エンタープライズIT新潮流 第26回 B to Bの営業・マーケティングたるもの、恋愛上手になれ

2024年5月13日(月)13時0分 マイナビニュース

B to Bビジネスの極意は、結婚と同じくステップごとの「出口クライテリア」を意識して「心理の変化」を踏まえた作戦を展開することです。特に最初のステップで強力な印象を残すことが重要です。今回はB to Bビジネスの営業やマーケティング手法と、恋愛のプロセスの共通点について考えてみます。
B to B営業、マーケティングは恋愛のプロセスと同じ
筆者の長いB to Bビジネス経験の中で出会った何人かの凄腕の営業の人は、複雑な製品をデモ実施やプロトタイプ作成無しでも売り切るという優れた能力を持っていました。一方、多くの営業はついつい案件の最初の段階でデモや製品説明会を実施しがちです。
マーケティング担当者も、複雑な製品の場合は最初から機能を全面に押した製品主体のキャンペーンを実施することがしばしばあります。日本企業のWebサイトも大体そういう作りになっています。
これは、言ってみれば「出会った最初の段階で、自分をすべてさらけ出して、好きな人に結婚してくださいと頼む」ことと同じだと筆者はいつも主張しています。最近では「交際ゼロ日婚」というものもあるようですが、通常は結婚するには「出会う、恋愛する、家族を巻き込む、婚約する」など、多くの過程を経ていきますよね。また、数多くの恋のライバルから自分を選んでもらう必要があります。
B to Bの営業やマーティングが見込み顧客に買っていただくということは、この結婚のプロセスに近いのです。それなりのステップを踏むと同時に、心理作戦が必要です。最初から顧客の方から結婚してほしいと言われたら楽ですが、そんなことはめったにありません。筆者が昔DECに勤めていた頃、「電話の前にいれば、数億円のVAX-11/780の契約が取れる」と豪語した営業がいました。今ではそのような羨ましいモテモテ企業はなかなかいないでしょう。
恋愛にも共通する心理効果とは
いきなり製品の詳細をさらけ出してしまうことの問題は何でしょうか?心理学にはアンカーリング効果という言葉があります。このアンカーリング効果とは、「カルガモの赤ちゃんが最初に目にしたものを親と思うように、ヒトも最初に見た数字や条件がその後の考えに影響を及ぼす」という効果です。船の筏(いかり)=アンカーが下りてしまっているような心理からこの名前が来ています。一種の「刷り込み効果」です。
最初に製品を見せると、その会社(=ベンダー)は自社(=見込み顧客)の問題を解決したり、アドバイスをくれたりするベンダーでなく、単なる製品供給者だと心理的に位置付けされてしまいます。そうなると、見込み顧客の担当も製品担当レベルの人がアサインされ、意思決定者との距離が生まれてしまうのです。そして他社との製品比較や価格競争に巻き込まれてしまいます。
アンカリング効果の怖いところは、最後までその認識が変わらないというところです。つまり「最初の印象が大事」なのです。ただし、恋愛であれば、最初の印象が最悪でも付き合っているうちに変わるということはあります。1対1で接触回数の多い場合にこそ成せる業かもしれません。
「最初の印象が大事」という点で筆者が大事にしているのは、チャレンジャーになることです。これは営業のスキルに「チャレンジャー・セールス・モデル」というものがあり、そこからとってきています。関連する書籍も出ていますので、ぜひ読んでみてください。
トップのセールスは、差別化のための「指導」、共感を得るための「適応」、営業プロセスの共感を得るための「支配」の3つのスキルをもっています。このスキルによって、顧客の言うことをただ聞くのではなく、挑んでいくのです。特に筆者がマーケティングと営業に共通して重要だと思うのでが、「指導」によってビジネスやニーズに関する顧客の考え方を変えるインサイト(知見)を提供することです。
これで最初に面白いやつだと思わせ、強烈にアンカーを落とすのです。インサイトを提供するというとは、単なる製品の紹介ではなく、世界の潮流や業界トレンドなど、顧客が「へーそうなの」と思うようなネタをぶつけるのです。筆者はこれを意識して実践しています。
B to Bのマーケティング・営業にもステップがある
恋愛にステップがあるように、B to Bの営業・マーケティングの世界にも出会いからのステップがあります。結婚とはすなわち「製品やサービスの採用=契約締結」であり、それ以前は友達や恋愛の関係で、結婚生活はその後の「サービス利用における関係」です。不幸にして、恋愛が破綻する、離婚するということもあります。営業・マーケティングの活動を複数のステージで区切り、次のステージに行くための「出口クライテリア」を定義することは大切です。
「出口クライテリア」とは、次のステップとして認識するための条件です。例えばマーケティングから営業へ移るステップでは、「BANT条件 ── Budget(予算)、Authority(決済権)、Needs(ニーズ・需要)、Time frame(導入時期)」の3つを満たせば営業のステップの最初に行ける、などです。ベンダーから見ると単なる案件の進捗ですが、顧客視点で見ることが大事なのです。各ステップは顧客のベンダーに対する認知の状態だといえます。
マーケティングの世界には「AIDMA」や「AIDAS」といった消費者の購買決定プロセスを説明するモデルがあります。AIDMAは、見込み顧客がその製品の存在を知り(Attention)、興味を持ち(Interest)、欲しいと思い(Desire)、記憶して(Memory)、最終的に購買行動に至る(Action)という購買決定プロセスを経ます。こうした購買決定プロセスは、心理の変化のプロセスともいえます。
購買行動とは実際には心理の変化であり、それはB to BでもB to Cでも同じです。ただし、B to Bでは複数人が意思決定に関わるので、代表的な役割の人それぞれの心理の変化を見る必要があり、かなり複雑です。AIDASは最後にS(Shared)が入った、ソーシャルメディア時代に適した考え方です。
案件獲得までのステップを可視化する
では、どのように案件の採用まで成就するのでしょうか。どのモデルを使うにしても、「採用される」という結婚までのステップを区切り(結婚後の方も大事なのですが)、それぞれの心理状態を定義します。
Attentionというのは、自社にとって製品やサービスはどういうものなのかを考えることです。例えば「なかなか面白そうな会社で、何か自社のビジネスに貢献してくれそうだなと思うこと」と定義します。Interestは「この会社の過去の実績を見て、自社のビジネス課題を解決してくれそうだと考え始める」などと定義します。このようにして、案件の採用までのすべてのステップで定義していくのです。
そして、それぞれ次のステップに行くために、顧客にどのような行動をしてもらうか、もらいたいのかを記述します。例えばAttentionからInterestへ行くには、その企業の誰かが会社のWebサイトを覗いたとか、業界の展示会でブースに来たとかです。そして、行動が完了したときの状態である「出口クライテリア」を決めます。例えば「3名の新しいコンタクト情報を獲得した」などです。これも、すべてのステップで作成します。
こうして、案件獲得・購買行動までの一大作戦テンプレートが出来上がるわけです。このテンプレートは営業、マーケティング、営業サポート全員の共通言語として利用でき、次に何をなすべきかの理解が深まります。それに合わせて案件を作るまでのマーケティング活動や、案件ができた後の営業活動の作戦を立てるのです。
みなさん、ぜひこの心理戦に勝ち、よい結婚を……ではなく案件を獲得してください。
北川裕康 キタガワヒロヤス 35年以上にわたりB to BのITビジネスに関わり、マイクロソフト、シスコシステムズ、SAS Institute、Workday、Infor、IFS などのグローバル企業で、マーケティング、戦略&オペレーションなどで執行役員などを歴任。現在は、独立して経営・マーケティングのコンサルティングサービスを提供しながら、AI insideの Chief Product Officer(CPO)を担当。大学は計算機科学を専攻して、富士通とDECにおいてソフトウェア技術者の経験もあり、ITにも精通している。前データサイエンティスト協会理事。マーケティング、テクノロジー、ビジネス戦略、人材育成に興味をもち、学習して、仕事で実践。書くことが1つの趣味で、連載や寄稿多数あり。 この著者の記事一覧はこちら

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