日本が世界に誇る俳優・役所広司が“役”の装いを脱いだ、スーツの着こなしは

2024年1月31日(水)8時0分 JBpress

独自の審美眼を貫く、世界のレジェンドたち。政治家から作家、思想家、建築家、ビジネスエリートまで、彼らが身に着ける品々から、その生き様も見えてくる。いかに洋服を楽しみ、相手への印象を考えて装っているのか、ドレスファッションに精通するスタイリスト四方章敬氏が解説。今回取り上げるのは日本が世界に誇る俳優、役所広司。カメレオンのように変幻自在、憑依したかのような確かな演技力でその評価を不動のものにしている名優が、“役”の装いを脱ぐとき、オフィシャルなシーンや晴れの舞台でどのような着こなしを見せるのか。早速確かめていきたい。

写真=アフロ 協力=四方章敬 編集・文=名知正登


タイアップイベントで企業カラーの“赤”をベルトで取り入れる遊び心

 2017年5月10日、東京で毎年恒例のドリームジャンボ宝くじの記者発表会に出席。過去に当たり券の販売で定評のある数寄屋橋の西銀座発売所には、宝くじを購入しようと早朝から約200人が列を作った。

「ナローラペルのブラックスーツ、小襟の白シャツ、黒白の柄タイといったモード的なスタイルですね。ただスーツのシルエットは細すぎず、チーフも入れるなど、基本はしっかり押さえている印象です。ストレートチップのシューズもモードらしい強さを緩和させている要因です。黒がメインだからといってモード全開でなく、ほんのりモードっぽさを漂わせることは大人の男性に合っていると思います。

 パンツの裾の丈感、チーフの入れ方なども細かいところですが、ピシッと洗練されています。そして、ポイントはベルトのバックルの赤! オケージョンに合わせ、宝くじのイメージカラーをさりげなく取り入れるユニークさに脱帽です」。


場だけでなく気候にも合わせたシアサッカースーツスタイル

 こちらは、前の写真の4カ月後。2017年9月5日火曜日、イタリア・ベネチアで開催された第74回ベネチア国際映画祭でのフォトコール。コンペティション部門に出品された是枝裕和監督の『三度目の殺人』が公式上映され、歓声とスタンディングオベーションで迎えられた。

「イタリア・ベネチアの温暖な気候に合わせた、シアサッカー素材のスーツを纏ったリラックススタイルです。限りなくブラックに近いグラファイトカラーのダブルのシアサッカースーツ、かっこいいですね。黒ほど重すぎず、通常の白やブルーのシアサッカーより大人っぽい印象です。

 サイズもジャストからほんのりゆとりあるフィット感が絶妙。シャツがバンドカラーというのもシアサッカーのエフォートレスな素材感と合っていてとてもいいですね。ただ、足元がやや堅い印象なのでローファーとかスリッポンだとより良かったと思います」。


ブラックスーツを軽く見せる鍵はブルータイにあり!

 第32回東京国際映画祭の特別招待作品に、日中合作映画『オーバー・エベレスト 陰謀の氷壁』が選出され、プロデューサーのテレンス・チャン氏、ユー・フェイ監督らと共に東京・六本木で行われたオープニングイベントに登場。この映画で、ヒマラヤ救助隊の“ボス”を演じ、新境地を開拓した。

「メインはブラックの無地スーツですが、タイがサックスブルーなので爽やかな印象を醸し出しています。じつはブラックスーツって難しいんです。冠婚葬祭が主でビジネスシーンではなかなか用いられない色ですし、どうしても重い印象で、モードに見られがちなので。

 ただ、役所さんが着けているようにこういった爽やかなタイだと重い印象が払しょくされます。Vゾーンはコーディネート全体の中で面積は小さいですが、ネクタイの色味はとても重要ですね。あえて言わせてもらうとしたら、チーフの赤がちょっと際立っているのが残念です。潔く白チーフでも良かったかなと思います」。


映画祭のフォトコールで監督とお揃いの白T×無地スーツ

 2023年5月26日、第76回カンヌ国際映画祭にて。コンペティション部門作品『PERFECT DAYS』のフォ​​トコールでヴィム・ヴェンダース監督と笑顔を振りまいた。本作にて、役所広司はカンヌ国際映画祭最優秀男優賞に輝いた。

「ネイビースーツのお手本のようなカジュアルコーデですね。ネイビーのアンコンスーツ、白Tシャツ、白スニーカーと定番の合わせ方ですが(一歩間違うと、着せられている印象になりかねません……)、スーツがダブルブレスト、パンツがリラックスフィットと存在感があるのでシンプルなコーディネートでも余裕のある品格が生まれています。

 胸ポケットにアイウェアを入れるテクニックも効いています。シンプルですが、清潔感があり、リラックスした雰囲気で“爽”印象。ヴィム・ヴェンダース監督と白Tシャツがリンクしたコーディネートもナイス。ふたりで口裏を合わせて揃えてきた可能性も!?」


 芸歴45年にして世界が認める名優。役所広司は日本の映画界を牽引するかのように、その先頭を走ってきた。出演した映画は、ゆうに80本を超える。その多くで主演を務めているのだから、いかに監督からその演技力を求められているのが分かる。

 2023年は1月に『ファミリア』、5月に『銀河鉄道の父』と、主演映画が公開。12月には『PERFECT DAYS』が公開され、カンヌ国際映画祭最優秀男優賞を受賞した。かたやテレビドラマ『VIVANT』にも出演し話題をさらった。CM出演も引きも切らない。68歳にして“全盛期”とでも言いたくなるほどの八面六臂の活躍ぶりだ。

 ただ、ご存知だろうか。長崎県立大村工業高校を卒業後に上京し、東京都千代田区役所の土木工事課に勤務し、4年ほど務めていたことを。最初から役者道ではなかったのだ。仲代達矢主演の舞台『どん底』を観劇したことをきっかけに役者を志し、1978年に200倍という倍率の中、俳優養成所「無名塾」に入塾。同年初舞台を踏み、1980年には連続テレビ小説『なっちゃんの写真館』でテレビドラマデビューを果たした。1996年公開の大ヒット映画『Shall We ダンス?』に出演。以降数多くのヒット作に出演し、様々な映画賞で主演男優賞を総なめにしている。

 最近のインタビューではこう語った。「年を取ることを無駄にはできません。年齢を重ねたことで出る顔や首のシワも武器になる。だから頑張りますよ。ギリギリまでね」。顔や体から滲み出る経験の豊富さと品格。富と名声を得ても、飄々とした気どりのなさは変わらない。70歳、80歳を超えても名演に期待できそうだ。

四方章敬(しかたあきひろ)
1982年京都府生まれ。スタイリスト武内雅英氏に師事し、2010年に独立。ドレスファッションに精通し、「LEON」「MEN’S EX」「MEN’S CLUB」など、多くのメンズファッション誌からオファーを受ける敏腕スタイリスト。業界きってのスーツ好きとしても知られ、イタリア・ナポリまでビスポークに赴いた経験もある。最近はセレクトショップやブランドと共同でウェアのプロデュースを手掛けるなど、活躍の幅を広げている。

筆者:名知 正登

JBpress

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