSantis makes gains against Trump in GOP primary: poll | The Hill)
「コロナ・ワクチンは自閉症を併発する」と主張
環境保護の弁護士として地道な社会活動を続けてきたケネディ氏が脚光を浴びたのは、2年前、新型コロナウイルスが米社会を襲い、アンソニー・ファウチ米国立アレルギー・感染症対策研究所(NIAID)所長(2022年12月辞任)が推し進めたコロナ対策に真っ向から反対した時からだった。
特に世界に先駆けて米薬品業界が開発した予防ワクチンの強制的な接種にケネディ氏は真っ向から反対したのだ。
「このワクチンは幼児の自閉症を併発する。危険な薬物だ」
一部の米医療専門家の見解を鵜呑みにした科学的根拠に基づかない主張だった。
国家が一方的に国民に対し、マスク着用、ソーシャルディスタンス(社会距離拡大戦略)、ロックダウン(都市封鎖)を強要したことにも激しく反発した。
その点ではリベラル派のケネディ氏と、ドナルド・トランプ氏ら共和党保守強硬派とは同じスタンスだった。
こうしたケネディ氏の主張の背景には、長年、大気汚染や水質汚染訴訟に携わってきた環境保護弁護士、ケネディ氏の大企業、特に薬品会社の貪欲な利潤追求に対する憤りがあったようだ。
コロナ対策を錦の御旗に暴利を貪っている大企業、ロビイストへの憤懣やるかたない気持ちがあったのだろう。
ケネディ氏には、父ロバート・F・ケネディ氏や伯父ジョン・F・ケネディ大統領のリベラリズムの血が脈々と流れていた、と解説するメディア関係者もいる。
ケネディ氏は、4月に立候補した後、内政、外交で諸政策を発表し、①海外800か所ある米軍基地の閉鎖、米軍撤退②ロシアの主張をある程度受け入れる形でのウクライナ戦争の即時停戦③メキシコ国境地区の完全封鎖などを打ち出した。
こうしたケネディ氏の外交スタンスをバイデン政権の外交責任者の一人はこう一蹴した。
「かつてジミー・カーター第39代大統領が選挙公約に在韓米軍全面撤退を掲げ袋叩きにあった」
「政権発足後に取り下げたが、外交音痴なことが露呈した。米軍全面撤退論はまさにカーター氏の発案を彷彿させる」
主流メディアはこの米軍全面撤退論については歯牙にもかけていない。
巨額の政治資金を提供するビッグ・テック
そうした中で6月半ばになって、米メディアが競ってケネディ氏を取り上げ始めた。
もっとも同氏の具体的な政策を取り上げているわけではない。
同氏を応援支持し、政治資金を提供している人やその思惑、いわば「ケネディ社会現象」を分析しているのである。
そのいくつかの見出しを拾ってみると——。
ロサンゼルス・タイムズ(6月23日付)
「Why Silicon Valley’s elite adore RFK Jr」(シリコンバレーのエリートたちはなぜケネディを敬慕するのか)
(PressReader.com 世界の新聞)
政治オンラインサイトの「FiveThirtyEight」(ファイブサーティエイト=6月20日付)
「How Seriously Should We Take Marianne Williamson And Robert F. Kennedy Jr.?」(我々は立候補している作家・マリアンヌ・ウィリアムソンとロバート・F・ケネディ・ジュニアをどれほど真剣に扱ったらいいのか?)
(How Seriously Should We Take Marianne Williamson And Robert F. Kennedy Jr.? | FiveThirtyEight)
ニューヨーク・タイムズ(6月20日付)
「Take Bobby Kennedy Jr. Seriously, Not Literally」(ケネディを誇張はせずに、だが真剣にとらえよう)
(Opinion | Take Bobby Kennedy Jr. Seriously, Not Literally - The New York Times)
ロサンゼルス・タイムズの経済担当コラムニスト、ブライアン・マーチャント記者は、「シリコンバレーの起業家たちとケネディ氏との怪しげな関係」についてこう指摘している。
一、ケネディ氏はシリコンバレーのハイテク界の大物、ベンチャー・キャピタリスト、デイヴィッド・サックス氏やチャマス・パリハピティヤ氏から絶大な支援を得ている。
マーク・ゴードン氏は50万ドルを拠出して、ケネディ氏のためにスーパーPAC(政治資金委員会)を立ち上げた。
二、またツイッター創業者のジャック・ドーシー氏もケネディ氏の民主党大統領選候補指名争いを応援している。
サックス氏はイーロン・マスク氏(電気自動車テスラのCEO=最高経営責任者)とともにケネディ候補を支援するのはできるだけ予備選に残らせることでバイデン候補を痛めつけるためだといわれている。
(サックス、マスク両氏はロン・デサンティス共和党大統領候補の選挙参謀とされる)
三、シリコンバレーの大物たちがケネディ氏を支援している理由は、同氏が①コロナ・ワクチン否定論者であること、②政治的駆け引きにたけていること(Political gamesmanship)、③個々人でやり取りされるビットコイン(暗号資産)の奨励者であること——である。
言うなれば、シリコンバレーの面々は、初めからケネディ大統領の誕生を願っているわけではなく、「ビッグテック」(Big Tech=ハイテク大企業)にとっては何かと目障りなバイデン大統領の再選を阻む思惑があるというわけだ。
バイデン・トランプ対決は不健全
一方、FiveThirtyEightの報道は、4人の第一線政治記者による覆面座談会で、ケネディ氏の立候補をめぐる米国社会の現状をこう抉っている。
一、米国民の大半はバイデン氏に飽き飽きしている。再選なんかもってのほかだと思っている。
ところが民主党は現職優先主義で二進も三進もいかない。そこでケネディ氏とウィリアムソン氏という政治にはド素人が名乗りを上げた。
二、ケネディ氏を支持している人たちはそうすることでバイデン再選に対する欲求不満を解消しているに過ぎない。
それにケネディ家がこれまで輩出した政治家たちの思考傾向(Mindset)が受け継がれているのではないか、といった淡い期待感がある。
ケネディという言葉に幻想を抱いているに過ぎない。
三、とはいえ、ほとんどの米国民はケネディ氏の政治理念や政策を知らない。同氏がコロナ・ワクチン否定論者であることを知っているのは一握りの人たちだ。
四、民主党執行部、議会指導者たちはバイデン氏に代わる大統領候補を選ぶべきだ。
そのことは共和党についても言えることでトランプ氏の選挙戦からの離脱を促すべきだ。
米国民はバイデン氏もトランプ氏も立候補を取りやめることを望んでいる。両者が2024年の本選挙で対決するというのは米民主主義にとって健全なことではない。
「ビッグテック」の大物たちは5月にはラスベガスの「ベラージオ・ホテル&カジノ」にケネディ氏を招いて政治資金集めのディナーを主催した。
ディナーには来賓としてヒラリー・クリントン元民主党大統領候補らも出席した。
6月にはオミード・マリク氏(フレファー・パートナーズ共同オーナー)がパリハピティヤ氏らとともにケネディ氏に50万ドルの軍資金を集めている。
マリク氏は7月にもニューヨーク州の「ザ・ハンプトンズ・ホテル」でケネディ氏のために1人6600ドルのディナー・チケットを売りさばいて政治資金に充てるという。
(Robert F. Kennedy Jr. gets boost from Wall Street veteran)
だがケネディ氏が泡沫候補であり、競馬で言えば「勝ち目のない大穴」(Long shot)であることに変わりはない。
ケネディ人気は、このままだとバイデン・トランプ対決になりそうな大統領選の道行きに咲いたアダ花なのかもしれない。
筆者:高濱 賛