軍事とIT 第598回 艦艇に関連する話題(3)頭が痛い「レーダー機器の設置場所」

2025年2月22日(土)11時35分 マイナビニュース


陸上に設置するレーダー、あるいは車載式のレーダーであれば、アンテナ、送受信機、シグナル・プロセッサなどの一切合切をひとまとめにするのが一般的。戦闘機の機首に収まっている射撃管制レーダーも、たいていはそういう形になっている。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
艦艇のレーダーは機器を分散配置する
ところが、艦載用レーダーは事情を異にする。アンテナは煙と一緒で高いところに昇りたがるので、上部構造やマストに設置することになり、しかも複数のアンテナの間で高所の奪い合いが起きる。
艦艇で難しいのは、復元性、つまり大きく傾斜しても元に戻る能力の要求が厳しいところで、それ故に重心高をできるだけ下げたい。すると、重量物を高所に設置するのは好ましくない、という話になる。
そうした事情もあってか、艦載レーダーでは機器が各所に分散することが多い。つまり、アンテナはマストや上部構造物に設置する一方で、バックエンドの機器、すなわち送受信機やシグナル・プロセッサなどはもっと低い場所に設置する。
レーダーからの情報は戦闘情報センター(CIC : Combat Information Center)に送り込まれて、そこにあるコンソールやディスプレイ装置に現れる。そういう意味でも、レーダー関連機器を艦内、それもCICの近隣に配置することには合理性があると考えられる。
もちろん、フロントエンドたるアンテナと、バックエンドを構成する機器の間には多数の電気配線が必要になるが、バックエンドをアンテナの近くに持って行ったところで、なにかしらの電気配線が必要になるのは同じであろう。
フェーズド・アレイ・レーダーの難しさ
近年、艦載レーダーの主流はフェーズド・アレイ・レーダーになってきた。それも、多数の送受信モジュールを束ねたアクティブ・フェーズド・アレイ・レーダーである。
パッシブ・フェーズド・アレイ・レーダーと比べると、アクティブ・フェーズド・アレイ・レーダーは冗長性の面でメリットが大きい。一部の送受信モジュールが壊れたり故障したりしても、残った送受信モジュールで(能力は低下するとしても)機能を維持できる。
その一方で、アクティブ・フェーズド・アレイ・レーダーにはフロントエンドが大掛かりで重いという問題がついて回る。個々の送受信モジュールはコンパクトで軽いとしても、それが何百個も集まれば相応に重くなる。それを上部構造物の、しかもできるだけ高い場所に設置するということになれば、重心高のアップは避けられない。
「それなら、せめてバックエンドの機器は艦内の奥深く、できるだけ低いところに置くようにしたら」という話になる。前述のように、もともと艦載レーダーはフロントエンドとバックエンドを別々の場所に設置することが多いから、当然の発想ではある。
ところが、あるメーカーの方と雑談していたときにそういう話をしたら、「実はそうもいかない事情がある」というお話を伺った。聞いてみればなるほどその通りで、認識を新たにしたので記事にしようと思った次第。
離して設置するとレイテンシが増える
それは「バックエンドの機器を、フロントエンドすなわちアンテナから離して設置すると、その分だけ伝送遅延が増える」という話だった。離して……といっても数十メートルの差ではあろうが、差があることに変わりはない。
それに、フェーズド・アレイ・レーダーは個々の送受信モジュールにおける微妙な位相差を利用してビームの向きをコントロールしたり、受信したビームの方位を割り出したりする、とてもデリケートなデバイス。ほんのわずかな位相差、時間差の違いが、方位分解能に影響する。
そういう世界だから、フロントエンドとバックエンドの間のわずかな伝送遅延も好ましいものではない、という。これは物理法則の問題だから、そんな簡単に画期的なブレークスルーは出てこないだろう。
すると何が起きるかといえば、伝送遅延を避けたい機器はアンテナ・アレイの近くに置かなければならない。その分だけ高所に昇りたがる機器が増えて、重心高を高くする原因を作ってしまう。
そこで重心高を下げようとすれば、他の機器を低い場所に降ろすとか、アンテナ機器一式の設置場所を少し下げるとか、艦底にバラストを積むとかいった対処が必要になってくる。
あちら立てればこちらが立たず
そうした、互いに対立する諸条件の間でバランスをとろうとすると、アンテナ・アレイの設置高や艦内スペースの取り合いに影響するだけでなく、場合によってはアンテナ・アレイそのもののサイズを小さくしなければならない場面も出てくるだろう。それはレーダーの性能に影響を及ぼす。
どんな分野でもそうだが、矛盾する諸条件の間でバランスをとりながら、最善の落としどころを追求するのは、なんとも頭の痛い仕事。実際に出来上がった艦艇はどれも、そうした「頭の痛い仕事」の結果としてまとめられたもの。
それを外から眺めるだけでも、ある程度は「あー、設計者はここのところで苦労したのかもしれないなあ」と想像をめぐらすことはできる。そんな観点から艦艇を眺めてみるのも、一つのアプローチであるかもしれない。
著者プロフィール
○井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。

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