阪神育成・伊藤稜が1回零封 あるぞOP戦帯同 1年目から難手術...苦労人が衝撃154キロ
2025年2月10日(月)5時15分 スポーツニッポン
◇紅白戦 紅組5—3白組(2025年2月9日 宜野座)
宜野座にシンデレラボーイが現れた。育成4年目で具志川組の阪神・伊藤稜が、紅白戦で1回無失点、1奪三振。テレビ中継で最速154キロを計測するなどの好投を見せ、藤川監督からは最大級の評価を勝ち取った。
「(1回無失点の松原と)伊藤稜はこのまま続けたらオープン戦には帯同できる」
衝撃のアピールだった。紅組の4番手として5回から登板。入団2年目までは左肩痛で実戦登板すらなかった男は、かみしめるように言葉をつないだ。
「2月にピッチングができるのも今年初めて。後がない気持ちで投げた」
左肩の故障を抱えながら21年、育成ドラフト1位で入団した。1年目の22年12月に、プロ野球では過去1例しかなかった難手術に踏み切った。大腿筋膜張筋を左肩に移植するもの。復帰にかける思いから、自ら執刀医を探し出すという執念だった。投げられない期間は、1年間でランニングシューズを5足履きつぶすほど走りまくり、体力をつけてきた。
球団は伊藤稜の潜在能力を買っていた。ようやく実戦で登板を果たした3年目の昨季も、2軍の7試合で防御率20・25。育成選手は3年目終了時にいったん自由契約となる中、再契約をかわし4年目を与えられた。昨年まで2年間、2軍監督を務めていた和田1・2軍打撃巡回コーディネーターは言う。
「(特命スカウトとして)アマチュア時代から彼を見てきて、球の強さ、持っているものの高さは知っていた。監督の時は肩が治りさえすれば…と思っていた。球団も見ていて、契約する判断をしたわけなので」
今オフに青柳がメジャー移籍したため、支配下登録の枠は一つ空き、66人。今後は再び具志川で調整を続けるが、伊藤稜にとっては大きなチャンスだ。「もっと突き詰めて、毎日やっていきます」。背番号2桁を背負うまで、ひたすら走り続ける。(松本 航亮)
◇伊藤 稜(いとう・りょう)1999年(平11)11月8日生まれ、愛知県出身の25歳。中京大中京では3年夏に背番号11で甲子園出場。中京大を経て21年育成ドラフト1位で阪神入り。左肩痛の影響で23年まで実戦登板なし。2軍通算7試合で0勝1敗、防御率20・25。1メートル78、85キロ。左投げ左打ち。