大型化する空力パーツ。戦闘力の高いドゥカティからホンダに移籍するザルコ/MotoGPの御意見番に聞くオーストリアGP

2023年8月24日(木)19時10分 AUTOSPORT web

 8月18〜20日、2023年MotoGP第10戦オーストリアGPが行われました。レッドブル・リンクの特性か、後半戦のトレンドか、ワークスチームも新空力パーツを投入していました。


 そんな2023年のMotoGPについて、1970年代からグランプリマシンや8耐マシンの開発に従事し、MotoGPの創世紀には技術規則の策定にも関わるなど多彩な経歴を持つ、“元MotoGP関係者”が語り尽くすコラム第15回目です。


※ ※ ※ ※ ※ ※ 


–夏休み明けの2戦目ということで、今回はドゥカティのフランセスコ・バニャイア選手がスプリントと決勝レースの双方で圧勝という結果に終わりましたね。


 前回のイギリスGPでは初日からピリッとしない感じのバニャイア選手が、今回はスプリントもレースもポール・トゥ・フィニッシュという事で、まさにチャンピオンに相応しい貫禄の勝利という感じだったね。チャンピオンシップポイントもかなり差がついてきたので、この調子で最後まで突っ走るのかとも思うけれど、ちょっとしたことで歯車が狂ってしまうので楽観はできないかな。


 それより、今回はKTMのブラッド・ビンダー選手の走りが印象的だった。ホームレースという事でブーストが掛かったというのもありそうだけれど、スプリントと決勝レースの両方で2位になったのにはマシンと人の強さを感じたね。


 KTMの首脳も、バニャイア選手さえいなければビンダー選手が優勝なのに、と思ったに違いないよ(笑)


–ビンダー選手が活躍する一方でジャック・ミラー選手は元気が無かったようですね。


 いや、予選はビンダー選手に次いで4位だし、スプリントも5位だから決して調子が悪い感じではなかったけれど、レースでは最初の数ラップ踏ん張ったけれど後はずるずる後退していたから、何かあったんだろうね。タイヤの選択とマネジメントに失敗したとか、突然の体調不良とか想像の域を出ないけどね。

2023MotoGP第10戦オーストリアGP スプリント


–スプリントはスタート直後に大きなアクシデントがありましたが、あれは赤旗中断するくらいのレベルだと思ったのですが……


 あのアクシデントはスタート直後だったから、確かに赤旗で仕切り直しでも良いくらいのレベルだと思ったね。なぜそうしなかったというと、土曜日はスケジュールがタイトで、後ろにMotoEのレースを控えてるとか、いわゆる大人の事情じゃないのと思ってた(笑)


–あの一件では、ホルヘ・マルティン選手がレースでのロングラップペナルティを課されたようですが、レーシングインシデントという感じがしなくもないのですが……


 原因を把握するためにビデオを何回も繰り返し見たんだけれど、発端はファビオ・クアルタラロ選手のインを、強引に突いたマルティン選手に接触したクアルタラロ選手がバランスを崩し、運の悪いことに大きくカットインしてきたマーベリック・ビニャーレス選手にヒットしたので、更にアウト側に居たマルコ・べゼッチ選手とヨハン・ザルコ選手はマーベリック・ビニャーレス選手に押し出されて転倒。ミゲール・オリベイラ選手はビニャーレス選手とエネアバスティアニーニ選手に挟まれるように追突して転倒って感じかな。


 結果的にその場でリタイアしたのはオリベイラ選手だけで、ザルコ選手とベゼッチ選手はレースに復帰したので、巻き込まれたマシンが多い割には実害少なかったという判断がされたのかな。赤旗にならなかったのは、冷静に考えると大人の事情と言う訳でもなさそうだね。


–その後で、マルティン選手はルカ・マリーニ選手とも接触して転倒させていましたが、どういう訳かその件はお咎めなしでしたね。


 でもその後のセッションで、ロングラップペナルティの練習をしていたら転倒していたので、レースの神様からキツ〜いお仕置きされたみたいで、失礼だけどちょっと笑えた。


 何れにせよ、スチュワードの裁定はいつも物議を醸すけれど、今回は多重クラッシュという事態の重さを考慮したという事かな。たぶん、マルティン選手も転倒していればお咎めなしだった可能性もあるけどね。

マルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)/2023MotoGP第10戦オーストリアGP


–ところでレプソル・ホンダも今回新しいエアロパーツを本格的に導入しましたね。


 前回のイギリスGPで、中上貴晶選手だけが使用したエアロパーツのパッケージが、アレックス・リンス選手の代役で出場したイケル・レクオーナ選手を除いて、全員に提供されていたようだね。


 ライダーのコメントでは、かなり乗り方を変えないといけないという事なので、中上選手の判断を信じて、『とにかく一歩踏み出そうぜ』っていう不退転の決意というか悲壮感すら伝わって来るね。


 とは言え、アップデートの成果かどうかの判断は難しいけれど、マルク・マルケス選手が落ち着いて12位でフィニッシュしたことや、最終的にレース中盤の転倒で終わったけれど、この週末はジョアン・ミル選手がホンダ勢の中では一番速かった事など、明るい兆候も見えてきたのは収穫だな。


 方向性は間違っていないはずなので、ライダーが適応するというプロセスが必要な時という事だね。ただ、ライバルたちは既にそういう次元ではなくて、更に次を模索している状況だから、その差を縮める事は簡単ではなさそうだね。


 個人的にはリヤのトラクション不足と言う問題は、エンジンを一から調教し直す必要があると思っているから、今シーズン中の改善は限定的で来年に期待するしかない。現状では遅れている空力開発に注力するしか無いというのが、日本メーカー共通の苦しい立ち位置だね。


–そういえばドゥカティとアプリリアは更にウイングらしきものを追加してきましたね。更にダウンフォースを狙ったということですか?


 そうそう、どちらも前回のイギリスGPでは気が付かなかったので、今回初めて導入されたパーツのようだね。最初はフロントフォークに付いているのかと思ったけれど、常識的に考えるとステア系に入力するのは得策ではないので、フロントカウリングから吊り下げているんじゃないかな。


 その昔、F1のハイノーズ時代に流行った吊り下げ式のウイングみたいにね。

フランセスコ・バニャイア(ドゥカティ・レノボ・チーム)/2023MotoGP第10戦オーストリアGP


–フロントフォークに付いていないとするとなんであの場所なんでしょう?


 的を射ているかどうかしらんけど、あのウイングはこのサーキットだけの特別なパーツで、基本的な空力パッケージには手を付けたくなかった、という事なのではないかな。カウリングには既に取り付ける場所が無いし、あの場所は既存の空力パーツの影響を受けないので、少しだけダウンフォースを追加するには都合が良いのかも。


 もちろん、このサーキットの高低差が大きい事から、上りでフロントが浮き上がるのを防ぐ目的でダウンフォースを追加したと思われるね。ま、この推論が正しいかどうかは、この先もこのウイングが使われるかどうかで明らかになるという事だな。


 これも個人的な意見だけれど、ウイングは高い位置に付けるより、低い位置に付けた方がアンチウイリー効果は高いんだよ。もしそういう着眼で開発したパーツであれば、今後も継続して使用する可能性は高いといえるね。

ヨハン・ザルコ(プリマ・プラマック・レーシング)/2023MotoGP第10戦オーストリアGP


–ところでザルコ選手が来季LCRホンダに移籍しますが、なぜここでホンダという選択なのでしょう?


 サテライトとはいえ一番戦闘力の高いドゥカティから、混乱しているホンダを選択するのは、常識的にはおかしいけど、ザルコ選手としても現状の処遇に満足しているわけではなくて、ホンダの巻き返しに期待して賭けに出たという事じゃないのかな。


 僕としてはザルコ選手の男気みたいなものも感じたね。もちろんドゥカティの情報が欲しいホンダから、かなり魅力的なオファーが有ったとも思われるけどね。


 この件で一番ホッとしているのは、来シーズンの居場所が確保できそうなヤマハのフランコ・モルビデリ選手という事で、師匠のバレンティーノ・ロッシも喜んでいるんじゃないかな。VRアカデミー出身のライダーのバニャイア、べゼッチ、マリーニ選手が活躍している中で、モルビデリ選手のみが苦労しているのを見て、直接ライディングのアドバイスとかするのは無理としても、一番気に掛けてはいたようだからね。


 僕としてはヤマハでもっと活躍して欲しいけれど、ドゥカティに乗ってどうなるのか、ザルコ選手のホンダ移籍同様に来シーズンの楽しみが増えたともいえるね。

2023MotoGP第10戦オーストリアGP

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