【内田雅也の追球】相手や同僚を思いやる心があってこその野球 最終クールで心も仕上げに入る
2025年2月26日(水)8時0分 スポーツニッポン
宮古島を出た船が嵐にあい、台湾に漂着する。琉球人の一部が先住民に殺害される悲劇が起きた。1871(明治4)年の牡丹社事件である。後の台湾出兵や琉球併合にも影響を与えた。
そんな歴史を掘り下げたドキュメンタリー映画『青海原の先 牡丹と琉球の悲歌』を観た。那覇で開催中の「第2回Cinema at Sea 沖縄環太平洋国際映画祭」のオープニング作品で、開幕日(22日)、桜坂劇場に出向いた。
開幕式の舞台あいさつで台湾出身の監督・胡皓翔(ジョン・フー)が「大切な歴史を心に刻み、対話をつなげるきっかけになればうれしい」と話した。膨大な取材に基づいた映画で実に複雑な事件の背景を知った。
上映後のトークで映画にも出演していた牡丹郷パイワン族の代表、華恆明(ファー・ヘンミン)が「歴史は討論を恐れない」と話した。「私たちは同じ海洋民族で、合わせ鏡のようだ。相互理解を深め、より良い未来を子孫に残すためにともに歩み出したい」
毎年2月にキャンプで訪れる沖縄である。野球記者として、日々取材する土地の歴史や風土を知っておきたい。
野球もまた、相手や同僚を思いやる心がカギを握る。対話と相互理解でチーム力は高まっていく。阪神監督・藤川球児がコーチ、時に選手と対話を重ねている。「合わせ鏡」のように、互いの心を映し出せるようになれば、しめたものだ。
沖縄入りする機内では映画『リアル・ペイン 心の旅』を観た。アメリカに住むユダヤ人の従兄弟(いとこ)同士が亡くなった祖母の故郷ポーランドの史跡ツアーに参加する。ユダヤ人文化に触れるなか「ぼくらはリアルなものから切り離されて、ただ名所を移動しているだけだ」のセリフがある。ガス室や焼却炉、遺品が展示された収容所跡地で号泣する。
リアル・ペイン(本当の痛み)に向き合おうと努めるわけだ。
思いを寄せる姿勢は野球にも通じている。投手が苦しんでいれば、野手は何とか助けようとする。チャンスに凡打、ピンチに失策した選手も、チームとして勝利できれば傷心も和らぐ。
もちろん、個人個人が厳しい競争社会のプロでも野球の本質は変わらない。阪神キャンプはこの日休日。きょう26日から最終クールで心の仕上げにも入る。 =敬称略=
(編集委員)