新シーズン、新人ドライバー、そして置かれた状況について。DTM代表ゲルハルト・ベルガーインタビュー

2022年4月23日(土)9時13分 AUTOSPORT web

 2021年から使用車両をGT3に切り替えたDTMドイツ・ツーリングカー選手権。変更から2年目となる2022年は15ヶ国出身のドライバーと29台のエントリーが集い、白熱のレースが予想されるが、ポルトガルのポルティマオで開催される開幕戦を間近に控え、ホッケンハイムで行われた公式テストで、DTMを運営するITR e.V代表のゲルハルト・ベルガーに、今シーズンの展望、DTMが置かれた状況などについて聞いた。


■DTMを取り巻く厳しい状況への対応は


──GT3導入から2年目を迎えるDTMですが、新型コロナウイルス蔓延、そして今季開幕直前に始まったロシアによるウクライナ侵攻と、モータースポーツが受ける影響も大きいと思いますが、DTMでもその影響を受けていますか?
ゲルハルト・ベルガー(以下GB):
一昨年からコロナ、そして今年はウクライナ侵攻で、モータースポーツは必ずしも世の中の関心事の中で優先される項目ではない状況だ。特にヨーロッパはウクライナに非常に近く、影響をかなり大きく受けている。DTMに限らず、モータースポーツ活動に関する経済活動はコロナと紛争で二重苦だ。


 特に自動車関連事業はパーツ製造のための資材調達、ロジスティック等、すべての関連企業が強い影響を受けており、大きな向かい風が吹いている。従ってそれらの企業から供給を期待されていたスポンサーマネーに関しては、コロナ蔓延が始まってから最も厳しい状況だと言えるだろう。コロナが少し落ち着き、ようやく光が見えてきたかと思った矢先のウクライナ侵攻で再び急下降だ。


 そのうえ、特にこの2年間にヨーロッパの自動車業界におけるEV化が一気に加速している。単にコロナや戦争の影響だけではなく、自動車業界全体も大きな過渡期へ入っている。その中で内燃機関でのレースを続けることの意義や、観戦する楽しさをどうやってアピールしていくか、というのも決して容易ではない。


 EUや政府の指針に頑なに逆らうという意味ではなく、その過渡期にどう政府やメーカーと共存し、どうファンの共感を得るか、サステナビリティや環境保護、自動車メーカーにも課されている事柄に共感し、サポートする立場でいなければならない。自動車メーカーにとっても単なるレース活動をするというだけでは予算は下りない。なぜなら、今のEUの指針に共感するイメージ戦略を打ち出していかなければいかず、電気自動車の車両販売目標台数だってある。そういった意味で、今までの内燃機関ほぼ一択の自動車業界の時代とは違う段階に入っており、主催者側としての意識改革も求められている。


 そんな時代にスポーツマンシップを掲げ、シリーズのスポンサー企業や自動車メーカーやサプライヤー、ファンからの共感を得るのは並大抵なことではない。


──ヨーロッパではGTワールドチャレンジ、ADAC GTマスターズをはじめ、各国のGTシリーズ等、GT3カーでのレースが地位を築き、GTカーのトッププロドライバーがしのぎを削るフィールドとなりました。そんな中でDTMの立ち位置は?
GB:
今もなお、DTMに対して非常に厳しい目を向けて批判してくる人々がいることも事実だし、もちろんそれも理解できる。DTMは開始当初こそ多くのジェントルマンドライバーも活躍してきたが、時代とともにメーカーが主体となり、相当な金額がマシン開発やマーケティングに費やされていた。


 特にクラス1規定が終焉を迎えた2020年以降、新たなDTMとなり再び巨額な開発やマーケティングの費用をメーカーが捻出できるのか? と言えば、即答でノーだ。前にも述べたように、自動車業界は大きな転換期に来ている。その中で、いまDTMがやれることはGT3を用いたレースであり、それは自動車メーカーにとってもITRにとっても正しい歩みだと思っている。


 スプリント、エンデュランス、24時間レースとGT3マシンを使ったレースフォーマットは世界各国でさまざまだ。テクニカルレギュレーションは共有するもの、レースそのものはどれひとつとして同じものはないし、各主催者が競合しないように工夫して盛り上げている。他のシリーズにはないひとりのドライバーのスプリントというDTM独自のプラットフォームで行うGT3のスプリントは他になく、ドライバーの力量やチーム戦略が最も試されるレースではないだろうか。GT3になってもファンが離れなかったのは、このフォーマットにファンがついてきてくれたという感じを受けている。

2022年のDTMに参戦するマシンたち
2022年のDTMに参戦するドライバーたち


■DTMにおけるチームオーダーとベルガーのスポーツマンシップ


──やっと今シーズンは新型コロナウイルスでのイベント規制がなくなり、パドックやキャンピングエリアを含むサーキット全体にファンが入場可能となりますね。
GB:
家族や友人、恋人同士と一緒にサーキットでDTMのレースウイークの楽しい時間を過ごすためにチケットを購入し、わざわざ足を運んでくれる。そんなファンの期待を裏切ってはいけない。ただ、いまもまだコロナ禍であることに変わりはない。清潔な観客席やトイレを使用できて、小さな子供からシニア世代まで安心して観戦できるようなコンディションを用意してファンを迎える準備をすることを忘れてはいけない。


 レースウイークを通してサーキットでのイベントを楽しめるパッケージとして提供しなければならないし、ファン目線になって何が必要なのかを考える必要がある。


──昨年のノリスリングの最終戦では、優勝すると思われていたリアム・ローソン(AFコルセ)がスタート直後にケルビン・ファン・デル・リンデ(アプト・スポーツライン)に接触され、その時点で当てたファン・デル・リンデもリタイア。メルセデスのマキシミリアン・ゲーツがチームオーダーによって優勝をしたという疑惑が上がり、にわかに信じられない展開で幕を閉じ、後味の悪い終わり方をしましたね。
GB:
最終戦での一連の出来事は大きな波紋を読んだし、チームやメーカー、レースコントロールらとディスカッションを重ねた。それを受けてレギュレーションの改正も行い、チームオーダー禁止の項目が加わった。今季は29台のマシンが参戦するということもあり、さまざまな場面で議論をしなければならなくなる可能性はあると思っている。


 厳しい出来事となったが、このテーマを改めて話し合う良い機会になったと思う。誰のためにレースをするのか、いま一度きちんと真摯に向き合わないといけないと痛感した。


──あなたはチームオーダー禁止をよく唱えておられますが、チームオーダーの定義は一般的に曖昧な感じがします。今回レギュレーションに加わった『チームオーダー禁止』にはどんな意味が込められているのでしょうか?
GB:
私はドライバーとして、またチームやメーカーの代表、いまはITR代表とさまざまなカテゴリーにさまざまな立場で40年以上もモータースポーツに携わってきた。これはいつも出てくるテーマだ。はっきりと明確にレギュレーションに禁止と記載されることはないけれど、いつの時代も『チームオーダーは禁止』という方向でどのレースも行われてはいる。


 例えば、私はスポーツ選手としていつも心掛けていることは、どうすればフェアなモータースポーツが行えるのか、ということで、私が考えるフェアなモータースポーツとはどのドライバーにも勝つチャンスが与えられていることだ。


 そのドライバーがもつスポーツ的なポテンシャルが、何らかの圧力等で抑圧されることはあってはいけない。バックに力を持つ者、また政治的に、誰を勝たせるという前書きはあってはならないということだ。レースに向けて日々努力を重ね、準備をしてきたドライバーのチャンスを奪うことはあってはいけない。


 私がF1で現役だった時代、マクラーレン・ホンダのチームメイトにアイルトン・セナがいた。彼がいちばんのライバルであり、最強のチームメイトでもあった。シーズン中にレースを重ね、この先に自分にどうやってもチャンピオンになれる可能性がないと明確になった時、私はセナのために走ろう、彼がチャンピオンになれるように助けたいと思った。


 だが、ホンダやマクラーレン、チーム関係者やスポンサー、ましてやセナ本人からもそう指示されたことは一切ない。すべては私が独断で心の中で決めていたことだった。確実に言えるのは、これは決してチームオーダーではなく、スポーツマンシップに則ったものだ。だからDTMに出るドライバー全員には、自分の行動には責任を持つようにと伝えてある。

波乱を呼んだ2021年最終戦ノリスリンクの表彰台


■DTM注目のニューカマーとF1への道


──今年の初旬ごろまで、アストンマーティンとDTM参戦について話し合いをしているとの噂でしたが、なぜアストンマーティンを呼び込めなかったのでしょうか?
GB:
じつはアストンマーティン以外にも、マクラーレンとの話し合いも並行して行っていた。イギリスのメーカーにもどうしてもDTMに加わって欲しかったからだ。


 ただ、この2メーカーも経済危機の打撃を大きく受けて厳しい状態で、その限られたバジェットの中でF1活動に集中しなければならなく、GTレースにバジェットを大きく割くことはできなかった。それがこの2ブランドをDTMに招致できなかった理由だ。


──GTワールドチャレンジ・ヨーロッパに参戦するMotoGP王者のバレンティーノ・ロッシともDTM参戦を交渉していたとのことでしたが、彼がDTMを選ばなかったことに関しては?
GB:
ビジネスマンとしての視点としては、マーケティングの意味で彼がDTMを選ばなかったのは残念だが、スポーツ選手として彼を見た場合、彼の選択は正しかったと思える。


 いくら世界屈指のトップライダーとはいえ、彼はモーターサイクル界から来ているので、生粋の四輪ドライバーと比べるとやはりほんの少しだけハンデがある。今後、彼がこの四輪の世界でプロとして活動していくなかで、初年度にGTワールドチャレンジのエンデュランスとスプリントで多くの経験を積むことは非常に大切だし、自分の弱点や方向性も、一年もあればしっかりと掴むはずだ。その後にDTMに来れば、ドライバー交代のないレースで彼ひとりのパフォーマンスが発揮できるし、ファンも楽しみにしてくれるだろう。いつかここで走ってくれると嬉しいし、いつでもウエルカムだ。


──フォーミュラEのモナコ戦に参戦するため、DTM開幕戦のポルティマオを欠場するニック・キャシディの代わりに、まさかのWRC王者セバスチャン・ローブの名が出てきて大きな反響がありました。あなたのコネクションですか?
GB:
じつは今季のレッドブルのドライバーを選ぶ際に同席していた。今年もF2から2名のドライバーを選びたかったのだが、あいにくF2とDTMの多くのレースがバッティングしていて断念した。キャシディはプロドライバーとしてのポジションを確定した完成されたドライバーですぐに決まった。二番目のドライバーのフェリペ・フラガを私自身は知らなかったが、レッドブル所属のドライバーのひとりだと聞いている。そんな中で、ローブの参戦は私がタッチしていないところから突然出てきてビックリしたし、本当に嬉しい。彼がよく了承してくれたと思う。


──今季は何名かのルーキーが参戦しますが、その中でもラルフの長男であるダ—ビッド・シューマッハがDTMにシリーズ参戦することになり、注目されています。目標は父と同じF1ドライバーで、今季はF2に参戦するためのスポンサーが集まらなかったことからDTMへの参戦を決めたそうですが。
GB:
私の身近なケースだと、DTMに参戦する甥のルーカス・アウワーのケースと近い。彼もフォーミュラ乗りだったし、F2やその先も望んでいた。しかし、スポンサー資金を集めるのが非常に難しく、苦心しているのを見ていたのでダービッドの状況は良く分かる。


 過去にもDTMからF1へ行ったドライバーは何名かいるし、私自身もF1の前にはDTMをドライブしていたこともある。F1への道は必ずしもF2からだけではないことを若いドライバーにも知って欲しいし、もっと視野を広げていろんなレースにチャレンジをして欲しい。


 パスカル・ウェーレンはF2には参戦していないし、昨年DTMにチャレンジしたアレックス・アルボンだって一度はシートを失ったが再びF1でチャンスを掴んだ。当然ながらF1にステップアップするにはDTMからよりもF2のチャンピオンを獲った方が容易なのは明確なのだが、大切なのはいつも自分のベストを尽くし、ポテンシャルを最大限に発揮すること、常に自分のまわりのレーダーを張り巡らせることだ。


 誰かがダ—ビッドにDTMへ参戦することを強制したわけではなく、彼が今季のメインの活動に自らの意志でDTMを選んだのだから、そのチャンスを活かすべきだ。何度か事前のテストをしているとはいえ、GTカーの経験がない分、最初は学ぶことがたくさんあるし、フォーミュラとはマシンの扱い方もライン取りも違うのでかなりの苦労はするはずだし、厳しくも暖かく見守る必要はある。


 そして言えるのは良いドライバーはどんなカテゴリーに乗らせても速いし、トップドライバーにはその器用さが求められる。彼が今後F1へステップアップするも、他のカテゴリーへ進んだとしても、プロドライバーとしての頭角を現すには、自分で選んだ道で腹を据えて、しっかりと自分の意志を見せる走りをしなければならない。チャンスはどこにでも転がっている。そのチャンスを生かすも殺すも自分次第だ。

2022年のDTMにデビューするダービッド・シューマッハー
ニック・キャシディと話し込むセバスチャン・ローブ

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