「大杉漣さんのように…」 這い上がって掴んだアジア王者、岩尾憲が示した矜持

2023年5月7日(日)12時14分 サッカーキング

優勝が決まり、吠える岩尾 [写真]=AFC

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 コロナ禍の3年間を経て、ようやく5万3000人超の大サポーターの声出し応援が実現した5月6日の埼玉スタジアム2002。2007年、2017年に続く3度目のAFCチャンピオンズリーグ王者に王手をかけた浦和レッズを後押ししようと、凄まじい数のサポーターがバス入り時から大声援を送り、スタンドから最高の熱気と興奮を演出した。

 興梠慎三や西川周作のように在籍年数の長い選手は多少なりとも経験があっただろうが、この雰囲気を知らない選手たちも多かった。

 2022年に移籍してきた岩尾憲はその1人。2011年に湘南ベルマーレでプロキャリアをスタートさせてからの13年間のうち、9年をJ2で過ごした35歳のベテランにとって、タイトルを狙いに行く「特別な空気感」というのは、想像をはるかに超えるものだったに違いない。

 アル・ヒラルの本拠地リヤドでのファーストレグでは、86分に相手キーマンのサレム・アル・ドサリを退場に追い込んだ岩尾。そのクレバーさはセカンドレグでも健在だった。

 この日の埼玉は強風が吹き荒れ、風下に立たされた前半は西川のゴールキックが押し戻されるほどの難しい環境下だった。が、「徳島も非常に風が強いので、その経験も含めて難しさは分かっていました」と淡々と言う岩尾は終始、冷静なプレーを貫いた。

 30分頃まではファーストレグ同様、相手にボールを支配され、守勢を強いられたが、岩尾と伊藤敦樹のボランチコンビはチーム全体に安定感をもたらす。中盤から前が流動的な位置取りを見せるアル・ヒラルに対し、浮足立つことなく、前半45分間を乗り切れたのも、彼らの貢献があってこそだ。

 迎えた49分。ピッチ中央でのFKを岩尾が蹴ろうとした瞬間、荒れ狂うほどの風がピタリと止み、正確なボールがファーで待ち構えていたマリウス・ホイブラーテンに飛んだ。背番号5が打点の高いヘッドで競り勝ち、興梠が走り込む。この動きに相手守備陣が混乱し、最終的にはアンドレ・カリージョが自陣ゴールに蹴り込んでオウンゴール。興梠は「半分は自分のゴール」と笑顔でコメントしていたが、岩尾の落ち着いた配球が起点となったのは紛れもない事実だ。

 そこからはアル・ヒラルも反撃に打って出る。4−3−3から4−4−2に布陣変更し、次々とクロスを蹴り込んできたのだ。浦和にとっては耐え忍ぶ時間が続いたが、西川中心にしぶとく守り抜く。岩尾も体力的に厳しかっただろうが、若い伊藤が先に交代しても堂々とピッチに立ち続け、献身的守備で貢献していた。

 彼のように黒子になってチームを支えられる人間がいてこそ、チームは円滑に回る。だからこそ、マチェイ・スコルジャ監督もリカルド・ロドリゲス前監督の申し子とも言うべき男を外すことなく、主軸に据えて、ここまで戦い抜いてきたのだ。

 岩尾自身も浦和に赴いた日のことを改めて噛みしめたのではないか。6年間在籍した徳島ヴォルティスでは長く主将を務め、長谷川徹に「自分が知る真のキャプテンは彼と吉田麻也だけ」と言わしめるほどの存在感を誇った。だからこそ、簡単ではない決断だった。「自分の残されたキャリアを考えた時、上のカテゴリーにチャレンジしたいと思った」とリスクを冒して赤い軍団の一員となった最大の目的はタイトルだったはず。それを達成した瞬間、さまざまな感情が彼自身の中を駆け巡ったことだろう。

「僕はプロ入りした湘南に奇跡的に見つけていただいた存在。大学選抜どころか、日本代表とか年代別代表も入った経験がないので、見定める方も本当に難しかったと思います。そうやって評価してくれた人の顔に泥を塗らないようにとずっと考えてきました。華やかじゃないけど、こういう選手もいるんだよ、意地があるんだよっていうのを示したいという気持ちもありました」

 しみじみ語る岩尾が思い浮かべたのは、徳島出身で熱狂的サポーターだった俳優の故・大杉漣さんだ。彼のような存在になりたいと願ってここまでやってきたのだという。

「大杉漣さんは本当に素晴らしい役者さんで、バイプレイヤーとしてのプライドを持ってやっていました。『主演じゃなくてもバイプレイヤーとしてやれる仕事はたくさんあるし、プライドもある』という話は、実際にご本人から聞いていました。その姿はここ(浦和)での僕の立場に少し近いなと感じています。そうやって自分と関わってくれた人、支えてくれた人に感謝したい。そういう方々にも『おめでとうございます』と伝えたいです」

 今回のACL優勝メンバーを見ると小泉佳穂、明本考浩も岩尾と同様にJ2を経験し、個人昇格してきた面々だ。伊藤も浦和ユースからトップに上がれず、大学経由でトップの座をつかんでいる。そういった雑草軍団の象徴とも言える岩尾が体現したものは大きい。

「スペシャルな個人だけで何とかしていくのではなくて、泥臭くてもハードワークして、ゴールに入れるか入れないかを本当に意味で競うチーム。それを表現できているのが、今のレッズのいいところかなと思います」と人間力の高いボランチも嬉しそうに話していた。

 そんな彼らが次に見据えるのは、2023年のJ1タイトルとACL連覇。岩尾はアジア王者のリーダー格としてもうひと踏ん張りしなければいけない。“名バイプレイヤー”のさらなる飛躍を楽しみに待ちたい。

取材・文=元川悦子

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