伊藤若冲、横山大観、岩佐又兵衛……新年の到来を喜び、縁起の良い「瑞祥のかたち」を一挙公開
2025年1月19日(日)6時0分 JBpress
(ライター、構成作家:川岸 徹)
皇室に代々受け継がれた絵画・書・工芸品などの美術品を公開する皇居三の丸尚蔵館。2025年最初の展覧会「瑞祥のかたち」が開幕した。
宝船とともに瑞祥めぐりへ
めでたいことの訪れを告げる縁起の良いもの。すなわち「瑞祥」と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。初夢で見ると縁起がいいといわれる富士、鷹、茄子。長寿のシンボルとされる鶴と亀。伝説の生き物である龍、麒麟、鳳凰。祝いの席や引出物の意匠に用いられる松、竹、梅。
こうした瑞祥は古くから芸術のモチーフとして用いられてきた。瑞祥について詠った和歌、めでたきものを描いた絵画、瑞祥の生き物をかたどった置物や香炉などの工芸品。そんな瑞祥の造形美を一堂に集めて紹介する展覧会「瑞祥のかたち」が皇居三の丸尚蔵館で開幕。縁起のいい品々がずらりと並び、華やかな新年の幕開けを感じさせてくれる。
展覧会の冒頭に飾られているのは《宝船「長崎丸」》。長崎で宝永6(1709)年創業の鼈甲細工の老舗・江崎家の6代目・江崎栄造の手による鼈甲製の宝船で、大正5年11月に大正天皇が福岡県下を行幸された際に長崎県から献上された品だという。船上には農産物や水産加工品など、長崎県の名産品27品が積載され、それぞれの品の精緻な細工が素晴らしい。
この宝船というもの、かつての日本では良い夢を見るために欠かせないものと考えられていた。人々は正月や節分の夜に、枕の下に宝船を描いた絵をしのばせて眠りについた。いい夢が見られれば、それでよし。夢見が悪かった時にはその絵を川に流して幸を願う、縁起直しを行ったそうだ。
蓬莱山は日本にあった?
宝船に始まり、次々に現れる瑞祥のかたち。特に目につくモチーフが蓬莱山だ。蓬莱山は中国神話に由来する伝説の山で、『列子』湯問篇によれば「蓬莱山ははるか東の海上にある神仙の住みか“五山”の一つで、そこに生える実を食せば不老不死になる」、前漢の司馬遷による『史記』封禅書には「蓬莱山を東の海上の“三神山”の一つとし、禽獣はすべて真っ白で、金銀でできた宮殿がある」と記載されている。
蓬莱山の伝説は日本でも早くから定着した。たとえば、『日本書紀』に出てくる丹波国の浦嶋子の物語。浦嶋子は“浦島太郎”と同一とされる人物で、物語では浦嶋子が助けた亀に連れられて蓬莱山に至ったと記録されている。蓬莱山は吉祥図のおなじみの画題となり、あまたの絵師が縁起物として蓬莱図を描き上げた。
狩野常信《蓬莱図》(展示期間〜2/2)には、巨大な亀の上に白い州浜が乗り、その上にそびえる蓬莱山が描かれている。ごつごつとした険しい姿の山肌に、咲き誇る桜の花。この蓬莱図は明治天皇大婚25年の記念に政治家・根岸武香から献上されたもので、今回が初公開になる。
江戸時代初期の絵師・岩佐又兵衛が、貴族の子として生まれた小栗と関東の豪族の娘・照手の恋物語を絵画化した大作《小栗判官絵巻》にも蓬莱山が登場する。蓬莱山が出てくるのは、全二十六巻、総延長330メートルに及ぶ絵巻のうち、第八巻、婿入りした小栗に怒った照手の父横山が小栗を宴に招いて殺害しようとする場面。座敷の広縁に蓬莱山を背負った大亀の作り物が置かれている。本作は明治28年、岡山藩家老を務めた池田長準より、広島滞在時の明治天皇に献上された。
さてこの蓬莱山、前述した通り、中国から見て東の海上にあると信じられていた。ということは、その場所は日本? 秦の始皇帝は方士(道教のシャーマン)である徐福を東方へと派遣し、不老不死の薬を求めた。徐福は日本にたどり着き、熊野、福岡、京都、愛知などに徐福渡来の伝説が残されているが、中国五代の僧・義楚は「倭国にある富士という山こそが蓬莱で、徐福が辿り着いた所だ」と述べている。そんな伝承もあり、理想郷としての蓬莱山は富士山の姿と重ねられるようになった。
吉祥画題として欠かせない富士山。本展には横山大観《日出処日本(ひいづるところにほん)》が出品されている。生涯に約2000点もの富士山の絵を描いた大観だが、本作はそのなかでも最大級の大きさ。朝陽に輝く霊峰の堂々たる姿がとらえられているが、江戸時代の大噴火でできた宝永山の姿は描かれていない。これは大観のこだわりで、日本の国土を象徴する富士山は最も理想化された姿形で描かれるべきものだと考えていたという。
鳳凰、唐獅子…多彩な瑞祥のかたち
ほかにも瑞祥のかたちは多様。優れた天子が世に現れる兆しとして古代中国で尊ばれた伝説の鳥“鳳凰”。伊藤若冲《旭日鳳凰図》(展示期間〜2/2)は雄雌の鳳凰の姿を極彩色で煌びやかに描き上げた名品。のたうつような波が打ちつける岩の上に羽根を広げてすくっと立つ鳳凰は、王者の風格を感じさせる。
空想上の霊獣“唐獅子”を題材にした前田青邨《唐獅子》も見ごたえがある。おおらかなフォルム、太くムラを生かした琳派風の輪郭線、流動感ある毛描き。作品が制作された当時新たに登場したプラチナ箔を使用するなど、斬新で明快な色づかいにも青邨の個性が表れている。
様々な吉祥のモチーフを楽しみつつ、2025年が良き一年になることを願いたい。
※出品作はすべて皇居三の丸尚蔵館収蔵
「瑞祥のかたち」
会期:開催中〜2025年3月2日(日)前期:〜2月2日(日) 後期:2月4日(火)〜3月2日(日)
会場:皇居三の丸尚蔵館
開館時間:9:30〜17:00(毎週金・土曜日は〜20:00 ただし1月31日と2月28日はのぞく)※入場は閉場の30分前まで
休館日:月曜日、2月23日(日・祝)、2月25日(火) ※2月24日(月)は開館
お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)
https://pr-shozokan.nich.go.jp/2024inviting-fortune/
筆者:川岸 徹